2012年12月16日

シングス・ルーティン・ソングス/ブロッサム・ディアリー

シングス・ルーティン・ソングス(紙ジャケット仕様)Sings Rootin' Songs

ブロッサム・ディアリー(vo,p)
ジョー・ハーネル(p)
ディック・ロモフ(b)
テッド・ソマー(ds)

1963年


用事があって一日会社を休んだのだけれど、その用事が早めに済んで、思いがけず平日の午後にぽっかり時間ができた。飯を食いながら何しよう、と思ったが、どこかに出かけるには時間が足りず、寒波が来ててやたら寒い日でもあったので、たまに行く近所の温泉に独りで行ってみた。

だらだら露天風呂に浸かり、飽きたら岩盤浴に行ってみて、そっちも飽きたらまた風呂に戻ってきて、サウナをひやかしてみたり、背中が半分だけ浸かる居眠り湯とかいうのに入ってみたり。いつもだと1時間もいると飽きちゃうのだけれど、今回は珍しく長居をした。

迷惑のかからないところでヘッドホンで音楽を聴いてみる。ブロッサム・ディアリーがポピュラーソングを弾き語りしたこのアルバム、こういう時と場所では正解だった。最近仕事が忙しく、なんとなく世界は仕事と会社でできているような気分になっていたけれど、Fly me to the moonがちょっと隙間に入ってきた。

こういう隙間は大事だと思う。明日からの仕事に備えて、とかじゃなくて。隙間は隙間として大事なのだ。よくわからない人は、ブロッサム・ディアリーを聴いてください。
posted by kiwi at 23:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | ボーカル

2012年12月09日

アーマッズ・ブルース/アーマッド・ジャマル

Ahmad's Blues
Ahmad's Blues

アーマッド・ジャマル(p)
イスラエル・クロスビー(b)
バーネル・フォーニア(ds)

1958年

アーマッド・ジャマルは「マイルス・デイビスを断ったピアニスト」として有名だ。

帝王マイルスは、アーマッド・ジャマルに猛烈に入れ込んでいた時期がある。ジャマルの音楽に影響を受けたと公言していたし、当然、自分のバンドに入れたくてアプローチしたけれど、ジャマルは断った。「シカゴを離れたくないんだ」と、会社の忘年会に行きたくないサラリーマンみたいなことを言ったらしい。

で、マイルスのほうは自分のバンドのピアニストであるレッド・ガーランドに、「ジャマルみたいに弾け」と命令したという。そういう事言うか普通。

ぼくはこのエピソードが大好きだ。
マイルスも当時は若かったけれど、確実にジャズの最先端を走っていた。マイルスのバンドにいたピアニストの綺羅星のような顔ぶれを見るにつけ、ジャズ・ピアニストならその系譜に連なりたいと思って当然だろう。彼のスカウトを断るということは、たとえばIT業界で働くひとが、スティーヴ・ジョブスやビル・ゲイツ直々の誘いを断るようなものである。

でも、そういう誘いを断る、という選択肢は、確かにある。

ジャマルがどうしてマイルスを断ったのか、ぼくは知らない。
音楽的に合わない、と考えたのかもしれないし、単に虫が好かなかったのかもしれない。
マイルスがそんなに大物になるとは思わなかったのかもしれない。
もちろん本当に「シカゴを離れたくない」ためだったのかもしれない。

でもジャマルの音楽を聴いていると、たぶんそうじゃないだろうな、と思う。

ジャマルの音楽は、誰かに勝ったり、ランキングを駆け上がったり、出世して社長になったり、大当たりして市場を独占したりするタイプの音楽じゃない。
もっと個人的で、シンプルで、たとえば一日働いて疲れて帰ってきたら、隣の家の猫が塀の上で待っていてちょっと触らせてくれたといったような、ちょっと種類の違う優しさを持った音楽だ。
たぶん、ジャマル自身がそれを一番よく知っていたのではないだろうか?
みんながみんな、ジョブスやゲイツと働くのが一番よいわけではない。
みんながみんな、天下を獲りたいわけではないのだ。

というわけで、ぼくはアーマッド・ジャマルを聴くたびに、マイルスとジャマルの噛み合わないやりとりを想像しては、なんとなくニヤニヤしてしまうのである。
posted by kiwi at 00:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ