2008年10月26日

ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン/マイルス・デイビス


ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン
The Man With The Horn

マイルス・デイビス(tp)
ビル・エバンス(ss)
ロバート・アービング(p)
ランディ・ホール(vo,g)
マーカス・ミラー(b)
アル・フォスター(ds)
ほか
1980〜81年録音


 ぼくがジャズを聴き始めたころ、マイルス・デイビスは健在だったが何年もアルバムを出しておらず、ほとんど過去のひと扱いされていた。マイルスの経歴も凄さもよくわかっていなかった当時のぼくにとって、それはよく知らないアイドルのスキャンダルみたいなものであまり切迫感はなかったのだけれど、気にはなっていた。このひとはこのままいなくなってしまうのだろうか、それとも・・・という矢先に、このアルバムがリリースされたのだった。
 いきつけのレンタルレコード屋で見つけて新譜であることを確認し、そそくさと(なんか後ろめたかったのだ)借りて帰ったことをよく覚えている。

 当時のぼくにはこのアルバムはエキゾチックというより、なんだかよくわかんねえなあ、というのが正直なところだったけれど、タイトル曲の「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」は妙に食い込んだ。いま聴いてもムード歌謡みたいだし、このアルバムの中でも異質で、鴨の群れに紛れ込んだ白鳥みたいに場違いだ(なにしろボーカル入りだ)。ひょっとしたら、マイルスだかプロデューサーだか知らないが、わかりやすいこいつを入れておけば売れるぞ、みたいな下心があったのかもしれない。
 しかしそれでもこの演奏は、ぼくを揺り動かした。帝王と呼ばれたひとの、人間めいた弱さを見たような気がしたのだ。理由はよくわからないのだけれど。

 マイルス・デイビスの数多いアルバムの中からお奨めは?と問われて、このアルバムをあげる人はまずいない。傑作とはいえないのだろう。しかしぼくにとって、マイルス・デイビスと言われて最初に思い浮かべる旋律は、格調高い「枯葉」でも、魔術的な「ソー・ホワット」でもない。「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」の、あの俗っぽいリフレインだ。音楽というのはそういうものである。しょうがない。

 そして、それでよい気もするのだ。
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2008年10月26日

マイ・ファニー・バレンタイン/マイルス・デイビス


マイ・ファニー・ヴァレンタイン
My Funny Valentine

マイルス・デイビス(tp)
ジョージ・コールマン(ts)
ハービー・ハンコック(p)
ロン・カーター(b)
トニー・ウィリアムス(ds)

1964年録音


 何十年かぶりに図書館に行った。


 同じ川でも流れの速いところとそうでないところがあるように、世界にも流れの速いところとそうでないところがある。図書館には、図書館時間とでも呼ぶべき奇妙な時間が流れていて、気持ちをしっかり持たないと、自分の位置を見失なうことがある。数十年前とあまり様子の変わらない館内の、しんと静かな空気の中でひとりきり、背の丈より高い書庫の間に挟まって古い本の背表紙をチェックしていて、ふと、外に出たら何十年も経っているんじゃないだろうかと思った。見慣れた町、見慣れた風景だが、ぼくのことを知っている人は誰もいないのだ。
 表に出たら、元通り時間が動き出し、音が戻ってきた。ほっともしたが、ちょっと残念でもあった。


 図書館は静かなところで、もちろんBGMなんか流れていないが、あそこで聴くとしたら何がいいだろう。で、ふとこのアルバムを聴きなおしてみたのだが、あ、これはヤバい、と思った。こんなアルバムを図書館のあの不思議な時間の中で聴いたら、本当に何か妙なことが起きかねない。
 世界の秩序はいつもはきちっと保たれているが、まれにどこかの隅っこ(たとえば平日の昼間の図書館とか)ではうっかり気を抜いているかもしれない。そこにさらに魔法的な要素を加えたら、臨界を超えてしまう可能性だってゼロとはいえないではないか。それはそれで面白いかもしれないけれど。
 ある日ぼくが急に消息を絶ったら、もよりの図書館を調べてみてほしい。机の上に残ったiPodが、繰り返しマイルスの「マイ・ファニー・バレンタイン」を再生していたら、まあ、そういうことだ。


 なお、久しぶりに図書館に行ったのは、少し本代を節約しようと思ってのことなのだが、そこでジャズ名盤の紹介本を借りてきて読んだら欲しくなり、ついCDをいっぱい買ってしまった。あほかい。
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2008年10月25日

ヤング・ジャンゴ/ステファン・グラッペリ


ヤング・ジャンゴ
Young Django

ステファン・グラッペリ(vln)
ラリー・コリエル(g)
フィリップ・カテリーン(g)
ニールス・ペデルセン(b)

1979年録音


 若い頃のジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリの映像は、Youtubeあたりでけっこう見つかる。ちょび髭を生やし背広をりゅうと着込んだ、いかにも女殺しという風情のギタリストのジャンゴと、ひょろりと背が高く、軽妙洒脱でひとはいいが腰も軽いという雰囲気のバイオリン弾きのステファン。並んでいるとルパンと次元、C-3POとR2-D2、トムとジェリーという感じで、よい相棒で、よい友達だったに違いない。きっと一緒に女を殺したり、パリの酒場で酔っぱらったり、たまにはセーヌの川岸で殴り合いのけんかをしたりもしたんだろう。人生に黄金時代があるとすれば、そういう時間のことなんだろうと思う。
 ジャンゴは早くに亡くなってその名と伝説をジャズ界に残すが、相棒だったステファン・グラッペリに残されたのは、また別の種類の夢だったのだろう。


 二人が名を馳せたフランス・ホット・クラブというバンドは、ギター、バイオリン、ベースの組み合わせ。このアルバムはそれを模している。二人のヤング・ジャンゴもがんばっているし、名手ペデルセンの野太く正確無比なベースもすごいけれど、オールド・ステファンのバイオリンがいつもにまして絶品だ。生ギターが盛り上がり、ウッドベースがはじけまくり、バイオリンが火を噴いて、聴き手は飲み物を鼻から噴き出す。
 

2008年10月23日

ソウル・ステーション/ハンク・モブレー


ソウル・ステーション
SOUL STATION

ハンク・モブレー(ts)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・ブレイキー(ds)

1960年録音



 ハンク・モブレーはB級テナーとか地味だとかマニア好みとか言われることがあるけれど、どうしてなんだろうとぼくは思う。こんなにキャッチーで、気色のいいテナーを吹くひとはそうはいない。一度聴いただけで旋律を覚えてしまうような、無意識にふと鼻歌に出てあれこれ何の曲だっけ、と首をひねるような、そんな気安さがこのひとの音楽の持ち味である。逆に言えば青筋たてて突進するような緊迫感には欠けるのかもしれないけれど、そういうのはまた別のところで楽しめばいいと思う。


 ちなみにB級テナーとか地味とかで始まるハンク・モブレー評の多くは「B級テナーと言われる」「地味ではある」みたいに転調することが多い。要はほめているのだ。
 映画でも小説でも音楽でも、こういう文脈で語られる作品はだいたいアタリである。アカデミー作品賞に輝いたり、グラミー賞をもらったりすることはないけれど、受け手から寄せられる「気に入った」「好き」の総量を積み上げてみると、傑作と呼ばれる作品に優に匹敵したりするのだ。


 こういう作品にはたまに巡り会うし、そういうひとにも時々出会う。
 そんなとき、ぼくは何日か上機嫌でいられるのである。
posted by kiwi at 21:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | サックス

2008年10月15日

アイ・ウィル・セイ・グッバイ/ビル・エバンス


I Will Say Goodbye
I Will Say Goodbye

ビル・エバンス(p)
エディ・ゴメス(b)
エリオット・ジグモンド(ds)

1977年録音


 ヒゲをはやしてみた。


 旅行中に放置していたらはえたのを、もったいないので同僚に見せてから剃ろうと思ってそのまま出社したら、意外なことに評判がそんなに悪くなかったのだ。
 ヒゲひとつでずいぶん印象が違うらしい。おもしろいのは痩せただろうと指摘してきたひとが何人かいたことで(痩せてない)、模様による錯覚なんだろうとは思うが、バナナダイエットより手軽で結構な話である。社内にヒゲ友達も何人かできた。いままであまり接点のなかった人にヒゲの手入れのテクニックなんかも教えてもらった。たまにはヒゲをはやしてみるのもいいかもしれない。
 ついでなので、眼鏡も予備で持っていたやつに変えてみた。髪型も変わった。これは美容院のいつものお姉さんがヒゲをおもしろがってやったのであって、ぼくのせいではない。
 その結果、エレベーターホールでおそるおそる「○○くんだよね?」と確認するひとも出てきて、楽しい。うまくいけば「最近○○を見かけないなあ」みたいな話になって、仕事のアサインが減ったりしないかと思っているのだが、まだそこまではいかないようだ。今度は鼻毛でも伸ばしてみるか。


 ビル・エバンスは「ポートレート・イン・ジャズ」のころは胃潰瘍の銀行員か新米の古文の先生みたいな顔つきをしているけれど、ずっと後になってヒゲと髪を伸ばした。ぼくは何かのアルバム・ジャケットでライオンみたいなビル・エバンスを見て、けっこうびっくりした記憶がある。どんな心境の変化があったのかは知らないが、初期の神経質で繊細な感じは薄れて、けっこう貫禄があった。
 いま手元にはヒゲ面エバンスのジャケットのアルバムはないのだが、Amazonで検索してみたところだと「Alone(agein)」あたりではないかと思う。1975年録音。とすれば、1977年のこのアルバムも、エバンスはヒゲ面だったのかもしれない。


 が、ヒゲをはやしていようと、眼鏡を変えようと、エバンスはエバンスなのである。50年代の演奏と、70年代の演奏が変わっていない、とは言わない。でも、そこには(ヒゲや眼鏡とは異なる次元で)断固としてエバンスをエバンスたらしめている共通した何かがあって、それはぼくを強く惹きつける。そして同時に、それはエバンスを苦しめたものと同じだったのかもしれない、と思うこともある。もしかしたら、それを隠したくてエバンスはヒゲをはやしたのかもしれない。だとしたらそれは無駄だっただろう。それはエバンスの内側にあったのだから。
 もちろん、これは何の根拠もないぼくの想像でしかない。実際はエバンスも旅行に出かけてヒゲをはやし、思いがけず評判がいいのでそのままになっただけなのかもしれない。

 そう考えると、それはそれで楽しいのだ。
posted by kiwi at 23:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2008年10月11日

バグス・ミーツ・ウェス/ミルト・ジャクソン&ウェス・モンゴメリー


バグス・ミーツ・ウェス+3 [SHM-CD]
Bags Meets Wes!

ミルト・ジャクソン(vib)
ウェス・モンゴメリー(g)
ウィントン・ケリー(p)
サム・ジョーンズ(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1961年録音



 iPodのすごいところは、「やたらたくさん入る」「持ち歩ける」ことだけれど、もうひとつ、「目当てのアルバムを一瞬で引き出せる」点を忘れちゃいけない。とくにぼくのように先天的に整理整頓の能力に問題があって、一度レコード棚にアルバムを放り込んだら最後次に会えるのはいつのことか、みたいな音楽生活を送ってきたものにとっては、デジタルオーディオのこの能力は福音といっていい。
 iPodではアルバムをジャンルやアーティストで分類しておき、たとえば、

jazz:ピアノ

ビル・エバンス

ポートレート・イン・ジャズ

といった案配に目当てを探すようになっている。便利だ。

 だが、iPodのこの機能も万全ではない。1枚のアルバムに1人の名前しか設定できないので、デュオや双頭コンボの名盤が、どちらか一方の名前でしか探せなくなってしまうのだ。たとえばビル・エバンスとジム・ホール。チック・コリアとゲイリー・バートン。チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピー。チェット・ベイカーとアート・ペッパー。エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロング。どちらの名前を登録すべきか、悩んでいるとハゲそうだ。

 個人的なコレクションでクレジットの順番にこだわるのも味気ないし、どちらかを選ばなくてはならないのなら、好みや思い入れで決めるしかないのだけど、ぼくにとってはミルト・ジャクソンとウェス・モンゴメリーの組み合わせというのがまた微妙で、大変悩ましい。このふたりの音楽は、似ているようでやっぱり違う。ミルト・ジャクソンが聴きたくなることもよくあるし、ウェス・モンゴメリーの気分になることも多い。そしてどちらの場合も、このアルバムに行き着くとほっとする。
 というわけで、ぼくはふたりの美女の間で揺れ動く優柔不断な色男みたいに、このアルバムの分類をときどき変えたりしているのだけど(ちなみに今はミルト・ジャクソンになっている)、いい方法を知っている人がいたら教えてください。
posted by kiwi at 17:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | ヴァイブ

2008年10月04日

サバンナ・ホットライン/ネイティブ・サン


サバンナ・ホットライン
savanna hotline

本田竹曠(p)
峰厚介(ss)
大出元信(g)
川端民生(b)
村上寛(ds)

1979年



 妻や同世代の友人と、昔の流行歌の話をすると、途中で話がかみ合わなくなる。アリス、ピンクレディまではついていけるのだけれど、その後くらいからうやむやになるのだ。松田聖子はまだわかるけれど、中森明菜は持ち歌もよくわからない。どうもこの辺に断絶があるようだ。
 で、何聴いてたんだっけ、と調べてみたら、このアルバムが1979年だった。渡辺貞夫の「モーニング・アイランド」、日野皓正「シティ・コネクション」も同じ年。
 このあたりから踏み外しはじめたらしい。


 それでも、その頃はフュージョンそのものが流行っていて、「ザ・ベストテン」派と比べれば圧倒的にマイノリティではあるものの一応の勢力は保っていたし、フュージョンを流す番組もあった。友達と、「ナベサダっていいよな」といった会話を交わした記憶だってある。一応まだ、音楽的な時代の流れの中には身をおいていたのだ。
 やっかいなことになってきたのは、古いジャズ・レコードを漁るようになってきてからだ。ジャズが一番威勢がよかった時代のアルバムを夢中になって聴いていて、傍らを「今」の音楽が流れていくのに気づかなかった。
 古いのばかりではなくて、現在進行形のジャズも聴いたけれど、それがぼくのまわりの世界で話題になることはなかった。


 ビートルズ世代、という言葉をよく聞くけれど、音楽は世代の共通記憶であり、時代のアイコンでもある。そういう音楽の聴き方をしてこなかったぼくは、音楽的には孤独だった。
 とはいっても、寂しいわけではない。ぼくの個人的な世代史は、みんなと同じように、それぞれの時期に夢中になった印象的な音楽に彩られている。ナベサダ時代、ビル・エバンス期、チック・コリア時代、アート・ブレイキー期、といったふうに。
 ある人は中森明菜の音楽をふと耳にして、ある時代の色と風景、香りや、なんか鼻の奥がムズムズするような不思議な感覚を思い出すだろう。それは峰厚介のソプラノ・サックスがぼくに及ぼす影響と、あまり変わりはないだろうと思うのだ。
posted by kiwi at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | コンボ・グループ

2008年10月02日

ディア・ミスター・コール/ジョン・ピザレリ


ディア・ミスター・コール
Dear Mr.Cole

ジョン・ピザレリ(vo,g)
ベニー・グリーン(p)
クリスティン・マクブライド(b) 

1994年


 ぼくが一番気に入ったのは5曲目の「Sweet Georgia Brown」。パワフルで、疾走感があり、それでいてさわやかで、春先の嵐みたいなギターだ。が、歌のほうで有名なジョン・ピザレリが、しかもせっかくナット・キング・コールに捧げたアルバムなのに、このトラックは数少ないボーカル抜きだ。うまいと評判のラーメン屋に行ったのに、一緒に頼んだ餃子のほうが気に入っちゃったみたいなもので、若干後ろめたい。

 ちょっと鼻にかかった感じの、甘くて軽いマカロンみたいな感じのボーカルが苦手というわけではない。ちょっと危なげなさ過ぎる感じはするけれど、それは味のうちなのだろう。高速のユニゾン・スキャットを聴いていると、このひとの歌が片手間ではないことはよくわかる。
 だが、それ以上に、このひとの渾身のギターが面白そうだ。カクテルグラス片手に壁に寄りかかって、まあ、ちょっと寄っていきなよ、と言い出しそうな余裕は確かにモテそうだけれど、ぼくとしてはむしろ、スイングしてはじけちゃった伊達男、という図を見てみたい。そっちのほうがきっと友達になれる。
posted by kiwi at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | ギター・ベース