![]() | CANADIANA SUITE オスカー・ピーターソン(p) レイ・ブラウン(b) エド・シグペン(ds) 1964年録音 |
ビル・エバンスとか、キース・ジャレットとかに比べると、オスカー・ピーターソンを偏愛しているファンは少ないのではないかと思う。
オスカー・ピーターソンに投票される「好き」の総量が少ない、という意味ではない。たとえばキース・ジャレットが、好きなひとは持ち点を全部つぎ込んでしまうタイプだとすれば(その代わりに関心のないひとも多いだろう)、オスカー・ピーターソンはおおぜいから万遍なく、少しずつ点を集めるタイプだ、いう気がするのだ。
どう考えても大丈夫なひとより、どこか危なっかしいほうがとりあえず気になるのが人間の性分だ。オスカー・ピーターソンはそういう意味では大丈夫なひとである。いつも元気でエネルギーに充ち満ちており、明るく真っ当で超絶技巧でしかも気前よくジャジーなピアノを携えて、オスカー・ピーターソンはいつでもそこにいた。振り返れば顔の真ん中に目鼻が集まった愛嬌のある顔が笑っていて、困ったらあのピアノが聴ける。それは間違いなく愉しい。だからちょっと冒険して、変なピアノを聴いていても大丈夫だ。オスカー・ピーターソンというひとのピアノには、そういうところがあった。ジャズの、ちょっとしたインフラ(社会基盤)だったのではないだろうか。
空気とか、太陽とか、そういったものみたいに。
もちろん、オスカー・ピーターソンが「いつでもそこにいる」時間には限りがあった。クリスマスの2日前、オスカー・ピーターソンはいなくなってしまった。
でも彼は、たくさんのアルバムを遺してくれた。これは自信をもって言い切るけれど、これからもオスカー・ピーターソンからジャズを聴き始めるひとがたくさんいる。これまでと同じように。
ひとりのピアノ弾きがこの世界に遺すものとしては、これ以上のものはない。





