2009年02月22日

ソウル・スターリン/ベニー・グリーン


ソウル・スターリン
Soul Stirrin'

ベニー・グリーン(tb)
ジーン・アモンズ(ts)
ビリー・ルート(ts)
ソニー・クラーク(p)
アイク・アイザックス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
バブス・ゴンザレス(vo)

1958年録音


 というわけで、泥臭いほうのトロンボーンの代表選手。イントロからして「きたきたきたー!」という感じで、古漬けのタクアンをぬか床から取り出すときみたいな、あるいは夕焼けの浜辺バックのシーンから始まる青春映画を観るときみたいな、どこか背徳的なトキメキを禁じ得ない。予定調和と言わば言え。水戸黄門の印籠を突きつけられれば三下は「へ、へへー」とただただ畏まるしかなく、それはそれで、音楽の愉しみのひとつでもある。

 相棒に御大ジーン・アモンズを迎えながら、さらにここにもう一本テナーを加えようというあたりが、古漬けのタクアンは臭ければ臭いほど旨いんだ、みたいな開き直りを感じさせていっそすがすがしい。ピアノにソニー・クラーク、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズ。やりたい放題だなあ、とジャケットを眺めていて、「blue note 1599」の文字にいまさら気がついた。ブルーノートの主、アルフレッド・ライオンが趣味に走りまくった、ブルーノート1500番台の一枚だったのだ。
 
 楽しかっただろうなあ。アルフレッド・ライオン。
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2009年02月21日

ダイヤルJ.J.5/J.J.ジョンソン


ダイアルJ.J.5
DIAL J.J.5

J.J.ジョンソン(tb)
ボビー・ジャスパー(sax,fl)
トミー・フラナガン(p)
ウィルバー・リトル(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

1957年録音


 言われてみれば、トロンボーンを演奏するのは大変そうだ。でかいし、重いし、トランペットなら指三本でどうにでもなるところを、腕より長いスライドをふりまわさなければ音程も変えられない。夢中になっていて前で演奏しているやつを突き飛ばしたり、勢いあまってスライドがすっぽ抜ける、といった危険とも隣り合わせだ。
 そういうやっかいな楽器を完璧にコントロールして、トランペットなみの高速パッセージもやすやすとこなしてみせるのが、テクニシャンとして名高いJ.J.ジョンソンである。


 ところがこの人、「上手すぎて面白みがない」とか、「もっと泥臭いほうがトロンボーンらしい」とか、微妙な悪口を言われることがときどきある。そういう言い方はないだろ、とぼくは思う。よく、悪さをした子どもをかばって、「男の子は少しやんちゃなほうがいい」みたいな言い方をする大人がいるけれど、それは小さいなりに紳士であろうとがんばっているほかの子どもに失礼というものだ。子どもだろうと大人だろうと品行方正なほうがいい。トランペットだってトロンボーンだって、上手なほうがいいに決まっている。人を惹きつける力が、正しいことや上手なことで損なわれるなんてことがあるはずはない。


 もしこのアルバムでJ.J.ジョンソンに足りないものがあるとすれば、「目立とう精神」である。ここ、いいなあ、と思って聴いていると、ボビー・ジャスパーだったりする。トミー・フラナガンにも気をとられる。エルヴィン・ジョーンズの刻むリズムも思わずひっぱられる。相対的に、J.J.ジョンソンの存在感は薄い。
 他のメンバーを押しのけて、目立とうと思えばできだだろう。だがそれをやればこの絶妙なバランスは崩れて、このアルバムはこれほどの名盤にはならなかったかもしれない。


 紳士はつらいよ。
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2009年02月15日

ワンス・アポン・ア・サマータイム/ブロッサム・ディアリー


Once Upon a Summertime
Once Upon a Summertime

ブロッサム・ディアリー(vo,p)
レイ・ブラウン(b)
マンデル・ロウ(g)
エド・シグペン(ds)

1958年録音


 ぼくは、ブロッサム・ディアリーがホールで大観衆を集めてコンサート、という場面がどうしても想像できない。このひとには、酒や食事を出す小さい店で、手の届くくらいの近さで弾き語り、というのが似合う。小さいスポットライトの中で歌いながら、たまにはピアノの前を離れてテーブルの間を歩きまわったり、なじみの客にウインクしたり、テーブルの上の飲み物を勝手にとってのどを潤したりしたんだろう。ふざけてスピーク・イージーの歌姫みたいに男の客のひざの上に座ったりすることもあったかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。
 ブロッサム・ディアリーは妄想を呼ぶタイプの歌い手である。妄想という言葉が悪ければ、ファンタジーと言い換えてもいい。

 ファンタジーは、音楽の大切な機能のひとつだ。ブロッサム・ディアリーの歌は、サラ・ヴォーンやエラおばさんのように大向こうをうならせるタイプのものではなかったかもしれないけれど、その音楽がファンタジーを生み出すという点ではひけはとらない。ブロッサム・ディアリーの名前を知っているひとは、たぶんそれを知っているのだ。

 ブロッサム・ディアリーは亡くなったけれど、彼女の紡いだファンタジーは地上に残っている。それは幸せなことだと、ぼくは思う。
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2009年02月07日

アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション


アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション+1
Art Pepper Meets the Rhythm Section

アート・ペッパー(as)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1957年録音


 ぼくは学生時代に、映画を年に100本くらい観ていたことがある。
 当時、東京のあちこちに名画座というものがあって(いまでもあるけれど)、古い映画を2本立て(三鷹オスカーみたいに3本立てというのをやる名画座もあった)にして安く見せてくれる。ビンボー学生にはありがたい仕組みだった。「ぴあ」を片手に目当ての映画を探しては、昼飯代を浮かせて通い詰めたものだった。
 ロードショーにあまり行かなかったのは、新しい映画に興味がなかったからではない。一番の理由は単純に金が続かないということだが、効率の問題でもあった。新作は面白いかつまらないか半分賭だが、名画座にかかるような映画は、すでに時間と観客にふるいにかけられている。好みの問題を別にすれば、外れが少ないのだ。
 ・・・考えてみると、今の音楽の聴き方とそっくりだ。進歩してないなあ。


 ジャズと映画は似ているところがたくさんある。たとえばどちらにも万人の認める名画、名盤があって、広く知られている。
 世間の評判で音楽を聴くなんてつまらない、という意見には一理ある。だがアルバムを選ぶ参考にするのは悪いことじゃない。聴いてみて、それが自分にとって名盤なのかそうでないのかは、自分で決めればいいのだ。もし名盤というガイドラインがなかったら、数知れないアルバムを片端から聴いてみるしかなく、そんなことをしていたらぼくは今頃破産しているか、あるいはもっと確実性の高い別の遊び(たとえば競馬とか)に乗り換えていたかもしれない。


 名盤、という評判には、もうひとつの使い道がある。
 たとえば、「ミーツ・ザ・リズム・セクション」は名盤として名高いが、ぼくは最初どこがいいのかさっぱりわからなかったのだ。わかるけど嫌い、というのなら未練もないが、わからない、というのがしゃくで、意地になって何度も繰り返して聴いていた。そのうち癖になった。
 名盤たるゆえんがわかったかわからないかは実はよくわからない。でも好きなアルバムが1枚増えたのは確かで、大切なのはその点だ。もしこのアルバムが「名盤」でなかったら、そういうことは起きなかっただろうと思う。
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2009年02月02日

ザ・ブロードウェイ・ビット:アイ・ゲット・ア・ブート・アウト・オブ・ユー/マーティ・ペイチ


ブロードウェイ・ビット(SHM-CD/紙ジャケットCD)
The Broadway Bits

マーティ・ペイチ(p)
アート・ペッパー(as)
スコット・ラファロ(b)
ビクター・フェルドマン(vib)


1959年録音




アイ・ゲット・ア・ブート・アウト・オブ・ユー(SHM-CD/紙ジャケットCD)
I Get a Boot out of You

ラス・フリーマン(p)
アート・ペッパー(as)
ビル・パーキンス(ts)
メル・ルイス(ds)


1959年録音


 マーティ・ペイチのビックバンドのアルバムに「踊り子」「お風呂」の通称で知られる有名盤がある。アート・ペッパーが(踊り子のほうにはスコット・ラファロも)参加しているというし、聴いてみたかったのだけれど廃盤でずっと手に入らなかった。噂ではこのアルバムを長く探しているマニアは少なくないらしい。ぼくは一度中古CD屋で「踊り子」を見つけたのだが、「は?」というような値札がついていて、手が出なかった。

 それが先日、Amazonで偶然「踊り子」を見かけた。中古かな、と思ったらさにあらず。最近、紙ジャケで復刻されたらしい。
 待てば海路の日和あり。いさんで買ったのだが、その直後に「お風呂」とのTwo in One盤(1枚のCDにアルバムが2つ収録されている)を見つけた。こっちは2枚分で「踊り子」1枚より安い。ぼくはちょっと迷ってから前の注文をキャンセルし、Two in One盤を買ったのだった。

 こう書いてみると、ぼくは別に間違えてはいない。同じ音楽を安く手に入れたのだから、何の問題もない。
 にもかかわらず、なんだか後ろめたい。
 どうしてだろう?

 ただのファンとマニアの間に違いがあるとすれば、それは曰く言い難いこだわり、パッションみたいなものの有無だ。LPでないとだめ、とか、オリジナル盤しか認めない(オリジナル盤ってなんなのかぼくにはよくわからないのだが)とか、アンプは真空管に限る、とか。それが部外者にはよくわからなくても、ぼくたちはそういうこだわりを愛するし、こだわりにこだわる人たちを(半分呆れつつも)尊敬する。この世界のどこかには神秘的な深淵みたいなものが必要なのだ。何もかもが理屈と効率で割り切れては、世の中はさぞかし退屈だろう。
 正しければよい、というわけでもないのかもしれない。

 この小粋でクールな音楽を聴きつつ、このあたりについてもう少し考えてみることにする。
posted by kiwi at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビックバンド

2009年02月01日

ハイ・デ・ホー・マン/キャブ・キャロウェイ


ハイ・デ・ホー・マン
HI DE HO MAN

キャブ・キャロウェイ(Vo)


1935〜47年録音


 映画「ブルース・ブラザーズ」には有名どころのミュージシャンが大勢出演している。ジェームス・ブラウンやアレサ・フランクリン、レイ・チャールズなんかが思わぬところで出てきて大変楽しいのだけれど、一番肝をつぶしたのは、孤児院で働いている黒人のじいさんが、ブルース兄弟のコンサートの前座で一曲歌う、というシーンだった。ちょっとしょぼくれた感じだったじいさんが、サングラスを外し、颯爽とした真っ白い燕尾服に身を包んでステージを歩きながら歌うのが「ミニー・ザ・ムーチャー」。この一曲にぼくはのけぞったのだった。何、これ。誰、このひと?
 それがキャブ・キャロウェイだった。

 へんちくりんなズート・スーツに身を包み、歌のほうもケレン味いっぱい。こういう人をイロモノ、と決めつけるのは簡単だが、それで片付けたら損をするとぼくは思う。ここからは想像でものを言うけれど、アメリカのショー・ビジネスの真髄は、こういうひとが担っているのではないだろうか。どこかで名前を聞いたことがあるような、程度の認識だったぼくは勉強不足に違いないが、このひと、実力ほどには日本で名前を知られていない気がする。アルバムも手に入りにくい。キャブ・キャロウェイという名前がアメリカでどんなインパクトを持っているのか、知っている人がいたら聞いてみたい。

 まあ、細かいことは置いておいても、楽しいのは確かだ。それで充分という気もする。
posted by kiwi at 00:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | ボーカル