2012年03月23日

ゴーイン・アウト・オブ・マイ・ヘッド/ウェス・モンゴメリー

Goin Out of My Head (Reis) (Rstr) (Dig)GOIN' OUT OF MY HEAD

ウェス・モンゴメリー(g)
ドナルド・バード(tp)
フィル・ウッズ(as)
ハービー・ハンコック(p)
ほか大勢

1965年録音

ビートルズのオリジナルアルバムは12枚しかないのだそうだ。一方ジャズではリーダーアルバムだけでも勘定しきれないというひとがざらにいるし、参加したアルバムまで含めるとそれこそ当人にもよくわからないんじゃないかと思う。まあ、どっちがえらいという話でもないのだけれど。
ただ、ジャズを聴くものとしては、作品の数がむやみに多いのはありがたいことなんだろうと思う。ふらりとCD屋に行って、「あ、ウェス・モンゴメリーの新譜(?)だ!」という楽しみを味わえるからだ。亡くなって40年以上になるのにね。

ウェス・モンゴメリーは小編成のじみーな演奏がこの人らしい味わいがあってぼくは好きだが、こういう賑やかなのも悪くないと思う。音に厚みがあるのに、どこまで行ってもきらびやかにならないのは、くすみのある、まるい音のせいだけじゃないと思う。偉い人なのに他を圧倒する迫力みたいなものと無縁なひとがたまにいるけれど、このひとはそういうタイプだったんじゃないだろうか。
ハンドのフレームに収まりながら、ときどき涼しい顔をしてアドリブを弾き上げる。結構ボリュームがあって楽しい。
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2012年02月07日

ストライド・ライト/ジョニー・ホッジズ&アール・ハインズ

ストライド・ライト(紙ジャケット仕様)STRIDE RIGHT

ジョニー・ホッジス(as)
アール・ハインズ(p)
ケニー・バレル(g)
リチャード・デイビス(b)
ジョー・マーシャル(ds)

1966年録音

いろいろなジャズを聴いてきた。
最初からはまったものもあるし、聴き続けるうちに着古した上着のように馴染んで手放せなくなったものもある。
その一方で、未だによくわからないものもいっぱいある。
たぶん、もうジョン・コルトレーンはどうでもいいや、とか思い始めたら、ジャズという音楽の輝きはだいぶ薄れてしまうだろう。未知の、未開拓の領域は世界の魅力の欠かせない一面である。音楽に限った話じゃなく。
ぼくの旅はまだ終わらない。

にもかかわらず、その一方で、ぼくは最終的にはこういう音楽に帰ってくるのかもしれない、という気もする。これに何を加え、これから何を引いたらいいんだろう? 旅人をひきとめて、やっぱりお家が一番いいや、と言わせかねない禁断の楽園音楽。

こういうのは困るのだ、本当に。

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2012年02月06日

ウェス・モンゴメリー・トリオ

Wes Montgomery TrioTHE WES MONTGOMERY TRIO

ウェス・モンゴメリー(g)
メルヴィン・ライン(org)
ポール・パーカー(ds)

1959年録音

ぼくは小さいころ、わけもなく押入れに潜り込んで、ふとんの間でじっとしている、という妙な趣味があった。何をするわけでもなく、指一本ほど開いたふすまから差し込むあかりを眺めながら、遠くに聞こえる世界の物音を聞くともなく聞いていると、なんとなく落ちつくのだ。ぼくがここにいることを誰も知らない、と考えると、悲しいような、それでいて妙にうきうきするような、変な気持ちになった。ここにずっと隠れていたらどうなるだろう、出ていったら誰もいなかったらどうしよう。そんなことをぼんやり考えていた。

大人になって押入れには入りにくくなったが、どうもぼくの中には未だにそういう気分が残っているらしい。時々ふと、世界からちょっと距離を置きたい、と思うのだ。これといった理由もなく。

そんなときに、ウェス・モンゴメリーの音楽を聞くと、あの押し入れに潜っているような気分になることがある。世間のあかりや物音が小さく、遠くなる。やさしくて、暗く、あたたかくて、さびしい。ラウンド・ミッドナイト。そうか、ミッドナイトと押入れって、似ているんだな。
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2012年01月29日

エスペランサ

エスペランサEsperanza

エスペランサ・スポルディング(vo,b)
レオ・ジェノベーゼ(p)
ニーニョ・ホセーレ(g)
ホラシオ・エルナンデス(ds)
ジェイミー・ハダッド(perc)

2008年録音


ジャズを聴き始めてしばらくした頃。ジャズ以外の音楽が聴けなくなって、困ったことがある。

初めて聴く曲なのに、聴いている最中に飽きてしまうのだ。ちょっと前まで好きで聴いていた音楽も、なんだか遠くで聞こえる列車の通過音みたいにとりとめも迫力もなく、つまらない。いま考えると、いろいろインプットが豊富になって音楽に対する感覚が組み変わる最中のちょっとした混乱、音楽的な中二病みたいなものだったんだろうと思うが、中二病と若干違うとすれば当人に病識があって、当時はちょっと悩んだ。世の中にはジャズ以外にもいい音楽がいっぱいあるはずだ。好みはともかくとして、ジャズしか聴けなくなったら、楽しみの選択肢がそれだけ狭まってしまうのではないかと思ったのだ。たとえば、酒が飲めるのと飲めないのを比べたら、飲めるほうが楽しみは多いはずだ。ぼくは下戸なので本当にそうなのか証明はできないが。

とは言っても治療法に心当たりがあるわけではなく、医者に行ったり誰かに相談する話でもなく、しばらく困ったままの状態が続いていたが、ある日ふと「あーもうどうでもいいから可愛い女の子の歌声を聞きたい」と思った。名盤ガイド片手に、コルトレーンとかオーネット・コールマンとかを一生懸命聴いていたタイミングじゃなかったかと思う。で、何を聴いたのか覚えていないが、なんだやっぱり楽しいじゃないかと思って、それから少しづつ音楽的中二病は治っていった。
おかげで今はマイルス・デイビスの後に少女時代を聴いたり、巡音ルカのジャズ?風アレンジをヘヴィー・ローテーションしたり、パブロ・カザルスってすげえなあと思ったり、節操のない音楽生活を楽しんでいる。

あの頃、こういう音楽を聴いたらどう思っただろう?
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2012年01月12日

ア・ガーランド・オブ・レッド/レッド・ガーランド

ア・ガーランド・オブ・レッドA GARLAND OF RED

レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
アーサー・テイラー(ds)

1956年録音

なんか今日は会議が5つあって、しかもそれが少しずつ重なっていたりして、頭を切り替えながら会議室から会議室を渡り歩き、その合間に自分の仕事を片付けつつ、500円の弁当をかきこんで・・・疲れた。

こんな日はもう、なんと言われたっていいのだ。暗くした部屋に閉じこもり、レッド・ガーランドの古いアルバムを、外にもれない範囲で大きい音で聴く。人生はシンプルなほうが好みだ。あまり多くのものはいらないし、知り合いもそんなに大勢はいなくていい。いい音楽ときれいな川と、本と犬と妻と友達が何人か。なんかそれで十分なんじゃないかという気がする。
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2011年12月23日

キング・オブ・ザ・テナーズ/ベン・ウェブスター

King of the TenorsKing of the Tenors

ベン・ウェブスター(ts)
オスカー・ピーターソン(p)
ハーブ・エリス(g)
バーニー・ケッセル(g)
レイ・ブラウン(b)
J・C・ヘアード(ds)


1953年録音

「Tendary」「Danny boy」「When I Fall In Love」などのバラードがやたら沁みる。甘い酒はいい気になって飲み過ぎるとあとでえらいことになるが、こういう音楽も似たような副作用がありそうな気がする。でもクリスマスだからまあいいか。

ぼくは昔からクリスマスのうわついた感じが嫌いではない。とんがり帽子かぶってクラッカー鳴らして、という柄ではないけど、人気が消えた終電後の駅前でぽつんと点灯しているクリスマスツリーとか、マフラー巻いて白い息吐きつつ見上げるクリスマス仕様のショーウィンドウとか、そういうものが好きなのだ。そういう、うれし淋しいみたいな雰囲気は、正月飾りにはあまり感じない。

今年のクリスマスツリーは「Danny boy」を流しながら見に行ってみようか。
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2011年12月18日

ライト・アズ・ア・フェザー/チック・コリア

Light As a FeatherLight As a Feather

チック・コリア(p)
フローラ・プリム(vo)
ジョー・ファレル(fl,ss,ts)
スタンリー・クラーク(b)
アイアート・モレイラ(ds)

1972年録音

このアルバムを初めて聴いたのは、もうずいぶん昔のことだ。「カモメ」のリターン・トゥ・フォーエヴァーにびっくりして、次回作も聴いてみたいと思ったのだ。タイトルとジャケットを見て期待していたのだけれど、実際聴いて一作目ほどじゃないな、と思ったのを覚えている。全体的にわかりやすく、ポップになった分、「カモメ」にあった不思議な胸騒ぎみたいなものが、あまり感じられないように思えたのだ。思った以上に賑やかだったのも意外だった。この印象は今もあまり変わっていない。で、このアルバムで印象の強いのは名曲のほまれ高い「spain」ではなく、不思議感覚の残っているタイトル曲だったりする。

このあと、チック・コリアは黄金時代に突入して、綿密かつダイナミックな組曲風の傑作を矢継ぎ早に世に送ることになる。ぼくはそれを大喜びで受け入れたが(リアルタイムに、ではないけれど)、その一方で、初期のリターン・トゥ・フォーエヴァーにあった、奇妙で不思議な味わいは薄れていった。たぶんそれは、大勢が行列をして訪れる、煌びやかな名店で出すものではなかったのだろう。

でもそれはそれとして、ぼくは1枚目や2枚目のこのアルバムを聞くたびに、遠くに懐かしい人影を見るような気がする。その人はぼくのよく知っている誰かなんだけど、名前をどうしても思い出せない。近づくこともできない。ただ遠くに影が見えるだけ。そんな不思議なもどかしさを思い出すのだ。
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2011年12月04日

アコースティック・ライブ/ヨショ・ステファン

Acoustic Live
acoustic live

ヨショ・ステファン(g)
ギュンター・ステファン(g)
マックス・シャーフ(b)
セバスチャン・レイマン(vln)
ほか

2005年録音

隣家のご隠居にもらって植えた庭のみかんの木が、去年から実を付けるようになった。木の高さもまだ背の丈くらいで、みかんの数だって知れたものだけれど、ちゃんとみかんの形で、みかんの味がする。あたりまえじゃねえかと言われればあたりまえなんだが、八百屋で買うのと同じ味のみかんが、自分の庭で木になっているというのはなんだか不思議だ。
八百屋のみかんは金を出して買う「商品」であり、自分の庭のみかんの木は自然のいきものだ。商品は甘くてあたりまえの気がするけれど、木に自然になった実が同じように甘いのは、ちょっとした奇跡みたいな気がするのだ。

音楽を聴いていても、同じように感じることがある。
おとの向こうにひとの呼吸や指のスピードを感じるとき、ああ、そうだ、これはひとががんばって作っている音楽なんだ、ということを思い出して、妙に感動したりする。音楽の本質とはあまり関係ない気分の問題に過ぎないのだけれど、ぼくにとってはけっこう大事だ。

ジャズが好きなのはそのせいなのかもしれない。
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2011年11月13日

デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン

デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン
DUKE ELLINGTON & JOHN COLTRAIN

ジョン・コルトレーン(ts,ss)
デューク・エリントン(p)
ジミー・ギャリソン(b)
アローン・ベル(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
サム・ウッドヤード(ds)

1962年録音

子どものころ、Q&A形式の自己紹介を書かされるとたいてい、「将来なりたいもの」「尊敬するひと」という欄があった。なりたいもの、はその時々で適当なことを書いていたけれど、「尊敬するひと」はシートン、と書くことに決めていた。シートン動物記のシートン。
尊敬というより、ただ好きで、こういう風になりたいな、と思っていただけだったんだけど。そういや「行ってみたい所」も「ロッキー山脈」だったっけ。ほかの連中が「野口英世」とか「お父さんお母さん」とか書いていたのがなんだかちょっと不思議だった。

コルトレーンが尊敬するひとの欄に「デューク・エリントン」と書いていたかどうかは知らない。が、どう思っていたかはこのアルバムを聴くとなんとなくわかる。コルトレーンがかわいいのだ。リラックス、というより安心感というのだろうか。二人の間に流れるとつとつとした時間の感覚が好きだ。コルトレーンは基本苦手というぼくみたいのにも、このアルバムはいける。
二人の年は親子ほども違うが、このオヤジはアバンギャルドも平気で受け入れる。「こういうことなんだろ、ジョン」「はい!そうですお父さん!」みたいなやりとりもあって楽しい。いいなあこういうオヤジ。

ところで今、「尊敬するひと」って言われたらぼくはどう書くだろう?
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2011年11月13日

エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス/エラ・フィッツジェラルド

エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス+9
ELLA AT THE OPERA HOUSE

エラ・フィッツジェラルド(vo)
オスカー・ピーターソン(p)
ハーブ・エリス(g)
レイ・ブラウン(b)
ジョー・ジョーンズ(ds)


1957年録音

以前、妻に、「スイングってどんなの?」と聞かれて困ったことがあったけれど、今度このアルバムの"Stompin' at the Savoy"あたりを聴かせてみようかと思った。なんか変な勘違いをされそうな気もするけれど、それはそれでもいいのだ。こういうエネルギーをどういう名前で呼ぼうと、それは音楽の持つ根源的な力であることは変わらないし、またそれは人間の生きるちからそのものに直結している。こういう音楽に飛び上がって拍手しちゃう力と、春先に萌えでた若葉にうきうきする力と、綺麗な女の子に口笛を吹きたくなる力と、美味いラーメンの汁まで飲み干しちゃう力は、きっと同じものなんだろうと思う。
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2011年11月04日

ジャズU.S.A/ソニー・クリス

ジャズU.S.A.
JAZZ - U.S.A

ソニー・クリス(as)
ケニー・ドリュー(p)
バーニー・ケッセル(g)
ビル・ウッドソン(b)
チャック・トンプソン(ds)

1953年録音

子どものころ、大工さんが材木にカンナをかけているのを、ずっと眺めていたことがある。大工さんがカンナを動かすたびに、薄くて長いカンナくずが飛び出してくるのが、まるで材木から水が噴き出しているみたいだった。迷いのない大工さんの動きがかっこよかった。かんなくずはそのまま食べられそうにきれいで、大工さんにもらっていいか聞いた覚えがある。食べなかったけど。
ソニー・クリスを聴いていたら、そのときのことを思い出した。

ソニー・クリスのかっこ良さは、腕のいい職人が、よい道具から可能性のすべてを引き出しているかっこ良さだ。
アルト・サックスを発明したひとは、ソニー・クリスの演奏を聞いたら泣いて喜ぶだろう。これだけ鳴らしてもらえば楽器も本望だろうし、もちろん演奏している本人も楽しいに違いない。

まあ、ちょっと凄すぎる、という一面もなくはない。

たとえば釣り旅から帰って来て、明日からまた満員電車に乗って仕事にいかなくちゃ、という日曜日の夜に、ちょっと気分を変えようとソニー・クリスを聴いたりすると、逆に疲れてしまうことがある。そういうときにはたぶん、どこか間が抜けていて、うんうん、お互いがんばろうね、みたいな気分になる音楽が向いているのだ。

もちろんそれは、ソニー・クリスの音楽の罪じゃない。そういうタイプの音楽ではない、というだけの話だ。だがぼくは、時々、この人もうちょっと間が抜けてもいいんじゃないだろうか、と思う。そうなったら、もっと凄いんじゃないか、という気がするのだ。変な言い方だけど。
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2011年10月31日

フィール・ソー・グッド/チャック・マンジョーネ

フィール・ソー・グッド
feels so good

チャック・マンジョーネ(flh)
グラント・ジスマン(g)
クリス・バダラ(ss,ts,fl,他)
チャールス・ミークス(b)
ジェームス・ブラッドレイjr(d)

1977年

 ぼくは50年代、60年代のジャズはリアルタイムでは聴いていない。ジャズ喫茶の世代にも間に合わなかった。では同時代的に聴いていたのは何か、というと、このあたり、フュージョンなのだった。チャック・マンジョーネ、ハーブ・アルバート、渡辺貞夫、日野皓正、デイブ・グルーシン・・・
 そういう時代だった。60年代の終わりから70年代にかけての世の中の喧騒も落ち着きはじめ、えーと、なんかしなくちゃならなかったんでしたっけ? みたいなあの時代。まあ、世の中がどうこう言うよりは、ぼく自身が、一番のほほんと暮らしていた時期だった。ことさらに何かを疑うこともなく、嘘をつく必要もなかった。そんな時代にチャック・マンジョーネのフリューゲルホルン。誰にでもある、ある時代のアイコン、BGMみたいなものだった。

 今聴くと、春先の街角のショーウィンドウみたいにポカポカしてて、清潔で、人の匂いがしない。でもまあ、それはそういうものなのであって、音楽がみんなキリキリしていて、ムンムンしてて、汗と血の匂いが満ちてなくちゃいかん、というのも困る。これはこれでいいのだ。音楽にも、人間にも、そういう時代はきっと必要なんだと思う。
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2011年10月30日

イン・タウン/オイゲン・キケロ

イン・タウン
IN TOWN

オイゲン・キケロ(p)
ペーター・ウィッテ(b)
チャーリー・アントリーニ(ds)

1965年録音



 前に「オイゲン・キケロがごりごりのジャズを演っているアルバムがあるなら聴きたい」と書いたことがあるが、どうやらこれがそうらしい。探しても見つからず、そのまま忘れていたんだけれど、たまたま立ち寄ったディスクユニオンのカウンターに置いてあった。こういうのは嬉しい。人生にはときどき、こういうことが起こる必要がある。できれば週1くらいのペースで。

 気分よく買ったせいもあるのかもしれないが、気分のよいアルバムだった。たまたま、天気の良い秋の朝、妻と犬を乗せ、山の中の釣り場に向けて走る車で聴いたのだけれど、輪郭のはっきりした、ぴょんぴょん跳ねる音が、車の中で食うおにぎりなんかにも似合っていた。そのあと続けて「ロココ・ジャズ」なんか聴いてみたんだけど、こっちはなんだかせわしなくてご飯粒が鼻に入ったりした。不思議なものだ。

 たぶんお客さんが納得しないのだろう、お得意の「クラシックのジャズ化」も入ってて、それでなくてもオイゲン・キケロが演奏するんだから「ごりごりのジャズ」にはならないのだが、とはいえお色気たっぷり、サービス満点のクジャクみたいなこういうピアノも悪くない。で、またぞろ「オイゲン・キケロのジャズアルバム」を探してみたが、やっぱり見つからないのだった。

 この人がブルース演ってるアルバムってないかなあ。
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2011年10月27日

テイク・テン/ポール・デスモンド

テイク・テン
TAKE TEN


ポール・デスモンド(as)
ジム・ホール(g)
ジーン・チェリコ(b)
コニー・ケイ(ds)

1963年録音

ぼくはポール・デスモンドとジム・ホールのアルバムは、60年代くらいの、暗い、会話禁止の本格ジャズ喫茶で、眉間にしわ寄せて、怖い顔をして聴くといいんじゃないかと思う。リクエストしたら追い出されそうだけど。
この二人を組ませたプロデューサーの目論見はよーくわかるんだけど、BGMとして聴いているだけじゃもったいない気がするのだ。

ハマりすぎ、ころころ転がりすぎってのも、ある意味罪だ。そういう意味では、ポール・デスモンドとデイブ・ブルーベックのでこぼこチームは、でこぼこだったところに味があったんだな、と思う。
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2011年09月04日

ルグラン・ジャズ/ミシェル・ルグラン

ルグラン・ジャズ +3
Legrand Jazz


マイルス・デイビス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ビル・エバンス(p)


1958年録音

 こういう具合にあちこちに才能をがっぽがっぽと大盤振る舞いしても、ぜんぜんなくならない、というのはどういう気分なんだろうと思うことがある。なんかこの人のセンスは、長年の修行と艱難辛苦を経て身につけたもの、という感じがしない。もっと自然に、息をするように、空気の中からどんどん音楽を取り出してしまうんじゃないか。それが正しいかどうかはわからないが、世の中にはそういう人がいるんだ、と信じていたい気がするのだ。ソロモン王は動物と話ができたんだ、と信じるみたいに。

 「東京JAZZ 2011」で見たミシェル・ルグランは御年79歳。ボリュームたっぷりのカウント・ベイシー、血管切れそうな熱演の寺井尚子の後にピアノトリオで出てきて、正直大丈夫かなとも思ったが、なんか大丈夫とか大丈夫じゃないとかいうレベルの話ではないのだった。ミシェル・ルグランは確かに空気から音楽を取り出す魔法使いであり、それがジャズなのかどうかとか、さすがに弾き語りはないんじゃないかとか、そういうことはわりとどうでもいいんだと思った。眉毛は切ったほうがいいと思ったけど。

 アンコールの「シェルブールの雨傘」はどんどんリズムを変えてみせるパフォーマンス付き。とにかくなんかやらずにいられない「才人」ミシェル・ルグランは健在で、ぼくはちょっと嬉しくなったのだった。
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2011年07月24日

シングス・アー・ゲティング・ベター/キャノンボール・アダレイ


THINGS ARE GETTING BETTER

キャノンボール・アダレイ(as)
ミルト・ジャクソン(vib)
ウィントン・ケリー(p)
パーシー・ヒース(b)
アート・ブレイキー(ds)

1958年録音

南伸坊みたいなニコニコ顔でアルト・サックスを軽々と鷲掴みにしているこのジャケット、どこかで見たことがあると思ったら、村上春樹/和田誠の「ポートレイト・イン・ジャズ」だった。キャノンボール・アダレイを描くに当たって和田誠がモチーフに選んだのがこのおおらかで楽しそうなジャケットで、それは正しいのだろうとぼくは思う。キャノンボール・アダレイに小細工は似合わない。しかもバックを固めるメンツがこれなら、迷わず直球ど真ん中にガンガン行ける。ジャズも、キャノンボール・アダレイも、迷う必要がなかった、幸せな時代の幸せな音楽だ。
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2011年07月10日

ニルヴァーナ/バッキー・ピザレリ


NIRVANA

バッキー・ピザレリ(g)
ジョン・ピザレリ(g)
リン・シートン(b)
バーナード・パーディ(ds)

1995年録音


 これは演奏しているほうも楽しいだろうな。70近いはずだが、息子のジョンとの2本ギターで年甲斐なくばんばん行く。sing,sing,singなんか雄叫びが聞こえて来そう。がおー。
 
 バッキー・ピザレリの音楽は、牧歌的といえば言えるだろうけれど、男が年月を経て、いろいろなものを見てきて、いくつかの別れも経験して、それでもなお牧歌的でいられるとすれば、それはその男の強さの証明だ。ぼくはそう男たちを尊敬している。
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2011年07月03日

ザ・トリオ/オスカー・ピーターソン

ザ・トリオ/オスカー・ピーターソン・トリオの真髄
The Trio

オスカー・ピーターソン(p)
レイ・ブラウン(b)
エド・シグペン(ds)

1961年録音


 あるべきものが、あるべきところに、あるべき姿で収まっている、というのは、世界の安定と平和のために、なにより重要なことなのではないかと思うことがある。
 特にオスカー・ピーターソンを聴くとそう思う。

 マイルス・デイビスのように鋭くはないかもしれない。
 ジョン・コルトレーンのように深くはないかもしれない。
 セロニアス・モンクのように変ではないかもしれない。

 でも、いいじゃんそんなの、と思わせる余裕の力がこの人の音楽にはあって、それはたぶん、ジャズという音楽にはとても大事なものなのだ。いや、ジャズの真髄といっていいかもしれない。というか、ジャズに限らず、もっと普遍的に大切な力かもしれない。たとえば女にもてたい、と思っている男にとって。早く一人前になりたい、と焦っている新入社員にとって。うちの会社をなんとかせにゃ、と思っている社長さんにとって。世界の健康にとって。

 たぶん、オスカー・ピーターソンはそれを知っていたのだ。
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2011年06月20日

et son sextette/ステファン・グラッペリ



et son sextette

ステファン・グラッペリ(vln)
マーリス・ベンダー(p)
ベノット・クアシン(b)
ジーン・ルイス・ビアレ(ds)


1955年録音

 ステファン・グラッペリを聴いていると、歳を取るのも悪くないんじゃないか、という気分になってくる。

 このアルバム、中古レコード屋で見つけたもので、フランス語らしいタイトルの発音もわからないのだけれど、録音は1955年、パリと書いてある。ぼくの持っているグラッペリじいさんのアルバムでは古い録音だ。後年の演奏を知っているので、ふっふっふ、若いなステファン、なんて気分になるけれど、ステファン1908年生まれで実は40代後半。押しも押されもせぬベテランで、そろそろゴールが見えてきても不思議はない年齢だ。
 だが当時のステファン・グラッペリに道の果てが見えていたとは思えない。その音楽は進化を続け、どこかで魔法めいたものに変わる。ステファン・グラッペリがいなくなったいま、ステファン・グラッペリみたいに弾けるひとはいない。そういう音楽は、誰がが予測したり、目標にしたりできるものではない。
 たとえ本人であったとしても、だ。

 ふと何かで立ち止まった拍子に、道の果てが見えたような気がしたときは、ステファン・グラッペリを聴くとよい。

2011年06月18日

ブルー・トレイン/ギド・マヌサルディ


Blue Train

ギド・マヌサルディ(p)
スチュア・ノルディン(b)
アルバート・ヒース(ds)

1967年録音

 演奏はもちろん、名前も知らない人のアルバムを買うのはそれなりに冒険だが、こういうアルバムが最新のヒットチャートに乗っかって、PVがYouTubeで配信される可能性はあまりない。とすればいちかばちか買って聴いてみるしかないが、考えてみれば宝くじなんか連番で10枚買っても確実にもとが取れるのは1枚だけで、あとは期待値は限りなくゼロに近い。それに比べりゃ、気に入らなくても少なくとも音は確実に出るんだから投資としちゃよほど堅実。
 とは思っているが、やっぱり音が出るだけじゃ淋しい。だからあたったときの喜びはまたひとしおだ。

 何が飛び出してくるかわからないおもちゃ箱のように賑やかなピアノだ。音楽的な仕掛けと引き出しがいっぱいあって、開けるたびに違うものが飛び出してくるものだから(中にはなんだかわからないものも混ざっているが)、ひとつひとつ開いてはびっくりしているうちに一日が終わってしまう、そんな楽しさがある。ライナーノーツによると、イタリアの人だそうだが、ヨーロッパを股にかけてあっちこっちで暮らしたそうだ。この引き出しの多さはそのせいなのかもしれない。
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