2007年10月31日

ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ/ダイアナ・クラール


When I Look in Your Eyes
When I Look in Your Eyes

ダイアナ・クラール(vo,p)
ラッセル・マローン(g)
アラン・ブロードベンド(p)
ジョン・クレイトン(b)


1999年録音


 リラックスしたいとき、たとえば夜寝る前に本を読むなら、ばりばりの新刊より、何度か読み返したお気に入りの本の一節をつまみつまみ読むのが楽しい。が、あまり何度も読み返しているとさすがにくたびれてくるし、かといって新しい本をつまみ読みの境地まで読み込むには時間がかかる。というわけで、ナイトキャップ本選びはなかなか難しいのだが、そんなとき、手に入れたばかりの新刊なのに、まるで何年も読み込んだみたいな、テーブルライトの脇にずっと前から置いてあったような気分になる一冊があったら、重宝するんじゃないだろうか?


 そんなアルバムだ。


 初めて聴くのに、ああ、この曲好きだったなあ、と思い出す。デジャヴュのかたまりのような一枚だ。スタンダードを唄っているから、ばかりではきっとない。記憶の1枚奥にそっと入り込む、それがダイアナ・クラールという歌手の資質の一部なんじゃないだろうか。サラ・ヴォーンやエラは何かしながら聴いていると、ふと手が止まってしまうことがあるけれど、ダイアナ・クラールは逆に音楽が流れているのを忘れることがある。静かな楽しさだけが残っている。



 どちらが上等とか、どちらがよいとかいう話ではない。それはどちらも音楽の機能なのだ。
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2007年10月30日

ゴンサロ・ルバルカバ・アット・モントルー


Discovery: Live at Montreux
Discovery: Live at Montreux

ゴンサロ・ルバルカバ(p)
チャーリー・ヘイデン(b)
ポール・モチアン(ds)

1990年録音


 凄いのは名前だけではない。すさまじい早弾きなのだ。指ばかりではなく、神経系も加速しないとこうはいかない。サイボーグ009の加速装置かおまえは。音楽を聴いているというより、アクロバットを見ているような別の意味での爽快感。しかも鍵盤をぶち抜かんばかりのパワー。
 は、早ければいいってもんじゃないもんねッ、と憎まれ口をきいてみたくなるが、ここまですさまじいと量が質に転化する。飯をどんぶり三杯食うのはただの食いしん坊だが、三十杯食ったら芸だ。


 問題は、スタンダードテンポの演奏が物足りなく聴こえてしまうことだ。同じ超絶技巧の生み出すキレのよい、粒の揃った音で構成されるバラードが耳に慣れて、「ああ、悪くないじゃないか」という気になるまで、少し時間がかかる。これって、巨乳の演技派女優がスタイルのことばっかり話題にされるのと同じで、本人にとってはひょっとして損なのではないだろうか。どうも品のない比喩ばっかりで申し訳ないけれど。

 
 チャーリー・ヘイデンの妙に歌うベースがけっこう好きだ。
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2007年10月28日

アイドル・モーメンツ/グラント・グリーン


アイドル・モーメンツ+2
IDLE MOMENTS


グラント・グリーン(g)
ジョー・ヘンダーソン(ts)
ボビー・ハッチャーソン(vib)
デューク・ピアソン(p)
ボブ・クランショウ(b)
アル・ヘアウッド(ds)

1963年録音



 一曲目のタイトル曲。初めて聴くはずなのに、どこかで聴いた気がしてしょうがない。で、ふと気づいた。
 ジャズを聴き始める前、あまり根拠もなく、ぼくはジャズというのはこういう音楽だと思っていたのだ。それをいま聴いているのだ。

 ブルーで、レイジーで、雨と蒸気と夜の匂いがする音楽。夢ではあるが悪夢に近く、美しいけれど危険で、近寄らないで済むならそれにこしたことはない。が、音楽でも人間でもこういうタイプの魅力の持ち主はいるし、一方「ペンキ塗りたて」をつついてみずにはいられないタイプの聴衆もいつの時代も絶えることはない。まあ、こればっかりはしょうがない。なにがしょうがないのかよくわからないけれど。



 こういう音楽は、できれば冬の夜に、それも可能なら雨の夜に、一人きりで部屋にこもって、トレンチコードを着て襟を立て、ついでにソフト帽を目深に引き下ろして、ショットグラスのウィスキーを舐めながら(こういうときにはキスチョコとかアタリメとかをつまみにしてはいけない)聴くとよろしい。なにがよろしいのかよくわからないけれど。
posted by kiwi at 22:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | ギター・ベース

2007年10月27日

ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ vol.1


ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ Vol.1
jutta hipp at the hickory house volume 1

ユタ・ヒップ(p)
ピーター・インド(b)
エド・シグペン(ds)

1956年録音



 ジャズに限らずどんな音楽でも、メジャーになるためには、才能以外にいくつか必要なものがあるらしい。それはいったい何なんだろう? ユタ・ヒップのピアノを聴きながら、ふとそう思う。


 ジャズ専門レーベル、ブルーノートにはアルバムに刻印された番号をとって1500番台とよばれる名作シリーズがある。50年代に録音されたこのシリーズに、マイルスやバド・パウエル、ブレイキー、ロリンズなんかの大物と並んで、ユタ・ヒップは数枚のアルバムを残している。
 が、このドイツから来た若い女性ピアニストの名前は、彼らほどは知られていない。そして彼女は、そのままひっそりとジャズ・シーンから消えてしまう。後年は音楽とはあまり縁のない生活を送ったらしい。


 ユタ・ヒップの演奏は抑え気味で、強烈な個性には欠けるかもしれない。
 だが、そこには明らかに何か輝くものがあって、グラスの中の氷のようにからからと音をたてる。もう一杯注いでくれ、と言いたくなるような、豊饒な音楽の香りがする。それでは足りなかったのだろうか?


 有名なジャズ評論家のレナード・フェザーに見いだされ(このライブ・アルバムでユタ・ヒップを紹介しているのは当の本人だ)、ブルーノートの主、アルフレッド・ライオンのお眼鏡にかなっただけでは、不足だったのだろうか? 


 繰り返すけれど、才能以外にも必要なものはきっとあるのだろうと思う。ユタ・ヒップ本人にも、何か思うところがあったのかもしれない。
 だが、か細い不安そうな声の自己紹介に続いて、いきなりずっこけるようにほとばしる、クールで、豊饒で、誠実なユタ・ヒップの音楽を聴くたびに、ぼくは思うのだ。


 この人はもっと愛されるべきだったんじゃないだろうか?
posted by kiwi at 01:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2007年10月21日

マネー・ジャングル/デューク・エリントン


Money Jungle
MONEY JUNGLE

デューク・エリントン(p)
チャールズ・ミンガス(b)
マックス・ローチ(ds)

1962年録音



 ピアノ・トリオなんてかわいらしい代物ではない。


 ミンガスのオラオラなんだコラ文句あるかという感じの耳障りなベースに、負けず劣らずけんか腰のマックス・ローチのドラムがからんで組んずほぐれつの大げんかを始めてしまい、えーこれどうすんだよすんませんなんとか分けてやっちゃあくれませんかと呼んできた横町の長老が熊さん八っあん大人げない、横町のみなさんもご心配だからまあ聞き分けなさい、と間に入ってくれるどころかいきなり自分も腕まくりして参加してしまい、しかもそれがやたら強い、あんたは江田島平八か、という感じのアルバムだ。かと思うとぞっとするほど美しいバラッドが始まって、むしろそっちのほうが怖い。いつ暴れ出すかとびくびくしながら聴いているとあっという間にアルバムが終わる。スリル満点の名盤だ。


 ジャケットの裏側の写真でチャールズ・ミンガスがニコニコしているのがまた、怖い。
posted by kiwi at 12:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2007年10月20日

クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ


クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ+2
Clifford Brown & Max Roach

クリフォード・ブラウン(tp)
マックス・ローチ(ds)
ハロルド・ランド(ts)
リッチー・パウエル(p)
ジョージ・モロウ(b)

1954〜55年録音



このままいけばやつに抜かれてしまう。もう抜かれてしまったかもしれない。(中略)それでしばらくして故郷に戻り、自力で麻薬と縁を切ることにした。(珠玉のJAZZ名盤100〜小川隆夫より)

 帝王、マイルス・デイビスがこんな言葉をのこしている。結果からいえば、マイルス・デイビスが立ち直るきっかけになったのは、「やつ」、つまりクリフォード・ブラウンの演奏を聴いたショックだったということだ。
 もしクリフォード・ブラウンがいなかったら、ジャズという音楽はどうなっていただろう。いや、それ以上に、ほんの数年だけ明けの明星みたいに煌々と輝き、25歳で交通事故で亡くなったクリフォード・ブラウンが長生きをしていたら、どうなっていただろう? たとえばルイ・アームストロングや、デューク・エリントンや、マイルス・デイビスのように、クリフォード・ブラウンもまた世界の構造をいくたりかは変えることになったのだろうか?


 そんなことはどうでもいいのかもしれない。どうこう言ってもクリフォード・ブラウンはただのラッパ吹きで、伝説の男とはいってもジャズというかなりマイナーな世界でのことで、ほとんどの人はその名前も知らないだろう。世の中にはもっと大切なことだっていくらもあるのだ。



 だが、まあ、このアルバムを聴いている小一時間くらい、半世紀も前に死んじゃったクリフォード・ブラウンという若い黒人のラッパ吹きが世界で一番の重要人物である、という妄想に浸るのも、そう悪いことではないのではないかと思う。
posted by kiwi at 11:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | ラッパ

2007年10月18日

スターダスト/ウィントン・マルサリス


スターダスト
Hot House Flowers

ウィントン・マルサリス(tp)
ブランフォード・マルサリス(ts,ss)
ケニー・カークランド(p)
ロン・カーター(b)


1984年録音



 ウィントン・マルサリスを聴くたびに、

 普通に吹けばいいのに。

 と思う。


 ちょっと記憶にないくらいきれいな音色のラッパを吹くひとで、しかも音の粒の端っこまで完全にコントロールしていることがぼくにもわかるほどの超絶技巧の主。にもかかわらず、どうもぼくはいまひとつ萌えない。
 

 ウィントン・マルサリスを1枚聴くと、なんだか収まりがつかなくなって、つい続けてリー・モーガンとかクリフォード・ブラウンあたりを聴いてしまう。つまりジャズききてー、ラッパききてー、という衝動を完全には満たしてくれないのだ。
 かといって、大外れでもない。
 痒いところから数センチずれたところを掻いてもらうような焦燥感、じらされ感が、ウィントン・マルサリスの持ち味、なのかもしれない。たぶんこの「ずれ」は、計算のうち、狙いなのだ。このずれの中に、ウィントン・マルサリスという演奏家が、いる。「どうだい? おれを見つけられるかい?」とウィントンは思っているのかもしれない。

 
 が、それはそれとして、ぼくはやっぱりすっぴんのマルサリスを聴きたい。真っ正面からなんの細工もなく、たとえば「アイ・リメンバー・クリフォード」あたりを吹いてくれたら、それはけっこう鳥肌ものなのではないだろうか、と思わずにはいられないのだ。


 だれかそういうアルバム、知りませんか?
posted by kiwi at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ラッパ

2007年10月14日

ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング/ビル・エバンス


You Must Believe in Spring
You Must Believe in Spring

ビル・エバンス(p)
エディ・ゴメス(b)
エリオット・ジグモンド(ds)

1977年録音



 ビル・エバンスといえば、スコット・ラファロと組んだリバーサイトの4枚のアルバム(そのうちの1枚がワルツ・フォー・デビィ)が伝説的に有名で、もちろんそれが代表作には違いないと思うのだけれど、ぼくの個人的なエバンスの愛聴盤はほかにある。そのうちの1枚が、これだ。


 こういう音楽をなんと呼ぶべきか、ぼくは知らない。
 一聴、耳あたりはよいし、しゃれたバーかなんかのBGMで流れていても不思議はないようだが、その一方でどこかに致命的に危険で脆弱な感じがつきまとう。ふと、こういう演奏をしていてホントに大丈夫だろうか、みんなちゃんとおうちに帰ってお風呂に入ってゴハンを食べて寝るのだろうか、と、よけいな心配をしたくなるほど、なんだか天上的に美しいのだ。
 硬度の高いガラスは割れやすい。


 ビル・エバンスは1980年に亡くなって、このアルバムは追悼盤としてリリースされた。
 自身いろいろな問題を抱えつつも、世界にいくつかの美しい旋律を遺したビル・エバンスが最後に到達した地点が、楽しく美しいところだったらいいなあ、とぼくは思う。
posted by kiwi at 22:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2007年10月10日

マイ・スパニッシュ・ハート/チック・コリア


マイ・スパニッシュ・ハート+1
My Spanish Heart

チック・コリア(p,syn)
ジャン・リュック・ポンティ(vln)
スタンリー・クラーク(b)
スティーブ・ガッド(ds)
ドン・アライアス(perc)
ゲイル・モラン(vo)


1976年録音



 すぐれた映画や小説は最初のワンシーン、1ページ目で観客を異世界に引き込む力を持っている。たとえば「スター・ウォーズ」(1作目)のファーストシーンや、漱石の「坊ちゃん」の導入部。それはアリスが飛び込んだ穴みたいなもので、その向こうには変なこと、楽しいことがいっぱいあるのだ。
 音楽も同じだ。最初のワンフレーズで強烈な位相転換を起こし、聴き手が「おっ、ここはどこだ?」と混乱するようなパワーを持った音楽、というのがたまにある。チック・コリアのこのアルバムなんかもそうだろう。堂々たる2枚組、変幻自在のチック・コリアの「組曲シリーズ」の白眉だ。



 キーマンはベースのスタンリー・クラーク。ウッド・ベースとエレキ・ベースの二刀使いらしく、アコースティック・ピアノからシンセまでにぎやかに弾きちらす(?)チック・コリアに全方位的にぴったり寄り添い、張り合い、つつき合い、この変なアルバムの扇の要の役割をしっかりと務めている。彼なくば別のアルバムになっただろう。チック・コリアがいなくても別のアルバムになっただろうけど。
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2007年10月02日

ブリリアント・コーナーズ/セロニアス・モンク


ブリリアント・コーナーズ
Brilliant Corners

セロニアス・モンク(p)
ソニー・ロリンズ(ts)
マックス・ローチ(ds)
アーニー・ヘンリー(as)
クラーク・テリー(tp)
オスカー・ペティフォード(b)
ポール・チェンバース(b)

1956年録音



 セロニアス・モンクはジャズの酔拳である。


 なんだか千鳥足だし、メロディは変だし、和音は間違えているみたいだし、鍵盤のないところを弾いているみたいだし。
 で、おいおいおっさん大丈夫かよ、いやそっち道じゃないから危ないから、、、、ってそっちかよ! とツッコミをいれつつ聴いているうちにうっかりモンクの術中に。だってなんだか本当にあぶなっかしいのだ。
 変な言い方だが、「おれはこれでいくんだ。聴いてるやつがわかろうがわかるまいがおれの知ったことか」みたいな開き直り、確信みたいなものが感じられないのだ。1曲ピアノソロがあるのだが、途中で止まっちゃうんじゃないか、弾き直し始めるんじゃないかと思ってひやひやした。ただ、モンクが弾き直すとしたら、それはきっと聴いている相手のためじゃなくて、自分のためだろうと思う。
 ロリンズのテナーや、マックス・ローチの太鼓も変。



 もっとも酔拳は意外性の拳法なので、「これから酔拳やります、はいっ」って感じじゃないほうがびっくりする。そういう意味ではマイルス・デイビスの「バグス・グルーヴ」のモンクが一番変だ。
posted by kiwi at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ