2009年11月29日

バグス・グルーヴ/マイルス・デイビス

バグス・グルーヴBag's Groove

マイルス・デイビス(tp)
ミルト・ジャクソン(vib)
セロニアス・モンク(p)
パーシー・ヒース(b)
ケニー・クラーク(ds)
ソニー・ロリンズ(ts)
ホレス・シルバー(p)

1954年録音

 タイトル曲の「バグス・グルーヴ」は、ぼくにはトリモチみたいな効果がある。iPodのシャッフル機能でうっかり登場したりすると耳にくっついてしまって、繰り返し聴かないと収まりがつかないのだ。今回は金曜夜、駅から家の道すがらにうっかり耳にしてしまい、そのまま週末こればっかり聴くはめになった。同じアルバムのほかの曲はあっさり風味でそこまでの粘着力はない。この一曲が魔法的にたちが悪い。

 マイルスもミルト・ジャクソンもたいがい悪いが、セロニアス・モンクがとりわけ悪い。
 モンクが誰なのかよく知らなかった頃(今だってよく知らないけれど)、この一曲を聴いてなんだこのピアノ、と演奏者の名前を確認したことがあった。生まれて初めての妙な味がする食い物に出会って、美味いのか不味いのか決めようと少しずつかじっているうちに食べ切っちゃって、それでも美味いのか不味いのかよくわからない。ぼくにとってモンクはそういう存在だ。

 止まらない。困ったな。


posted by kiwi at 19:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ラッパ

2009年11月22日

ライブ・アット・ザ・ライトハウス/グラント・グリーン

Live at the LighthouseLive at The Lighthouse

グラント・グリーン(g)
クラウディ・バーティ(ss,ts)
シェルトン・レスター(org)
ゲリー・コールマン(vib)
ウィルトン・フェルダー(b)
グレッグ・ウィリアムス(ds)


1972年録音

 最初はひでえジャケットだなあ、と思ったけれど、聴いているうちに、ああ、これでいいんだ、これしかないんだ、という気分になってきた。高いイタリア製のスーツを着れば、猫でも杓子でも立派に見えるというわけではない。似合う、というのは物事の本質と見かけが分かちがたく結びつくことをいうのであって、そういうことが起きたときに、そのものの見かけは強い印象をぼくらに残す。このアルバムみたいに。

 それはたぶん、音楽そのものにも言えることなんだろうと思う。グラント・グリーンというひとが「中身」で、音楽がその「見かけ」だ。だとすれば、グラント・グリーンに似合った音楽というものがあるはずで、このアルバムにパッケージされているのはたぶん、そういうタイプの音楽なのだ。
posted by kiwi at 00:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | ギター・ベース

2009年11月13日

ブルー・デューク/デューク・ジョーダン

ブルー・デュークBlue Duke

デューク・ジョーダン(p)
ハリー・エメリー(b)
ジェームス・マーティン(ds)

1983年録音


 人生が、ぼくの好みより若干複雑すぎるな、と思うことがある。そんな夜にはデューク・ジョーダンが無性に聴きたくなる。
 
 デューク・ジョーダンは、いつでもどこでもデューク・ジョーダンだ。彼はデューク・ジョーダン以外の者になろうとはしないし、たぶんなれもしなかったのだろう。ただ演奏家であるからには、変化が必要なときだってある。だからマイルス・デイビスには自伝の中でけちょんけちょんにケナされるし、一時期はピアノを離れて雲隠れもしたんじゃないかと思う。器用なひとでないことは確かだ。

 でも、ぼくは時々、無性にデューク・ジョーダンが聴きたくなる。そんなときは、デューク・ジョーダンじゃなくちゃだめなのだ。それは世界の柔らかい芯みたいに、実直に変わらず、そこにある。それでぼくは少しだけ安心する。
 デューク・ジョーダンはそういうピアノを弾くひとである。

posted by kiwi at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年11月03日

スピーク・ロウ/ウォルター・ビショップJr.

スピーク・ロウSpeak Low

ウォルター・ビショップJr.(p)
ジミー・ギャリソン(b)
G.T.ホーガン(ds)

1961年録音

 いろいろなガイドブックに「幻の名盤」と紹介されている変なアルバム。往時のことは知らないけれど、今は普通に入手できるから幻呼ばわりは変だと思うが、まあだからこそ気になるという面は確かにある。ただの「美少女」より、「幻の美少女」のほうが気になるでしょ? 

 で、幻かどうかはともかく、普通によい。
 変わったピアノじゃない。一撃で聴き手をノックアウトする迫力があるわけでもない。あまり気を入れずに聴いていると、ふーん、と聞き流してしまいそうなところはある。だが、地味に、誠実に、よい。美味い米が、食っているときはこりゃうまいうまいバクバクバク、とならなくても、米が変わるとあれ、これいつものと違う、いつものがいい、と気がつくような良さ、だ。
 ああそうか。街角でふとすれ違った、名も知らぬ美少女のようなものなんだ。すぐそばを通り過ぎるまでその魅力に気がつかず、気がついて振り返ったときにはもう姿が見えない。もう一度会える可能性はほとんどない。そういったときに人は「幻の」という言葉を使うのだ。
posted by kiwi at 23:39 | Comment(3) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年10月18日

イヴニング・ウィズ・ジョージ・シアリング&メル・トーメ

An Evening with George Shearing & Mel TorméAn Evening with George Shearing & Mel Torme'

メル・トーメ(vo)
ジョージ・シアリング(p)
ブライアン・トーフ(b)

1982年録音



 ぼくはメル・トーメに会ったことはない。電話で話したこともないしメールのやりとりもしていない。生で見たり聞いたりしたこともなく、それどころか、顔だってわかるかどうか怪しい。隣の家に越してきても、表札を見るまでは気がつかないだろう。
 にもかかわらず、メル・トーメってきっとこういう男だったんだろうな、という確信めいたものを持っている。粋で、しゃれていて、いたずらが好きで、物事にはあまり真剣になりすぎない、と公言しているくせに実はそうでもなく、でも途中で茶化すので人生相談には向いておらず、ひとの悪いところもあって、趣味のいい時計と服が好きで、金にはあまり興味がなく、朝寝坊で、酒はあまり強くなく、女たちには可愛がられ、ツッパリから優等生まで友達も多かったんだろう。
 もちろん、それはファンタジーだ。本当はメル・トーメは全然そんな人ではなかったのかもしれない。でもこのアルバムを聴いていると、そんなはずはない、メル・トーメがそういう人でなかったはずはない、と強烈に思う。
 そういうアルバムだ。

 ジョージ・シアリングは好きなピアニストだが、ポール・モーリア的に安全過ぎるところがあって、盛り上がりにはいまひとつ欠けるなあ、と思っていた。が、メル・トーメとのやりとりを聴いていて、ああ、このひとの音楽の持っているのりしろの部分が、ぼくには安全に聴こえたんだな、と気がついた。同じ仕事をするのでも、精一杯でしゃかりきになるひとと、余裕しゃくしゃくで片付けるひとがいる。余裕派に対して、もっとがんばって仕事しろよ、とイラつくようなものだったのかもしれない。
 驚いたのがベースのブライアン・トーフ。この人はどうしてもっと有名にならないのだろう? ぼくが知らないだけなのだろうか?
posted by kiwi at 10:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | ボーカル

2009年10月11日

ナウ・プレイング/エロール・ガーナー

Now Playing: A Night at the Movies/Up in Erroll's RoomNow Playing: A Night At The Movies & Up In Erroll's Room

エロール・ガーナー(p)
イケ・イサクス(b)
ジミー・スミス(ds)
ジョゼ・マンガル(perc)

1964年録音

 たとえばテニスの選手が、ラケットの先で足下のボールをひょいとすくいあげることがある。本人は何の気なしにやっているのだろうけれど、同じことを素人がやろうとしても簡単にはいかない。道具が身体の一部になるというのはそういうことで、ラケットの先端まで神経が通っているからこそ、強烈なサービスや狙い澄ましたロブを繰り出すことができるのだ。

 エロール・ガーナーを聴いていると、ぼくはそういうテニス選手を見たような気分になる。ピアノが、というより音楽そのものが、このひとの利き腕のようだ。どうひねればどうカーブするか、どんな強さでインパクトすればどうバウンドするか、そういうことをエロール・ガーナーは知り尽くしているのだ。理屈ではなく、自分の指と耳を使って。だからその演奏がどんなに変幻自在でフルスロットルであろうと、その一方で余裕しゃくしゃくで、笑っちゃうくらいリラックスしている。


 2in1だけれど、iPodで2枚に分けて聴いている。「ナウ・プレイング」は題材が映画音楽。こんなに可愛い「As Time Gose by」はあんまりない。
posted by kiwi at 12:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年10月06日

スピリット・オブ・セントルイス/マンハッタン・トランスファー

スピリット・オブ・セントルイス(サッチモに捧ぐ)The Spirit of St. Louis

ティム・ハウザー(vo)
アラン・ポール(vo)
シェリル・ベンティーン(vo)
ジャニス・シーゲル(vo)

2000年


 ぼくはCDばっかり聴いている引きこもり系のジャズ・ファンで、ライブにはほとんど行かないが、それでもマンハッタン・トランスファーは一度見てみたい。ライブがめっぽう楽しい、という噂はよく聞くけれど、CDを聴いているだけで不思議とステージの様子が目に浮かぶ気がするのだ。きっとここはこんな風にステップを踏んでいるんだろう、ここでくるっとターンをきめて、ここではこんな風に肩をすくめて、ウインクの一つもして見せるんじゃないだろうか。これは楽しくないはずがない。

 そんな風に思うのはたぶん、マンハッタン・トランスファーの音楽がある型にぴったりはまっているせいなんじゃないかと思う。単調という意味ではない。ここはこう盛り上がってもらいたい、ここはしっとり聴かせてほしい、ここはちょっとレトロな味付けが欲しい、そんな聴き手の勝手な期待をそのまま音の形にして取り出してくれるようなところがあって、だからこステップが目に浮かぶのではないだろうか。どう変化するか見当もつかない音楽では踊れない。

 マンハッタン・トランスファーもデビューから30年。でも円熟の境地という感じはしない。そこがいい。
posted by kiwi at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | ボーカル

2009年10月04日

ノクターン/チャーリー・ヘイデン

ノクターンNocturne

チャーリー・ヘイデン(b)
ゴンサロ・ルバルカバ(p)
ジョー・ロヴァーノ(ts)
フェデリコ・ブリト・ルイス(vio)
パット・メセニー(g)
イグナシオ・ベロア(ds)


2000年録音


 なだらかで優しげな、イルカ同士みたいに似た曲想の演奏が続くので、アルバム1枚通して1曲みたいな感じがする。静かにして聴いているとだいたい途中で寝てしまう。ぼくにとっては「夜想曲」というより「子守歌」だ。

 といっても退屈という意味ではない。ゴンサロ・ルバルカバが早弾きを封印して、輪郭のはっきりした端正な音の粒で綴っていくバラードは、格調高い文芸恋愛小説みたいな風格がある。チャーリー・ヘイデンも、むかしはもっとヒネた音楽をやっていたような気がするけれど、こころを入れ替えたらしい。

 こういう音楽こそ、気力体力の充実しているときに正座して聴くべきかもしれない。

posted by kiwi at 13:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | ギター・ベース

2009年09月13日

メンフィス・アンダーグラウンド/ハービー・マン

メンフィス・アンダーグラウンドMenphis Underground

ハービー・マン(フルート)
ラリー・コリエル(g)
ソニー・シャーロック(g)
ロイ・エイヤーズ(vib)


1969年録音

 ぼくの持っているアルバムの相当数は録音されてから半世紀近く経っているけれど、そういう音楽を聴いていて古くさい、と感じることはほとんどない。ぼくがその時代を経験していないせいなのかもしれないが、それだけではないんだろうと思う。クラシックなんか数百年前に生み出された音楽を未だに演奏しているわけだけれど、たぶん「ベートーヴェン? うわ、ふっるー」みたいな発言をするファンはいないだろう。音楽の生存時間は、誕生日で決まるわけじゃないのだ。
 

 その反面、なんだか妙に陳腐に聞こえる音楽もある。ぼくはハービー・ハンコックの「ヘッドハンターズ」を聴いたとき、「うわ、ふっるー」と思った。このアルバム「メンフィス・アンダーグラウンド」でもそう感じた。

 
 それはたぶん、この音楽が悪いわけじゃない。
 ぼくはこの2枚が吹き込まれてからずっと後に聴いたのだけれど、その間にたくさんの(あまり質のよくない)この分野の音楽の模写が生まれて、そういうものがあちこちからぼくたちの耳に届いたのだと思う。毎日ラーメンばっかり食っていると、ラーメンそのものの美味い不味い以上に、もうラーメンいいや、みたいな気分になるけれど、それに似たことがぼくの中で起きたんじゃないだろうか。ラーメンみたいにポピュラーなカテゴリーでは特にそれが起きやすい。
 
 
 とはいえ、ハービー・マンががんばっているのは確かで、「Battle Hymn Of The Republic」なんか聴いていると、スタイル以前になんだけっこうやるじゃん、という気分になる。ハービー・マンは山っ気がありすぎる、と悪口を言われることがあるけれど、それは真っ向勝負が見たいよ、という期待の裏返しなんじゃないだろうか。少なくともぼくは真っ向勝負が見たい。

2009年08月23日

ライオネル・ハンプトン・クインテット

The Lionel Hampton QuintetThe Lionel Hampton Quintet

ライオネル・ハンプトン(vib)
バディ・デフランコ(cl)
オスカー・ピーターソン(p)
レイ・ブラウン(b)
バディ・リッチ(ds)

1954年録音


 これ、ライブ録音・・・じゃないよな?

 ルイ・アームストロングやライオネル・ハンプトンを聴いているとときどき思うのだけれど、こういう音楽の作り手がいて、またそれが無条件に受け入れられていた時代というのは、まあいろいろあるにしてもとりあえず音楽的にはいい時代だった、と言い切ってしまっていいんじゃないだろうか。無邪気だとか、苦労知らずだとか、単純だとか、言おうと思えばいろいろ言えるわけだけれど、まあそういうことはこっちにおいといて、とりあえず聴いてけや、な? といえるだけの迫力を音楽が持っていた、というのはやっぱり凄いことだと思う。
 ユーミンの歌に「小さいころは神様がいて」という一節があるけれど、シンプルだからこそ見えるものもあるのだ。

 それにしてもハンプトンおやじ、燃えまくり。
 おっさん、おっさん、ちょっと、おい。
 おーい、人の話聞いてる? ねえ、ちょっと。すみませーん。

posted by kiwi at 18:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヴァイブ

2009年08月15日

ポギーとベス/MJQ

Plays George Gershwin's Plays George Gershwin's "Porgy and Bess"

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)

1964〜65年録音


 MJQの音楽にはいろいろといいところがあるけれど、そのひとつが「静けさ」じゃないかと思う。物理的に音の強度、密度が低い、というだけではなく、もっと積極的な意味で静謐で、クールで、止まっている。「寂しい」と「侘び」の差だ。
 それはジャズという音楽の特性のひとつであり、ジャズの存在理由のひとつでもあるけれど、MJQの音楽にはそれが強く出る。特にこのアルバムなんかそうだ。
 ボリュームを上げてもあまり意味がないので、できるだけ静かな夜に、耳と神経の感度を上げて聴くようにしている。

 静かで冷えた音楽は、それを聴くのに心的エネルギーをあまり消費しない。夏ばてして食欲のないときにもお茶漬けならさらさらと入るように、くたびれてちょっと音楽を聴く気にならないときでも「ポギーとベス」なら聴ける。まあ、無理に聴く必要はないけれど。
posted by kiwi at 23:38 | Comment(2) | TrackBack(0) | コンボ・グループ

2009年08月09日

フリヴァラス・サル/サル・サルヴァドール

フリヴァラス・サル(K2HD紙/ジャケット仕様)FRIVOLOUS SAL 

サル・サルヴァドール(g)
エディ・コスタ(p,vib)
ジョージ・ルーマニス(b)
ジミー・キャンベル(ds)

1956年録音

 変わった名前のギタリストは名前だけは知っていたけれど、お目当ては脇役のエディ・コスタのほう。相変わらずのドンドコいう太鼓みたいなピアノはもちろん、ちょっととぼけた味わいのあるヴァイブも快調で嬉しい。欲をいえばもっと目立って欲しいけれど、リーダーアルバムではないしそれはわがままというものだろう。でも「All the Things You Are」みたいな演奏がたっぷり聴ける、ヴァイブのほうのリーダー作も作って欲しかったなあとやっぱり思う。
 

 で、肝心のリーダーのほうだけれど、FRIVOLOUSというのはつまらない、取るに足らない、という意味なんだそうだ。「つまらないサル」というタイトルを自分のアルバムにつけるとは、よっぽど自信過剰の目立ちたがりか、それともそのままM気質か、どちらにしても若干警戒気味で聴いていたのだが、普通だった。シングルトーンでメロディを綴っていく、グラント・グリーンをもうちょっと器用にして、塩もみして水にさらしてアクを抜いた感じ。英語のニュアンスはわからないけど、「つまらない」というよりは、今時の女子高生あたりがよく使う「フツー」という語感に近いんじゃないだろうか。取り立てて好みというわけじゃないが、別に遠ざける理由があるわけでもない、というポジションである。

 実は女子高生に「フツー」と言わせるのは、結構難しいんじゃないかとぼくは思っている。
 
posted by kiwi at 23:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | ギター・ベース

2009年08月09日

デュオ/ケニー・ドリュー&ニールス・ペデルセン

デュオ(紙ジャケット仕様)DUO

ケニー・ドリュー(p)
ニールス・ペデルセン(b)

1973年録音


 ウッドベースとコントラバスは、同じ楽器を別の名前で呼んでいるだけなんだそうだ。ぼくはこのアルバムを聴いて、ピアノとベースというより、ピアノとコントラバスのデュエットと呼んだほうがしっくり来るんじゃないかと思った。ニールス・ペデルセンのベースが、オペラのテナー歌手みたいに腹の底から朗々と歌う。ケニー・ドリューは輪郭のはっきりした華やかなタッチで要所要所を締めつつも、むしろ引き気味に、カラフルなペデルセンのメロディを彩っていく。うーん、どちらもかっこいいぞ。

 デュオの名盤はいくつかあるが、びんびんと反応する丁々発止の打ち合いという感じはせず、かといってリラックスした大人の余裕が売り物、という感じでもない。表向きはゆったりと構えながら、実は超絶技巧と計算に裏打ちされたプロフェッショナルの凄みが聴かせる。これ、クラシックのファンに喜ばれるんじゃないかとふと思った。


posted by kiwi at 15:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年08月03日

コーリング・ユー/ホリー・コール

コーリング・ユーBlame it on my youth

ホリー・コール(vo)
アーロン・デイビス(p)
デイビット・ピルチ(b)


1991年録音

 当時ホリー・コールという名前は知らなかったし、ヒットしたという「コーリング・ユー」も聴いたことがなかったが、レコード店の店頭でかかっていたのをたまたま耳にして、買った。もちろん、どこかにピンときたのだけれど、同時になんとなく後ろめたかったのを覚えている。よくある若い美人歌手の、気持ちよくジャジーで耳あたりがよく、でも1週間も聴いたら忘れてしまうような流行りのアルバムをジャケ買いしたつもりになっていたのだ。もちろん、それはそれで悪いことじゃないんだけれど。
 あとでゆっくり聴いて、ほっとした。そういうアルバムじゃなかったのだ。

 意外に硬質な、ざらっとした手触りのボーカルで、伴奏は基本、ピアノとベースのみ。バラードでは淡々と沈んでいくが、どこかに寒い夜の月光みたいにひとを突き放すところがあって、酔いすぎないところがいい。うんうんと聴いていると、急に人を蹴飛ばすようなアップテンポの曲があって、油断ができない。
 こういうタイプの歌い手は、ぼくはあまり知らない。iPodの「シャッフル」機能で突然登場するとはっとするインパクトがあって、そういう意味でも貴重な1枚だ。
posted by kiwi at 00:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | ボーカル

2009年08月01日

ユー・ベター・ノウ・イット!!!/ライオネル・ハンプトン

ユー・ベター・ノウ・イット!!!You better Know it!!!

ライオネル・ハンプトン(vib,p,vo)
クラーク・テリー(tb)
ベン・ウェブスター(ts)
ハンク・ジョーンズ(p)
ミルト・ヒントン(b)
オシー・ジョンソン(ds)

1964年録音


 ライオネル・ハンプトンのときどき木琴みたいに聴こえるヴァイブと、脳天気なおっさんボーカルに加え、のんきな曲目ばかりのせいもあって、とっても太平楽な感じのする1枚。楽しいし、こういうのもいいなとは思うのだけれど、陰影のない風景画みたいにどこか現実離れしていて、それだけだったらそうしょっちゅうは聴かないだろう。
 ただ一曲、「A Taste of Honey」にハマってしまい、こればっかりサルのように繰り返し聴いている。こういうの前にもあったな、と思ったら、同じライオネル・ハンプトンの「スターダスト」だった。
 そういや「スターダスト」のときも、あわてて手当たり次第にライオネル・パンプトンを何枚か買ったのだが、どれもいまひとつピンと来なかった。どうもライオネル・パンプトンの音楽には、ぼくを蹴飛ばす成分が含まれているのだけれど、それがいつも発動するわけでもないらしい。

 どうしてなのかはぼくにもわからない。曲想なのか、演奏の方向性なのか、ノリなのか。緊張感とか、陰りとか、いくつか一般論に近い条件は思いつくけれど、そういうものを組み合わせても「ぼくの好きな音楽」にはならないのは目に見えている。

 だから、音楽は面白いんだな。
posted by kiwi at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヴァイブ

2009年08月01日

ライブ・イン・ニューヨーク1971/ポール・デズモンド ウィズ MJQ

LIVE IN NEW YORK 1971Live in NEWYORK 1971

ポール・デズモンド(as)
ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)


1971年録音


 ポール・デズモンドはああいう音色を出すひとなので、ストリングスなんかと組むとハマりすぎて、ええとどこいっちゃったかな、みたいな感じになることがある。それはそれでいっそすがすがしくて好きなんだけれど、デズモンドの音色を愉しむならむしろバックはクールなほうがいい。デイブ・ブルーベック・カルテットが成功したのはそのせいなのだろう。
 渋茶にようかん、カレーにらっきょう、スイカに塩。異なる味が互いに引き立て合って、ちょっとした化学反応みたいなことが起きることは珍しくない。

 そういう意味ではMJQと組んだこのアルバムも期待大で、探しまわった甲斐はあった。デズモンドの持ち味がきれいにMJQの音楽に溶け込んで、モダン・ジャズ・クインテットとでも呼びたいようなハーモニーが気色いい。ミルト・ジャクソンのフォローも至芸の域。大人だなあ。デズモンドのファンなら名盤の1枚に数えていいと思うし、MJQびいきも後悔はしないはず。あまり有名でないのが不思議だ。
 後半はボーナストラックで、MJQのみの演奏。1991年の別のライブだそうだ。

 ところで、ポール・デズモンドは正面から見るとウディ・アレンに似ている。どうでもいいけれど。

posted by kiwi at 15:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | サックス

2009年07月25日

ミュージックマジック/チック・コリア

ミュージックマジック(3ヶ月期間限定盤)MUSICMAGIC

チック・コリア(pほか)
スタンリー・クラーク(b)
ジョー・ファレル(ts,flほか)
ゲイル・モラン(voほか)


1977年録音


 昔聴いていたアルバムで、いざ探すと廃盤になっていて手に入らないということはざらにある。聴けないとなると気になるもので、このアルバムもずいぶん長く探していた一枚だ。結局、けっこう高くついたが中古で買った。久しぶりに聴いて、すぐに思い出した。そうだこういうアルバムだった。

 ブラスも入って賑やかだけどまとまりはない。初期のリターン・トゥ・フォーエヴァーを彷彿とさせる出だしからいつの間にか「浪漫の騎士」になったり、「マッド・ハッター」の森の中から「妖精」がぴょこんと顔を出したり。顔はライオンで胴体はシマウマ、しっぽはウナギでちょびっと羽まで生えて、鳴く声はブッポウソウ、みたいなとりとめのなさだ。逃げるべきかナデナデすべきか、それとも食べたらいいのかよくわからない。名盤とは言えないだろう。

 でもぼくは昔、このアルバムを聴いたとき、ちょっと嬉しかったのを覚えている。いままで聴いてきたチック・コリアの、これは総集編みたいな気がしたのだ。解散するRTFの、馴染み客への最後のサービスだったのかもしれない。
posted by kiwi at 21:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年07月20日

ジス・ヒア/ボビー・ティモンズ

ジス・ヒアThis Here is Bobby Timmons

ボビー・ティモンズ(p)
サム・ジョーンズ(b)
ジミー・コブ(ds)

1960年録音


 ジャズ・メッセンジャーズの中核メンバーのひとりだし、「モーニン」を作曲した本人だし、どんだけファンキーなんだろう、と半分こわごわ聴いて、あれっ? と思った。
 もちろんノリがよくて、黒っぽくて、濃い。でもそれだけじゃない。基調となる描線はしっかりくっきり描き込んであるくせに、キャンバスを完全に塗りつぶしてしまわず、聴き手の想像力が働く余地を、わざと塗り残してあるようなところがある。それはたぶん、この人の音楽世界の余裕、キャパシティなのだ。実際、アルバムの中の何曲かは、「ジャズ・メッセンジャーズの」「モーニンの作曲者の」という定冠詞があまり意味がない。クラシックにも通じるようなハーモニーだ。

 サイドマンとしての仕事が多く、長生きをしなかったせいもあってかリーダーアルバムはあまりない。でも、このアルバムを聴く限り、自分の名前で、伝えるべきことはたくさん持っていたのだ。
 想像するにこの人、あまり自己主張をしない、口数の少ない人だったんじゃないだろうか。もう少しずうずうしく立ち回ってくれてもよかったんじゃないだろうか。

posted by kiwi at 22:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年07月20日

おもいでの夏/ミシェル・ルグラン〜ステファン・グラッペリ

おもいでの夏Legrand Grappelli

ミシェル・ルグラン(p,arr)
ステファン・グラッペリ(Vln)
ジョン・ファディス(tp)


1992年録音


 ステファン・グラッペリとミシェル・ルグランが組んだアルバムがあると聴いて迷わず買った。きっとフジヤマゲイシャニンジャ風の、ステレオタイプ的にかっこいいおフランスのジャズが聴けると思ったのだ。おまけに曲目がセ・シボン、枯葉、おもいでの夏、シェルブールの雨傘ときたら、これは買うでしょう。
 聴き始めて数十秒でしまったと思った。そうだった。ミシェル・ルグランがやると、みんな映画音楽になってしまうのだった。マイルスしかり、オスカー・ピーターソンしかり、ステファン・グラッペリも例外ではない。ある意味たいしたものではあるけれど。

 ステファン・グラッペリの軽妙洒脱、当意即妙の音楽を、オーケストラやアレンジという額縁にはめ込むメリットは特にないので、このアルバムは謎の映画のサウンドトラックを聴くつもりで聴くのが正しい。これは舞踏会のシーン、これはビンタくらったあとに雨が降ってきたところ、これは牛丼をのどに詰まらせて苦しんでいるところ、これは帝国軍が攻めてきたところ、これは悪玉の親分が行方不明の父親だったことがわかったところ、などと適当な妄想をふくらませながら聴いていると、それはそれで楽しい。
posted by kiwi at 12:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビックバンド

2009年07月19日

ドント・ストップ・ザ・カーニヴァル/ソニー・ロリンズ

ドント・ストップ・ザ・カーニヴァル(紙ジャケット仕様)What's New?

ソニー・ロリンズ(ts)
ジム・ホール(g)
ボブ・クランショウ(b)
ベン・ライリー(ds)


1962年録音



 あんまり暑いのでせめて音楽くらい涼しいのを聴こうといろいろ試したけれど、結局面倒くさくなってこれに落ち着いた。座っているだけでぷちぷち汗が水玉になって噴き出してくるみたいな状況では、姑息な懐柔手段や現実逃避は効かない。いっそ暑くて楽しいなあオイ! みたいな音楽で迎撃するのが一番だ。上半身裸で扇風機の強風を浴びながらこの音楽を聴いていると、うおお! という気分になってくる。

 日本はもう熱帯と言っていいのではないだろうか。今年の梅雨も、梅雨というより雨期という感じだったし。日本人もそろそろこういうカリブ海的な気っ風を学ぶべき潮時なのかもしれない。
posted by kiwi at 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | サックス