2009年03月29日

ヴァンドーム/MJQ With スウィングル・シンガーズ


ヴァンドーム
Place Vendome

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)
スウィングル・シンガーズ(vo)

1966年録音


 スウィングル・シンガーズは8人編成のボーカル・グループで、結成以来クラシックとジャズの中間地点で活躍してきたらしい。そういう意味ではMJQとの相性はぴったりで、というより2つのチームの境界がはっきりしないくらい溶け合っている。そこから出てくる音楽も、クラシックと言われればその通りだがでもなんか違うし、じゃあジャズかいと言われると返答に困る。まあ、中華だろうとフレンチだろうと和食だろうと、旨くて安くて腹がふくれるのがよい料理なんだけれども。

 クラシックの中でもある種の音楽(たぶんバロックと呼ばれるタイプの音楽)を聴いていると、ぼくはガラスの城の中で、膝の上でじっとしている猫を撫でているような気分になってくる。そこには永続的な安定と安心があって、時間は凍り付いており、変化と流れはぼくと猫の世界には入り込んでこない。
 「ヴァンドーム」の世界も基本的にはそういう構造を持っているのだけれど、実は一筋縄ではいかない。ふと膝の上の猫に目を落とすと、そいつがヒゲの掃除をしながらチュシャ猫みたいににんまりと笑ったり、目をこすっているうちににやにや笑いだけ残して消えてしまったりする。あまり安心してはいられないのだ。

 そういう意味では、ジャズかもしれない。
posted by kiwi at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | コンボ・グループ

2009年03月29日

ソウル・ボサノヴァ〜ベスト・オブ・ジャズ・ファンク/クインシー・ジョーンズ


ソウル・ボサノヴァ~ベスト・オブ・ジャズ・ファンク
The best of Quincy Jones

クインシー・ジョーンズ&ヒズ・オーケストラ

1960年代


 ぼくがクインシー・ジョーンズという名前を知ったのはたぶん「愛のコリーダ」で、ずっとポップス畑のひとだと思っていた。あとになって「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」に一枚かんでいるのを知ったとき、へえ、若いころはジャズにも手を出したりしていたのか、と思ったものだ。もともとジャズ・トランペッターで、ライオネル・パンフトン楽団にいたり、デイジー・ガレスピーと仕事をしていたということを知ったのはわりと最近のことだ。
 先日、CD屋で「愛のコリーダ」がジャズの棚に入っているのを見つけた。そりゃ違うんじゃないかと思ったけれど、きっとこの分類をした店員はジャズファンに違いない。ちょっと話をしてみたかった。

 何も知らずにこのアルバムを聴いたら、ぼくはこの音楽を作った人はきっと江戸っ子だろう、という妙な解釈をしていたんじゃないかと思う。威勢がよくてさっぱりしており、派手で元気でストレートでええかっこしいで陰にこもらない。そのくせ職人気質でどこかで技を使いたがる。大きい音で聴くと元気が出る。

 ライナーノーツにデータがほとんど載っていない。録音が1960年代とあるだけで、録音日時も場所も演奏者もわからないのだ。クレジットのない映画みたいで気色が悪い。きちっとしてほしい。感想なんかぼくだって書けるんだから。
posted by kiwi at 00:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビックバンド

2009年03月15日

ロココ・ジャズ/オイゲン・キケロ


ロココ・ジャズ
ROKOKO-JAZZ

オイゲン・キケロ(p)
ペーター・ウィッテ(b)
チャーリー・アントリーニ(ds)

1965年録音


 
 ぼくはこのアルバムを聴くたびに、ジャグジー・バスに漬かっている気分になる。肌の上でプチプチと泡の弾ける気色良さと、ジャグジーのジェットみたいによどみなく一定の圧力で噴き出す音楽。心地よいぬるさ。スピードとテクニックの伴った癒し系。スリルとサスペンスという感じじゃないが、ジャグジーにそういうものを求めてもなあ。
 クラシック音楽のジャズ化で名を上げたひとだが、この人の特性にそういうフォーマットがぴったり合ったのだろう。Amazonで探してみたら、同じ路線のアルバムがいっぱい出ている。ちょっと出過ぎという感じがしなくもない。

 実はAmazonで探したのは、このひとのごりごりのジャズが出ていないかな、と思ったからだ。クラシックのフォーマットを離れたらどんな演奏をするのか聴いてみたい。ないのかな?
posted by kiwi at 23:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年03月15日

スタンダード・ライブ/ウィントン・マルサリス


スタンダード・ライヴ
Live at the House of Tribes

ウィントン・マルサリス(tp)
ウェス・アンダーソン(as)
エリック・ルイス(p)
ジョー・ファーンズワース(ds)


2005年録音


 iPodには録音されている音楽をランダムに再生する「シャッフル」という機能があって、ぼくは車の運転中とか、通勤電車で本を読んでいるときとか、BGM的に音楽を聴きたいときにはだいたいこのモードを使っている。ほっとけばいつまでも流れているし、選曲に気を遣わなくていいから楽だ。バリエーションに富んでいるので飽きないし、たまに狙ったような順番で再生されることがあるのも面白い。バードランドの名物司会者ピー・ウィー・マーケットの名調子に続いて、「ウクレレ・ウルトラマン」がポロンポロンと始まったときにはさすがに笑った。

 シャッフルモードで音楽を聴いていて、あれ、これ誰だっけ?と思うことがときどきある。どこかで何かがひっかかるのでBGMとしては聞き流せないのだけれど、そのくせ誰のどのアルバムだったかピンとくるほど聴きこんでいるわけではない、つまりそれほどひいきにしているわけではない。そういう音楽だ。
 そんなとき、iPodのディスプレイをちらっと確認するのだけれど、ウィントン・マルサリスがひっかかることが多いのに最近気づいた。

 もしかしたら、好きなのだろうか?
posted by kiwi at 13:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | ラッパ

2009年03月08日

ジャズ・アット・マッセイ・ホール


ジャズ・アット・マッセイ・ホール
Jazz at Massey Hall

チャーリー・パーカー(as)
ディジー・ガレスピー(tp)
バド・パウエル(p)
チャールス・ミンガス(b)
マックス・ローチ(ds)

1953年録音


 そういやちゃんと読んだことがなかったな、と思いついて「アルプスの少女ハイジ」を読み始めたのだが、電車の中で読んでいてふと不安になった。ヒゲ面のいい年こいたおっさんが、こういう本を衆目の中で目を輝かせて読んでいていいものだろうか? 
 せめてBGM代わりにiPodで聴く音楽は、できるだけおっさんらしい、世塵にまみれたものとこのアルバムを選んだが、そういうバランスの取り方が世間さまにどう評価されるのかはまったくわからない。

 ライブ録音なのだけれど、ライナーノーツによればバド・パウエルは始まる前からぐでんぐでんだし、ガレスピーは同じ時間にやっていたボクシングのヘビー級タイトルマッチが気になって、しょっちゅうステージから消えてしまう。チャーリー・パーカーは楽器も持たずにやってきて(来ただけマシかもしれないが)、地元の楽器店で借りたプラスチックのサックスを演奏するというていたらく。録音もよくない。中でも一番ひどいと思うのは、そういう状況で録音されたこのアルバムが、ばりばりに楽しいという点だ。努力とか、真摯とか、謙虚とか、そういうものの立場はどうなるのだ。

 ハイジとマッセイホールのミュージシャン連中は、とても同じ種類の生き物とは思えないくらいかけ離れている。ハイジはアルムの山や木や花や風から引き離され、町に連れて行かれると病気になってしまう。一方マッセイホールのミュージシャン連中は、酒も女っ気もないアルムの山に隔離されたら二、三日で死ぬに違いない。
 にもかかわらず、マッセイホールの連中が、ハイジに似ている点が一つだけある。連中も、演奏中のほんのひとときだけかもしれないが、ハイジ同様、周りに幸せをふりまくのだ。
 それは認めてやらなくては、と思う。

 しかしまあ、すげえメンツ。
posted by kiwi at 00:18 | Comment(2) | TrackBack(0) | サックス

2009年03月01日

コンサート・バイ・ザ・シー/エロール・ガーナー


コンサート・バイ・ザ・シー
CONCERT BY THE SEA

エロール・ガーナー(p)
エディ・カルホーン(b)
デンジル・ベスト(ds)

1955年録音


 集中して聴きたい音楽というのがある。できれば部屋に鍵をかけ、電話線を引きちぎり、スピーカーの前に端座して、瞑目して聴きたい。別に深刻ぶりたい、という意味じゃない。聴き流せばそれなりだが、一対一でじっくり話し合うとはじめてとんでもない魅力に気づくタイプの音楽があるのだ。
 たとえばこのアルバム。録音がいまいちでがっかりした上に、エロール・ガーナーはのどごしがよくて聴きやすいので、たまにBGM代わりに聞き流す程度で、あまり大切にしていなかった。ところがある日、たまたま寝床の中でヘッドホンで大音量で聴いて、びっくりした。なんだこの魔法のひもみたいに自在にのたくるメロディは。星屑の詰まったおもちゃ箱をひっくり返したみたいな楽しさは。ぼくはいままで何を聴いていたんだろう?
 エロール・ガーナーを買い始めたのはそれからだ。

 考えてみれば、映画だって、本だって、ほかのことをしながらちらちら見たり読んだりしていたら、わからないし面白くない。音楽だけがなまじ目玉が空いている分ほかのことを一緒にできるわけだけれど、それは便利なようでいて、実は音楽の弱点なんじゃないだろうか。
 ぼくは時々思うのだが、コンサートやライブの一番の効用は、生の音がどうこう、という以前に、「音楽以外にすることがない」という点にあるんじゃないだろうか。つまり全神経を音楽に集中するので、音楽の楽しさが「ながら聴き」の数倍に高まるのだ。

 ここまでわかったので、あとは一生懸命聴くだけだが、問題もある。
 部屋に鍵をかけ、電話線を引きちぎり、スピーカーの前に端座して、瞑目すると、ぼくはけっこう簡単に寝てしまうのだ。
 なんかいい方法ないもんだろうか。
posted by kiwi at 01:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ