2012年10月13日

デュークス・デライト/デューク・ジョーダン

Duke's DelightDUKE'S DELIGHT

デューク・ジョーダン(p)
リチャード・ウィリアムス(tp)
チャーリー・ローズ(ts)
サム・ジョーンズ(b)
アル・フォスター(ds)

1975年録音

いまさらだけれど、会社で働くということはこれでなかなかに大変だ。夜中なのに人がいっぱいいるオフィスで夜食を食う余裕もなく、片手で煎餅をかじりながら俺たちなにやってんだろ、と思うこともあるし、偉い人が喧嘩したせいでなぜかぼくが2人分の仕事をしなくちゃならない、というよくわからないことも起きる。黙っていればいいのに、そのやり方はうまくない、という指摘をしたために睨まれて、しかも何の改善もされなかったりすることもある。いい年なんだし、ぼくはもう少し要領を覚える必要があるのだろうけれど、そういう才能のあるやつはきっとジャズなんか好きにならない。たぶんぼくは、一生こういう調子でやっていくしかないのだ。
やれやれ。

聴いている方もそうだけれど、演奏しているほうも(一部の例外を除けば)、あまり目端の利くほうでなさそうだ。音楽業界のことはよく知らないが、ジャズよりは将来性のある音楽はいくらでもありそうな気がする。
その中でもデューク・ジョーダンは要領の悪いチャンピオン格だとぼくは思っている。ずいぶん勝手、かつ失礼な言い草だが、あちこちで読んだり聞いたりしたエピソードによると、少なくとも世渡りの上手なひととは思えない。音楽を聴いていてもそう思う。デューク・ジョーダンの音楽は、いつでもデューク・ジョーダンの音楽だった。それ以上でも、それ以下でもない。職人が10年20年、同じスタイルのものを作り続け、たまに時代がそばに寄ってくるとふと売れたりする、そんな雰囲気がこの人の音楽にはある。

でも、たぶんそんなことはあまり重要じゃないのだ、とぼくは思っている。要領が良かろうと悪かろうと、変わろうと変わるまいと、大切なのはぼくはデューク・ジョーダンの音楽を聴くと、少しだけ元気を取り戻すことがある、ということだと思うのだ。

デューク・ジョーダンはもう死んでしまったが、もしそう伝えることができたら、喜んでくれたんじゃないだろうか。
posted by kiwi at 21:49 | Comment(1) | TrackBack(0) | ピアノ
この記事へのコメント
>もしそう伝えることができたら、喜んでくれたんじゃないだろうか。

そう思います。
Posted by pororompa at 2012年10月28日 19:31
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