2012年08月31日

クルージン/大西順子

クルージンCRUISIN'

大西順子(p)
ロドニー・ウィテカー(b)
ビリー・ヒギンズ(ds)

1993年録音

大西順子が引退するのだそうだ

「WOW!」は衝撃的だった。聞く側の好みとかセンスといった小癪なものを踏み潰し、吹き飛ばしてしまうような豪腕で、クマを相手にやつの右ストレートが、とか、右脇の死角から回りこんで、とか解説者がつべこべ言ったって意味ねえだろ、みたいな圧倒的で物理的な質量が、このひとの演奏には確かにあった。
2作目の本作では、女王様の洒落っ気というか、獲物をいたぶる余裕というか、そういうところが出てきて、わーなんかヤバいなあ、と思ったものである。ヴィレッジ・ヴァンガードのライブも凄かった。

ただ、このひとはもしかしてどっか別のところに行きたいんだろうか? みたいな不穏な空気を感じることはときどきあった。ぼくのような向上心のないリスナーにとっては、それは楽しみでもあったけれどちょっと不安でもあった。だから長いブランクから戻って吹き込んだアルバムを聴いた時には、ちょっと覚悟はしていたのだ。で、ああ、やっぱりと思った。パワーは相変わらずだったけれど、ぼくの中では大西順子の音楽はゲシュタルト崩壊を起こしてしまって、初期のようなヤバい、ひりひりした感じはしなくなってしまった。いま、こういうピアノを弾くひとはいっぱいいるのだから、任せておけばいいのに、と思ったものである。ま、個人的なワガママだ。

引退というのは、宣言しないと誰かが弾いてくれとやってくる、という意味である。必要とされていない演奏者は引退できない。そういう意味では勲章なんだろうと思う。とはいえ、数少ない同時代で好きな演奏者がステージを降りるのはやっぱり淋しい。もう少しやきもきさせてくれたらよかったのに。もっと歳をとったら、また違う境地が開くかもしれないし。
posted by kiwi at 23:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2012年08月19日

ターニングポイント/ベニー・ゴルソン

ターニング・ポイントTurning Point

ベニー・ゴルソン(ts)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

1962年録音

あまりの暑さに外出すると危険な気すらするので、せっかくの休日を家でごろごろ。ふだんは見ないテレビを見るともなしに見ていたら、清涼飲料水の工場を紹介する番組が流れていた。ペットボトルやアルミ缶、壜なんかを作る過程はたいへん面白かった。リアルなものつくりというのは有無を言わせぬ迫力がある。

工場はほとんどがオートメーション化されていて、でかい機械ががっちゃんがっちゃん、ベルトコンベアーがぐんぐんと動いているけれど、それでも全部機械がやっているわけではなくて、要所要所にはひとがいる。機械に材料を補充する係だったり、仕上がりをチェックする担当だったり、メンテナンスのひとだったりする。ラインのあちこちでもくもくと働いているそういうひとたちがいなかったら、ありふれたアルミ缶ひとつだって、ぼくらは手にすることができないのだ。

ぼくはときどき思うんだけれど、たとえばiPhoneを作ったのはスティーブ・ジョブスだ、という言い方は本当に正しいんだろうか? 子供みたいなことを言うようだが、ぼくがiPhoneを自分で作れないように、ジョブスもiPhoneを作れない。iPhoneを作ったのは、あちこちの工場や研究室で汗をかいた名前のないたくさんのひとなんじゃないだろうか? ジョブスもそのひとりであることは間違いないけれど。

ベニー・ゴルソンというひとは、作曲家やアレンジャーとしてはともかく、いちプレイヤーとしてはそんなに目立つ存在じゃない。テナーだったらコルトレーンでしょ、とか、やっぱりロリンズだろ、という意見に異を唱えるつもりはない。
でもこのアルバム、バックの好サポートもあって、しみじみ良い。特にバラッドは染みてくる。別に天才でなくても、飛び抜けて無くてもいいじゃないか。別にNo1の音楽が必要なわけではない。欲しいのは良い音楽だ。
posted by kiwi at 23:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | サックス