2009年07月25日

ミュージックマジック/チック・コリア


ミュージックマジック(3ヶ月期間限定盤)
MUSICMAGIC

チック・コリア(pほか)
スタンリー・クラーク(b)
ジョー・ファレル(ts,flほか)
ゲイル・モラン(voほか)


1977年録音



 昔聴いていたアルバムで、いざ探すと廃盤になっていて手に入らないということはざらにある。聴けないとなると気になるもので、このアルバムもずいぶん長く探していた一枚だ。結局、けっこう高くついたが中古で買った。久しぶりに聴いて、すぐに思い出した。そうだこういうアルバムだった。

 ブラスも入って賑やかだけどまとまりはない。初期のリターン・トゥ・フォーエヴァーを彷彿とさせる出だしからいつの間にか「浪漫の騎士」になったり、「マッド・ハッター」の森の中から「妖精」がぴょこんと顔を出したり。顔はライオンで胴体はシマウマ、しっぽはウナギでちょびっと羽まで生えて、鳴く声はブッポウソウ、みたいなとりとめのなさだ。逃げるべきかナデナデすべきか、それとも食べたらいいのかよくわからない。名盤とは言えないだろう。

 でもぼくは昔、このアルバムを聴いたとき、ちょっと嬉しかったのを覚えている。いままで聴いてきたチック・コリアの、これは総集編みたいな気がしたのだ。解散するRTFの、馴染み客への最後のサービスだったのかもしれない。
posted by kiwi at 21:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年07月20日

ジス・ヒア/ボビー・ティモンズ


ジス・ヒア
This Here is Bobby Timmons

ボビー・ティモンズ(p)
サム・ジョーンズ(b)
ジミー・コブ(ds)

1960年録音


 ジャズ・メッセンジャーズの中核メンバーのひとりだし、「モーニン」を作曲した本人だし、どんだけファンキーなんだろう、と半分こわごわ聴いて、あれっ? と思った。
 もちろんノリがよくて、黒っぽくて、濃い。でもそれだけじゃない。基調となる描線はしっかりくっきり描き込んであるくせに、キャンバスを完全に塗りつぶしてしまわず、聴き手の想像力が働く余地を、わざと塗り残してあるようなところがある。それはたぶん、この人の音楽世界の余裕、キャパシティなのだ。実際、アルバムの中の何曲かは、「ジャズ・メッセンジャーズの」「モーニンの作曲者の」という定冠詞があまり意味がない。クラシックにも通じるようなハーモニーだ。

 サイドマンとしての仕事が多く、長生きをしなかったせいもあってかリーダーアルバムはあまりない。でも、このアルバムを聴く限り、自分の名前で、伝えるべきことはたくさん持っていたのだ。
 想像するにこの人、あまり自己主張をしない、口数の少ない人だったんじゃないだろうか。もう少しずうずうしく立ち回ってくれてもよかったんじゃないだろうか。
posted by kiwi at 22:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | ピアノ

2009年07月20日

おもいでの夏/ミシェル・ルグラン〜ステファン・グラッペリ


おもいでの夏
Legrand Grappelli

ミシェル・ルグラン(p,arr)
ステファン・グラッペリ(Vln)
ジョン・ファディス(tp)


1992年録音


 ステファン・グラッペリとミシェル・ルグランが組んだアルバムがあると聴いて迷わず買った。きっとフジヤマゲイシャニンジャ風の、ステレオタイプ的にかっこいいおフランスのジャズが聴けると思ったのだ。おまけに曲目がセ・シボン、枯葉、おもいでの夏、シェルブールの雨傘ときたら、これは買うでしょう。
 聴き始めて数十秒でしまったと思った。そうだった。ミシェル・ルグランがやると、みんな映画音楽になってしまうのだった。マイルスしかり、オスカー・ピーターソンしかり、ステファン・グラッペリも例外ではない。ある意味たいしたものではあるけれど。

 ステファン・グラッペリの軽妙洒脱、当意即妙の音楽を、オーケストラやアレンジという額縁にはめ込むメリットは特にないので、このアルバムは謎の映画のサウンドトラックを聴くつもりで聴くのが正しい。これは舞踏会のシーン、これはビンタくらったあとに雨が降ってきたところ、これは牛丼をのどに詰まらせて苦しんでいるところ、これは帝国軍が攻めてきたところ、これは悪玉の親分が行方不明の父親だったことがわかったところ、などと適当な妄想をふくらませながら聴いていると、それはそれで楽しい。
posted by kiwi at 12:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビックバンド

2009年07月19日

ドント・ストップ・ザ・カーニヴァル/ソニー・ロリンズ


ドント・ストップ・ザ・カーニヴァル(紙ジャケット仕様)
What's New?

ソニー・ロリンズ(ts)
ジム・ホール(g)
ボブ・クランショウ(b)
ベン・ライリー(ds)


1962年録音


 あんまり暑いのでせめて音楽くらい涼しいのを聴こうといろいろ試したけれど、結局面倒くさくなってこれに落ち着いた。座っているだけでぷちぷち汗が水玉になって噴き出してくるみたいな状況では、姑息な懐柔手段や現実逃避は効かない。いっそ暑くて楽しいなあオイ! みたいな音楽で迎撃するのが一番だ。上半身裸で扇風機の強風を浴びながらこの音楽を聴いていると、うおお! という気分になってくる。

 日本はもう熱帯と言っていいのではないだろうか。今年の梅雨も、梅雨というより雨期という感じだったし。日本人もそろそろこういうカリブ海的な気っ風を学ぶべき潮時なのかもしれない。
posted by kiwi at 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | サックス

2009年07月11日

溢れ出る涙/ローランド・カーク


溢れ出る涙(紙ジャケット仕様)
The Inflanted Tear
ローランド・カーク(ts,fl,その他いろいろ)
ロン・バートン(ピアノ)
スティーヴ・ノヴォセル(b)
ジミー・ホッジス(ds)


1968年録音


 アイドル歌手はたいてい可愛らしいが、アルバムで聴いたら見た目は関係ない。ローランド・カークは複数のサックスを一度に演奏する奇人だけど、アルバムで聴いたら、言われなければわからない。それなのに何度聴いても飽きない、ということは、そこには何か別の物語があるのだ。美人とか、変人とかとは別の次元のものが。

 若い頃は街角で演奏していたというが、この人の音楽は、その根っこの部分で街角の楽士のものなのだ。音楽を聴きに来たわけではない通りすがりのひとびと、街角の雑踏やざわめき、照る日や吹く風や砂埃。そこで演奏する音楽は、吹けば飛ぶようなデリケートなものではありえない。通行人がぎょっとして思わず足を止めてしまうような軽業めいたギミックと、一瞬で心に食い入るくっきりごつごつとした輪郭と、その場から離れられなくなるような率直でピュアな中身。それがローランド・カークの成分なのだろうと思う。
posted by kiwi at 11:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | サックス

2009年07月04日

チョップス/ジョー・パス&ニールス・ペデルセン


Chops
CHOPS

ジョー・パス(g)
ニールス・ペデルセン(b)

1978年録音



 ひとつ楽器ができるようになるとしたら何がいいだろう、と妄想することがある。アルト・サックスだな、何しろ楽器がきれいだし、と思うこともあれば、やっぱ花形はトランペットだろトランペット、と思うこともある。トロンボーンの豪快さに憧れることもあれば、ピアノをこんな風に弾けたらどんなに楽しかろう、と思うこともある。ギターのひょうひょうとした余裕が何よりもかっこいいと感じることもある。
 で、ニールス・ヘニング・エルステッド・ペデルセンのベースを聴いていると、やっぱり男は黙ってウッドベースだ、と思う。

 もちろんニールス・ペデルセンのベースは、男は黙って、という感じじゃない。ベースのソロはなんとなく上ずって線が細くなることがよくあるけれど、この人の場合はバックで野太く朗々と歌っているベースがそのままごんごんと前に出てくる。どうやって弾いているんだろうと思うような超絶テクニックで、ぼくみたいな素人でも誰だこれとジャケットを裏返すくらい目立つ。これも名手、ジョー・パスと、逃げも隠れもしない一対一の打ち合いをやらかすこのアルバムなんかを聴いていると、その凄さがよくわかる。

 にもかかわらず、ペデルセンのベースが本当に輝くのは、やはり誰かのバックについて、野太く浪々と歌っているときだ。そればペデルセンどうこうではなくて、ベースという楽器の宿命なのかもしれない。ペデルセンがどう思っていたかもぼくは知らない。
 それでもぼくはペデルセンを聴くたびに、ウッドベースに憧れる。誰かのバックスペースで、でも野太く、朗々と自分の歌を歌うのは、かっこよく得難いことのように思うのだ。
posted by kiwi at 13:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | ギター・ベース