2007年12月27日

カナダ組曲/オスカー・ピーターソン


カナダ組曲
CANADIANA SUITE

オスカー・ピーターソン(p)
レイ・ブラウン(b)
エド・シグペン(ds)

1964年録音


 ビル・エバンスとか、キース・ジャレットとかに比べると、オスカー・ピーターソンを偏愛しているファンは少ないのではないかと思う。
 オスカー・ピーターソンに投票される「好き」の総量が少ない、という意味ではない。たとえばキース・ジャレットが、好きなひとは持ち点を全部つぎ込んでしまうタイプだとすれば(その代わりに関心のないひとも多いだろう)、オスカー・ピーターソンはおおぜいから万遍なく、少しずつ点を集めるタイプだ、いう気がするのだ。



 どう考えても大丈夫なひとより、どこか危なっかしいほうがとりあえず気になるのが人間の性分だ。オスカー・ピーターソンはそういう意味では大丈夫なひとである。いつも元気でエネルギーに充ち満ちており、明るく真っ当で超絶技巧でしかも気前よくジャジーなピアノを携えて、オスカー・ピーターソンはいつでもそこにいた。振り返れば顔の真ん中に目鼻が集まった愛嬌のある顔が笑っていて、困ったらあのピアノが聴ける。それは間違いなく愉しい。だからちょっと冒険して、変なピアノを聴いていても大丈夫だ。オスカー・ピーターソンというひとのピアノには、そういうところがあった。ジャズの、ちょっとしたインフラ(社会基盤)だったのではないだろうか。
 空気とか、太陽とか、そういったものみたいに。


 もちろん、オスカー・ピーターソンが「いつでもそこにいる」時間には限りがあった。クリスマスの2日前、オスカー・ピーターソンはいなくなってしまった。


 でも彼は、たくさんのアルバムを遺してくれた。これは自信をもって言い切るけれど、これからもオスカー・ピーターソンからジャズを聴き始めるひとがたくさんいる。これまでと同じように。
 ひとりのピアノ弾きがこの世界に遺すものとしては、これ以上のものはない。
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2007年12月22日

風のささやき/ヨーロピアン・ジャズ・トリオ+アート・ファーマー


風のささやき
The Windmills of Your Mind

アート・ファーマー(フランペット)
マーク・ヴァン・ローン(p)
フランス・ホーヴェン(b)
ロイ・ダッカス(ds)

1997年録音


 BGMのつもりで何かしながら聴いていると、お、なかなかいいじゃないか、と思うのだが、手を休めてちゃんと聴くとそんなでもない。で、また上の空で聴いていてふと耳に残り、もう一度ジャケットを見返したりする。そんなつかみどころのないアルバムだ。

 アート・ファーマーもヨーロピアン・ジャズ・トリオも柔らかくロマンチックな演奏が身上で、彼らが組めばどんな音楽が生まれてくるかは、言っちゃあなんだが想像するのは難しくない。で、想像通りの音楽が流れてくるのがこのアルバムの売り物でもあり、弱点でもある。音楽は一曲一曲きれいに起承転結を踏み、与えられたストーリーを演じて、舞台の上で優雅に腰をかかめて挨拶し、時間通りに幕を閉じる。もちろん、それで何が悪いか、という話ではある。アート・ファーマーの年期の入った至芸も聴けるし、若いメンバーもそれぞれ頑張っている。録音だっていい。

 要するに、予定調和を是とするか否とするか、という話なんだと思う。そりゃまあ、スリルには欠ける。が、スリルを扱っているのは別のお店なんじゃないだろうか。
 スリルがなくちゃ音楽としてダメ、というのもまた偏狭な意見だ。音楽にはいくつか役割があって、機能はその役割に合わせて選ばれるべきだ。たとえば高いカクテルを飲んでいるときは、そいつを鼻から吹き出したりしない音楽が必要だ。

 ところで、アート・ファーマーが吹いているフランペットというのは、フリューゲルホルンとトランペットのハーフみたいな楽器なんだそうだ。
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2007年12月19日

パイクス・ピーク/デイヴ・パイク


パイクス・ピーク
PIKE'S PEAK

デイヴ・パイク(vib)
ビル・エバンス(p)
ハービー・ルイス(p)
ウォルター・パーキンス(ds)

1962年録音



 この世界で、ジャズという音楽に与えられた場所はそれほど広いわけではない。さんま御殿にマイルス・デイビスが出てたとか、素人のど自慢の審査員にサラ・ヴォーンが混じっていて一曲歌ったとか、そういうことは滅多に起きない。未知のミュージシャンに興味を持っても、よほどのビックネームでなければTUTAYAには置いていないので、一か八か身銭を切って、アルバムを買ってみるしかない。
 苦労する分、当たると嬉しい。


 ぼくはヴァイブは大好きだが、デイヴ・パイクという名前は聞き覚えがなかったので、ちょっと躊躇した。が、思いがけずビル・エバンスが参加していることを知って、むしろそっちが気になって、取り寄せたのである。


 が、このアルバム、よい意味で期待を裏切った。
 ビル・エバンスはよい子にしていてそんなに目立たない。デイヴ・パイクは拾いもの(失礼)だった。ヴァイブ好きなら聴いてみて損はない。ミルト・ジャクソンとはちょっと風味の違うドライブ感と翳りがあって、なかなかに気色よい。特に最後の「Wild is the wind」は音世界に香りみたいなものがあって、もっとこっちの方面を聴いてみたいと思わせる。

 ただし、演奏しながら唸ったり、鼻歌歌ったりするのは誰がなんと言ってもイヤだ。これがなけりゃあなあ。
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2007年12月15日

リー・モーガン Vol.3


リー・モーガン VOL.3
LEE MORGAN VOLUME 3

リー・モーガン(tp)
ジジ・クライス(as,fl)
ベニー・ゴルソン(ts)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
チャーリー・パーシップ(ds)

1957年録音


 二十歳やそこいらで、「○○の再来」と呼ばれる気分ってどんなだろう? 
 幸か不幸かぼくはそう呼ばれたことはないし、今後も呼ばれることはないだろうが、もしぼくだったらけっこう複雑な気持ちになりそうだ。表向きには「光栄です」「足下にも及びません」と謙遜しつつ、心の中では「オレはオレだ」とぶつぶつ言いそうな気がする。その一方で、○○の再来、と呼ばれているうちは○○を超えてはいない、という意味でもあり、再来、と呼ばれるからには○○から少なからず影響を受けているということでもあり、つまり心情的には師匠でもあり、うーん、複雑だ。


 と思いつつ、「クリフォード・ブラウンの再来」と呼ばれたリー・モーガンの「クリフォードの想い出(I Remember Clifford) 」を聞くとなんだか笑ってしまう。とっても簡単だ。
 リー・モーガンのトランペットはつるつるしたイルカみたいに伸びやかで、昼寝をしている猫の寝返りみたいに自然で、簡単だ。本人がどう思っているかはともかく、その音楽はまっすぐだ。屈折も複雑もない。
 それはリー・モーガンがなんの留保もなくブラウンを慕っている、ということなのかもしれないし、単に美しくかっこいい音楽をやってやろう、細かいことはそれからだ、と考えているせいなのかもしれない。単に、それがリー・モーガンの芸風なのだ、というところが正解に近いのかもしれない。


 まあ、そんなことはどうでもいい。大切なのは、ここに美しく、かっこいい音楽がある、ということだ。「まあ、細かいことはいいから、オレのラッパ聴いてけや、なぁ?」。ニヤニヤしながら、リー・モーガンならそういうことを言いそうな気がする。なんとなく
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2007年12月13日

カインド・オブ・ブルー/マイルス・デイビス


カインド・オブ・ブルー+1
Kind of Blue

マイルス・デイビス(tp)
キャノンボール・アダレイ(as)
ジョン・コルトレーン(ts)
ビル・エバンス(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)
ウィントン・ケリー(p)

1959年録音



 ひとにちょっと会いすぎたな、と思う日が、たまにある。
 ひとはそれぞれ、1日に会える人数とか、口にする言葉の数とか、耳にする声の量とかに、制限があるのではないだろうか。キャパシティの多い少ないの差こそあれ。


 ぼくの場合、その制限を超えると、体の芯になま温かい熱源みたいなものを抱え込んでしまう。オーバーヒートというほどではないにしろ、痛み始める前の虫歯みたいに、どことなく不穏で、抱えたままで眠ったらあまり居心地のよくない夢を見そうだ。こいつをなんとかしなくちゃならない。


 で、いろいろ試してみて、このアルバムがよく効くことに気づいた。部屋を暗くして、中くらいの音でこの音楽を聴いていると、陽気で、騒がしくて、スノッブで、忙しくて、愉快で、愛らしい、ぼくらがよく知っている昼の世界とは位相の異なる、ちょいと別の世界がどこかにあることを思い出す。で、その世界に思いを致しているうちに、体の芯の微熱をもったかたまりは知らないうちにどこかに行ってしまう。


 ぼくにとっては水枕みたいな一枚だ。
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2007年12月09日

道/パコ・デ・ルシア


Solo Quiero Caminar
SOLO QUIERO CAMINAR

パコ・デ・ルシア(g)
ペペ・デ・ルシア(vo)
ジョージ・パーデ(fl、as)
ラモン・デ・アルゲシラス(g)
カルロス・ベナベンテ(b)
ルベン・ダンタス(parc)


1980〜81年録音


 世界にはギターの神様と呼ばれるひとが何人かいるらしいが、ぼくはスペインにもひとりいると思う。


 パコ・デ・ルシアはジャズやクラシックなど幅広い分野で活躍するギタリストだが、根っこはフラメンコだ。ぼくは伝統的なフラメンコのことは何も知らないが、パコ・デ・ルシアを聴いていると「揺らめく炎に照らされた舞台で、バラをくわえた黒い瞳、黒髪の美女が片手を頭の上にあげて、ヒールで床を踏みならす」というマンガみたいなフラメンコのシーンで頭の中がいっぱいになって、いくらぶるぶるしても消えなくなる。で、白昼夢の中の美女がそのまま踊り狂うので、ぼくも思わず自分の部屋で手拍子足拍子で調子をとったりして、あとで妻に「何どたばたしてたの?」と問いつめられたりするのだ。

 ジョン・マクラフリン、アル・ディ・メオラと組んだ「スーパーギタートリオ」の演奏が有名で、もちろんそれもチビるくらい良いのだが、パコに興味を持ったなら、このアルバムも一聴の価値はある。ぼくは20年近く聴いているが、未だにじっと聴いていられない。

 ギターという楽器で何ができるか、というより、何ができないのかを、パコ・デ・ルシアに聞いてみたい。
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2007年12月06日

ジ・アフリカン・ビート/アート・ブレイキー


ジ・アフリカン・ビート
The African Beat

アート・ブレイキー(dsほか)
ソロモン・イロリ(dsほか)
ユセフ・ラティーフ(flほか)
カーティス・フラー(ティンパニ)
アーマッド・アブダルマリク(b)


1962年録音



 世界で最初の楽器は、太鼓だったに違いない。

 なま暖かい草原の夜、獲物をあぶって食った焚き火の残り火を囲んでご満悦の仲間たちの誰かが、焚き火に投げ入れようとした木の枝で、何の気なしに、自分が腰掛けていた倒木を叩いてみる。倒木はたまたま中身が空洞で、いい音がする。どどんが。

 ?

 ふと興味を持って、もういちど叩いてみる。

 どどんが。どどんが。

 ?

 もう一度やってみよう。

 どどんが、どん。

 眠そうに寝そべっている仲間たちの何人かが、妙なことを始めた彼をちらりと見る。

 どどんがどん、どどんがどん。

 何人かが不思議そうに身を起こす。

 どどんがどんどん、どどんがどん、どどんがどんどん。
 わは!

 興味を持った仲間の一人が自分も木の枝を持って、倒木を叩いてみる。どどん。
 
 お?

 どどんどん、どどんどん、どどんどん。

 二人のリズムがたまたま同期する。

 どどんがどんどん、どどんどん、どどんがどんどん、どどんどん。

 わはは!

 残った仲間たちもみんな身を起こす。
 

 世界最初のジャム・セッションは、こんな風に始まったんじゃないだろうか。このアルバムを聴きながら、ふとそんなことを考えた。焚き火のはぜる香りや、なま暖かい草原の夜風を感じたような気もする。


 あのカーティス・フラーが、なぜかティンパニを叩いているんですけど。

2007年12月04日

ボス・テナー/ジーン・アモンズ


Boss Tenor (Reis)
boss tenor

ジーン・アモンズ(ts)
トミー・フラナガン(p)
ダグ・ワトキンス(b)
アート・テイラー(ds)
レイ・バレット(コンガ)

1960年録音



 テナー吹きでなくてよかった、と思った。


 もしぼくがテナー・サックス吹きだったら、これを聴いたあと、いったいどうすりゃいいのかわからなかっただろう。場末のバーで「することがなくなっちゃったよう」と泣きじゃくりながら倒れるまでクリームソーダーを飲み続けたと思う(ぼくは下戸である)。
 が、幸運にもぼくはテナー吹きではないので、無責任に喜んでいればいい。この世界には、テナー吹きでない幸福もある。


 もちろん、テナーでやれることはほかにもいっぱいある。ソニー・ロリンズや、スタン・ゲッツや、コルトレーンや、ウェイン・ショーターがそういうことをたくさんやって、中にはずいぶん遠くまで行った人もいる。
 にもかかわらず、ぼくはこのアルバムを聴くたびに同じことを思うのだ。


 テナー吹きでなくてよかったなあ。
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2007年12月02日

タル/タル・ファーロウ


タル
TAL

タル・ファーロウ(g)
エディ・コスタ(p)
ヴィニー・バーク(b)

1956年録音



 変な名前だ。タル・ファーロウ。タル。Amazonで検索したら一番上に出たのは 「まじかる☆タルるートくん コンプリートDVD VOL.1【初回生産限定】」だった。
 ガイドブックで見て、変な名前は覚えていた。で、ある日、このアルバムの相棒がお気に入りのエディ・コスタであることを知って、買うことにした。
 その日からヘヴィ・ローテーション入りをした1枚。


 太めで固めで腰の強い、素っ気なく聞こえるけれどかみしめるとじんわりとダシの香る、さりげなく超一流の素材とテクニックに裏打ちされた、まるで讃岐うどんの名品みたいなギターだ。しかも食べやすくて腹にたまる。飽きない。
 こういううどん、じゃなくてギターは、あまりごちゃごちゃ薬味を入れず、上質の生醤油と畑から抜いたばかりのネギでシンプルに、野太く食いたい。そういう意味ではこのトリオは正解だ。エディ・コスタのじょんがら三味線みたいなこれまた太くて低い、どんどこするピアノも絶品で、「ハウス・オブ・ブルーライツ」が気に入った人にも勧めたい。
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2007年12月02日

なき王女のためのパヴァーヌ/L.A.4


なき王女のためのパヴァーヌ(紙)
Pavane Pour Une Infante Defunte

ローリンド・アルメイダ(g)
バド・シャンク(fl,as)
レイ・ブラウン(b)
シェリー・マン(ds)

1976年録音


 L.A.4はピアノレスのうえ、ローリンド・アルメイダがガット・ギターにこだわるせいか、音空間にすきまを感じるちょっと風変わりなコンポだ。が、ぼくはすきまが好きなので、すきまにはまりたいときは取り出して聴く。あと、このすきまを利用(?)して、シェリー・マンが小細工をしまくるので、シェリー・マンがたっぷり聴きたいときにも有効だ。シェリー・マンの爽快感って、プチプチをつぶすときの感覚と似ているなあ。後期のL.A.4はシェリー・マンが抜けているから注意が必要。
 L.A.はロサンジェルスだと思っていたが、ローリンド・アルメイダという説もあって、どちらが正しいかは知らない。いずれにしてもウエスト・コースト・ジャズらしく、澱みのないカラッと乾いた演奏だ。好みは分かれるだろう。


 このアルバムもジャズを聴き始めた頃のお気に入りだったが、再入手しようとして苦労した。L.A.4はそれほどメジャーなグループじゃないし、古いしするから仕方はないとは思うが、Amazonでは切れているし、中古ショップを探しても見あたらない。で、ふと思いついてiTunesのショップを探したらもう1枚の代表作「家路」といっしょに見つけたのだった。サービスが始まったばかりのときには使えなかったが、最近だいぶ品揃えが充実してきたようだ。できればブツが欲しいが、全然手に入らないよりは100倍良い。ジャズなんてマイナーな音楽は商売にはなりにくいと思うが、流通コストが節約できれば多少はマシだろう。頑張れ。
posted by kiwi at 01:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | コンボ・グループ