2014年05月30日

シティ・コネクション/日野皓正

シティ・コネクション
City Connection

日野皓正(tp)
アンソニー・ジャクソン(b)
ハワード・キング(ds)
ジャニス・ペンダヴィス(vo)

1979年録音

これもよく聴いたなあ。ジャケットからレコードを取り出すときの持ち重りと、針を落とす前の胸騒ぎを今も覚えている。これとか、渡辺貞夫の「モーニング・アイランド」、ネイティブ・サンの「サバンナ・ホットライン」あたりが、当時のぼくにとっての「ジャズ」だった。3枚ともテレビCMに使われていた曲が入っているあたりはご愛嬌。

ジャズという音楽への入り方としては悪くなかった、とぼくは今でも思っている。マイルスの「ソー・ホワット」に衝撃を受けて、という人もいるだろうけれど、ぼくはそうではなかった。その代わり、ソー・ホワットに至る道のりを十分楽しんだつもりだ。

そしてソー・ホワットの何やらについてそれなりに味わえるようになった今でも、ぼくはこのアルバムが、楽しい。若かりし頃の音楽的相棒、という贔屓目を割り引いても、傑作だと思うのだ。

今日聴いて、最後のブルー・スマイルズ(ブルー・ミッチェルに捧ぐ)  という曲に気がついた。当時は誰だろうと思っていたが(たぶん)、あのブルー・ミッチェルかあ。気づくまで35年。



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2013年03月09日

ウォーキン&トーキン/ベニー・グリーン

ウォーキン・アンド・トーキン
Walkin' & Talkin'

ベニー・グリーン(tb)
エディ・ウィリアムス(ts)
ギルド・マホネス(p)
ジョージ・タッカー(p)
アル・ドリアーズ(ds)

1959年録音

花粉症が悪化した。

合う薬を見つけたので、ここ何年かは目が痒いくらいで済んでいたのだが、今年は花粉濃度が例年より高いらしく、薬で抑えきれない。昨日くらいから鼻水とくしゃみがとまらない。うっとおしいし、いらいらするし、面倒くさい。集中力と思考能力が衰えてきて、いろいろなことがもうどうでもよくなる。鼻水と一緒に脳みそもいくぶんか垂れているのかもしれない。

どうでもいいときに聴くジャズってどんなんだろう、と探してみてたどり着いたのがベニー・グリーン。こういう失礼なことを書くとベニー・グリーンは怒るかもしれないが、古いアルバムだから本人はもう死んじゃったんだろうし、もし生きていたにしても日本語はわからないだろうからどうでもいいや。ふと気づいたらこのアルバムのことを書くのは2回めだったが、それもどうでもいいや。ずびー。

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2012年10月28日

ワーキン/マイルス・デイビス

ワーキンWorkin' with the Miles Davis Quintet

マイルス・デイビス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1956年録音

このブログを別にすれば、人前でジャズの話をすることはほとんどない。

ジャズが好きなんです! とアピールして、もてたとか、給料が上がったとか、有給休暇が増えたといった話はあまり聞かない。英検とか大型特殊免許みたいに履歴書に書いて自慢できるわけでもない。普通の飲み会で盛り上がる話題でもない。新人の可愛い女の子が目をキラキラさせて、ジャズ聴くんですか私も興味があるので教えて下さい! みたいなことは現実社会では起こらないのだ。

もちろん相手が同好の士であれば話は別なのだけれど、それはそれでなかなか難しい。大学のジャズ研の打ち上げとか、ブルーノート・レコードの新入社員歓迎会とか、そういうよっぽど特殊な状況でなければ、まわりの人がみんなジャズを聴くひとである、という状況にはなり得ない。その結果、どういうことになるかというと、賑やかな宴席の一角で中年オヤジが二人で額を寄せあって(どういうわけだかジャズファンにはどこかズレた中年オヤジが多い)、ヒソヒソ話をする、という若干気味の悪いことになる。

「・・・やっぱり”カインド・オブ・ブルー”だろ」
「・・・ぼくも好きです」
「エレキに行く前がいい」
「エレキに行った後もかっこいいです。”ツツ”とか」
「おれはアコースティックがいい。メンバーも凄い。ピアノ誰だっけ」
「・・・レッド・ガーランド?」
「・・・もっと後」
「・・・ハービー・ハンコック?」
「・・・もっと前」
「・・・ビル・エバンス?」
「そうビル・エバンス。ビル・エバンスはいい」
「・・・サックスは?」
「コルトレーン」
「・・・肩凝りません?」

誰も話に入ってこれない。

まあ、誰にも迷惑をかけないのなら好きにすればいいところだが、宴席の趣旨が送別会で、相手がその主役だとすれば、やや問題ではあっただろう。

でも、それでもぼくは、世話になったその人とジャズの話がしたかったのだ。
仕事の話しかしたことがなかったので。
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2011年10月31日

フィール・ソー・グッド/チャック・マンジョーネ

フィール・ソー・グッド
feels so good

チャック・マンジョーネ(flh)
グラント・ジスマン(g)
クリス・バダラ(ss,ts,fl,他)
チャールス・ミークス(b)
ジェームス・ブラッドレイjr(d)

1977年

 ぼくは50年代、60年代のジャズはリアルタイムでは聴いていない。ジャズ喫茶の世代にも間に合わなかった。では同時代的に聴いていたのは何か、というと、このあたり、フュージョンなのだった。チャック・マンジョーネ、ハーブ・アルバート、渡辺貞夫、日野皓正、デイブ・グルーシン・・・
 そういう時代だった。60年代の終わりから70年代にかけての世の中の喧騒も落ち着きはじめ、えーと、なんかしなくちゃならなかったんでしたっけ? みたいなあの時代。まあ、世の中がどうこう言うよりは、ぼく自身が、一番のほほんと暮らしていた時期だった。ことさらに何かを疑うこともなく、嘘をつく必要もなかった。そんな時代にチャック・マンジョーネのフリューゲルホルン。誰にでもある、ある時代のアイコン、BGMみたいなものだった。

 今聴くと、春先の街角のショーウィンドウみたいにポカポカしてて、清潔で、人の匂いがしない。でもまあ、それはそういうものなのであって、音楽がみんなキリキリしていて、ムンムンしてて、汗と血の匂いが満ちてなくちゃいかん、というのも困る。これはこれでいいのだ。音楽にも、人間にも、そういう時代はきっと必要なんだと思う。
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2011年04月03日

バッシュ!/デイブ・ベイリー

バッシュ!
BASH!

デイブ・ベイリー(ds)
ケニー・ドーハム(tp)
カーティス・フラー(tb)
フランク・ヘインズ(ts)
トミー・フラナガン(p)
ベン・タッカー(b)

1961年録音

 地震の前のことだが(これからこういう言い方をちょくちょくすることになるんだろうか?)、ディスクユニオンの御茶ノ水のジャズの店が引っ越したので行ってみた。場所は道を挟んだ向かいだが、前の店とは見違えるような広いワンフロア、明るい店内。きょろきょろしてたら、CDといっしょに少女マンガが平積みになっている。なんで? とパラパラめくってみたら、ジャズの出てくる少女マンガらしい。何枚かのCDと一緒に1巻だけ買ってみることにした。

 「坂道のアポロン」(小玉ユキ)というマンガで、読んでみたらけっこう面白く、結局全巻取り寄せて読んでしまった(現在も連載中)。時代背景はジャズ華やかなりし60年代。主人公の高校生たちがジャズやるのでビル・エバンスだのアート・ブレイキーだのといった名前が普通に話の中に出てくる。ただし本筋は嬉し恥ずかし正統派の青春もので、若きジャズマンが功成り名を遂げる、という話ではない(と思う)のでご注意を。

 で、このマンガに事寄せてディスクユニオンが何枚かCDを推薦している。ほとんどが有名版でぼくの手元にもあるものだが、名前を聞いたことがないやつが何枚か混じっていて、ちょっと気になったので取り寄せて聴いてみることにした。
 そのうちの1枚がこれ。

 で、これがなかなかいい。カーティス・フラーが参加しているせいもあるのだろうが、「ブルースエット」から一曲、と言われたら納得してしまいそうな冒頭「Grand Street」。フランク・ヘインズのすっとぼけたとつとつとした感じのテナーが味がある。これだけではなくて、元気はハードバップがいっぱい詰まっているのだけれど、面白いのが間にピアノ・トリオの演奏がはさまっていること。トミー・フラナガンがすまして演奏するせいせいとしたピアノ・トリオが、旨いが脂っこい中華料理の間に頼む烏龍茶みたいな役割を果たしている。
 こういうアルバムに出会うとうきうきしてくる。まだまだぼくの知らない名盤がありそうだ。
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2011年01月16日

ニュー・シネマ・パラダイス/ファブリッツィオ・ボッソ

ニュー・シネマ・パラダイス
NUOVO CINEMA PARADISO

ファブリッツィオ・ボッソ(tp,flh)
ピエトロ・ルッス(p)
ルカ・ブルガレッリ(b)


2007年

 なんだか二二・ロッソを思い出した。

 ニニ・ロッソは昔、日本でも大変人気のあったイタリアのトランペッター。毎年クリスマスの頃に日本を訪れて、いま聴くと気恥ずかしいくらいに朗々と歌いあげるトランペットを吹いていた。ぼくの母親が好きで、カセットテープをしょっちゅう聴いていたので、子どものぼくも自然と親しんだ。ぼくの音楽遍歴の原風景と言えるかもしれない。
 二人の演奏が似ているというわけではないが、同じイタリアのトランペッターという以上に、どこか通じるものがあるような気がする。気のせいなんだろうけど。

 ニニ・ロッソも母も今は亡い。でももし母にこのアルバムを聴かせることができたら、なんて言うだろう。やっぱり、「ボッソよりロッソだねえ」だろうか? でもニニ・ロッソが好きだった母は、このアルバムもそれなりに気に入そうな気がする。ついでにハイ・ファイブを聴かせたらなんと言っだろう? 基本的にはクラシックの人で、ピアノソナタをよく聴いていた。

 オリジナル・アルバムのタイトルは「you've Changed」というらしく、Amazonで見るジャケットは日本語盤よりはるかにかっこいい。変更したのは大人の事情(=営業戦略)なんだろうけど、買う側としては残念。内容が変わるわけではないとはいっても。
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2010年06月13日

ブルース・ムーズ/ブルー・ミッチェル


ブルース・ムーズ
Blue's Moods

ブルー・ミッチェル(tp)
ウィントン・ケリー(p)
サム・ジョーンズ(b)
ロイ・ブロックス(ds)

1960年録音

 ジャズを聴く愉しみはいくつもあるけれど、その一つは予備知識もなく、初めて聴く人のアルバムを買ってみて、10秒くらいで「あっ、当たりだ」と気がついたときのしめた感だとぼくは思う。浮き立つようなピアノのイントロに続いて、今の時期の夜風みたいにクリアで、平熱で、ちょっと人ごとみたいな感じもするトランペットの音。はじめまして、ブルー・ミッチェル。

 この人の音は、たぶんきれいすぎ、ピュアすぎるのだろうと思う。シャウトしないロッカーみたいなもので、声を嗄らしてまで伝えたいことがあるわけでもないのね、みたいなとらえ方をされても不思議じゃない。いま一つメジャーになりきれなかったのはそのせいじゃないだろうか?
 でも、声高に言いつのれば伝わるわけでも、もちろん、ない。ひとにはそれぞれの声があり、伝えたいことは自分の声で伝えるべきだ。
 実際、このアルバムは、伝わる。

 ピアノすげえかっこいいな、と思ったらウィントン・ケリーだった。これもまた知らないで聴く愉しみの一つ。
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2010年05月09日

チェット/チェット・ベイカー


チェット
CHET

チェット・ベイカー(tp)
ビル・エバンス(p)
ペッパー・アダムス(bs)
ポール・チェンバース(b)
ハービー・マン(fl)
ケニー・バレル(g)
コニー・ケイ(ds)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1958〜59年録音


 チェット・ベイカーは鼻歌みたいな変な歌が有名で、そっちのほうから入った人が、へー、トランペットも上手いな、なんて思っていたケースがあるんじゃないかと思うが(ぼくだ)、そういうひとはこのアルバムを聴くと納得がいくと思う(ぼくだ)。
 歌わないチェット・ベイカーの、でもあの調子で歌っているチェット・ベイカー。

 スカッとした哀しみ、というものがもしあるとすれば、こんな音がするかもしれない。いずれ失われるとわかっているものに対する輪郭のはっきりしない哀惜。子供の頃、友達と思う存分遊んで、気持ちよく疲れて一人帰る夜道でふと星空を見上げて、なんだか急に心細くなる、あんな感じだ。

 このジャケットに二の足を踏んでいるひとは、もう一度メンバーを見直してみることをお勧めする。
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2010年04月10日

キャンディ/リー・モーガン


キャンディ
Candy

リー・モーガン(tp)
ソニー・クラーク(p)
ダグ・ワトキンス(b)
アート・テイラー(ds)

1957-58年録音


 土曜日。ここのところ残業続きでくたびれている妻に付き合って寝坊をしたら、起きた時には昼過ぎだった。久しぶりに日差しがあって風も気持ちいいけれど、出かけるには中途半端な時間なので、庭のウッドデッキに枕がわりのクッションを持ち出して、ごろごろしながら音楽を聴くことにした。
 iPodをラッコみたいに腹の上に乗せて、さて何を聴こうか。いろいろ試してみて、結局落ち着いたのが、リー・モーガンの「キャンディ」だった。手入れしていない狭い庭は、勝手に生えてきた白い花ニラと、名前を知らない黄色いのが花ざかり。冬の間に枝打ちをした梅の枝越しに雲が流れていく。そういう中で聴くリー・モーガンの、猫があくびをしつつうーんと伸びをするような屈託のなさとヌルさが、なかなかいい感じだった。

 この音楽の素直さは、リー・モーガンの自信の裏返しなんだろうな、と思う。小細工を弄したり、もったいをつける必要はない。こういう輝かしさに化粧は野暮だ。というより、邪魔だ。このとき、リー・モーガンは19歳。
 春というのは、そういう季節だ。自然にとっても、人間にとっても。
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2009年11月29日

バグス・グルーヴ/マイルス・デイビス


バグス・グルーヴ
Bag's Groove

マイルス・デイビス(tp)
ミルト・ジャクソン(vib)
セロニアス・モンク(p)
パーシー・ヒース(b)
ケニー・クラーク(ds)
ソニー・ロリンズ(ts)
ホレス・シルバー(p)

1954年録音


 タイトル曲の「バグス・グルーヴ」は、ぼくにはトリモチみたいな効果がある。iPodのシャッフル機能でうっかり登場したりすると耳にくっついてしまって、繰り返し聴かないと収まりがつかないのだ。今回は金曜夜、駅から家の道すがらにうっかり耳にしてしまい、そのまま週末こればっかり聴くはめになった。同じアルバムのほかの曲はあっさり風味でそこまでの粘着力はない。この一曲が魔法的にたちが悪い。

 マイルスもミルト・ジャクソンもたいがい悪いが、セロニアス・モンクがとりわけ悪い。
 モンクが誰なのかよく知らなかった頃(今だってよく知らないけれど)、この一曲を聴いてなんだこのピアノ、と演奏者の名前を確認したことがあった。生まれて初めての妙な味がする食い物に出会って、美味いのか不味いのか決めようと少しずつかじっているうちに食べ切っちゃって、それでも美味いのか不味いのかよくわからない。ぼくにとってモンクはそういう存在だ。
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2009年05月23日

ツツ/マイルス・デイビス


TUTU<紙ジャケット仕様>
Tutu

マイルス・デイビス(tp)
ジョージ・デューク(tp)
ジェイソン・マイルス(p)
マーカス・ミラー(b)
オマー・ハキム(ds)
ポウリーニョ・ダ・コスタ(perc)


1986年録音


 子供の頃、身の回りにはかっこいいものがたくさんあった。交番のおまわりさん、ボタンがたくさんついているレジ、オニヤンマ、超合金、白いマフラー、みのむし、爆竹、ラッパズボン、魚屋のおっさん、蛇の抜け殻、ハンドルが下向きに曲がっている自転車、マント、かまんちょろ(カナヘビ)、五円玉、懐中電灯、バスの運転手、電子フラッシャー、タイヤがゴムのローラースケート、耳のたれている犬。行く先々にかっこいいものがごろごろしているので、子供のぼくは大変忙しかった。

 大人になるにつれて、かっこいいものは減っていく。今思えば、どうしてあれがかっこよかったのかわからないものが、ひとつかふたつある。大人になることで損をすることがあるとすれば、これはそのひとつだ。

 人生にはある程度の数のかっこいいものが必要だ。いくつか失ってしまったのなら、補充する必要がある。ぼくがジャズを聞き続けるのはそのためなのだ。たぶん。
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2009年05月06日

スエーデンに愛を込めて/アート・ファーマー


スウェーデンに愛をこめて(紙ジャケット仕様)
To Sweden with Love

アート・ファーマー(tp,flh)
ジム・ホール(g)
スティーブ・スワロー(b)
ピート・ラロカ(ds)

1964年録音


 連休も今日で終わり。いろいろとタイミングが悪くて結局どこにも出かけられないGWだったけれど、それでも休みの終わる夜というのは気分が盛り下がるもので、そんな夜に聴く音楽を選ぶのは難しい。だいたいジャズという音楽が、さあ明日からがんばるぞコノヤロという感じじゃないし、こちらもそういう音楽を聴きたいわけでもない。だったらさっさと寝てしまえばいいのだけれど、なんかそれも中途半端で収まりがつかない。

 このアルバムのアート・ファーマーはいつものように優しく甘やかだけれど、不思議にドライでべたべたしない。どこかすっと空気が抜けて、あまりまとわりついてこないのだ。明日からまた昼間の世界へ、義理と人情と予算とマイルストーンでできている世界へ戻っていく身には、浪花節は胃にもたれる。遠い北の国の歌をドライに奏でる、この人ごと感覚がかえってぴったり来る。
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2009年04月26日

イン・ア・サイレント・ウェイ/マイルス・デイビス


イン・ア・サイレント・ウェイ
In a Silent Way

マイルス・デイビス(tp)
ウェイン・ショーター(ss,ts)
ハービー・ハンコック(p)
チック・コリア(p)
ジョー・ザヴィヌル(p)
ジョン・マクラフリン(g)
デイブ・ホランド(b)
トニー・ウィリアムス(ds)

1969年録音


 電車の中で音楽を聴くので、ノイズ・キャンセリング機能つきのヘッドホンは手放せない。これはたいした発明だと思う。
 効果ももちろんだけれど、ぼくはまず、この製品を世に送り出した研究者や技術者の心意気を寿ぎたい。音は波だから、逆位相の波をぶつけてやると消えるはず、という理屈がまずあり、そりゃ理屈はそうだけどよえーっオマエ本気? みたいな迷いをふっきる思い切りがあり、試行錯誤を重ねてやっぱり理屈どおりってわけにゃいかないよなどうしよう、という逡巡があり、いや待てもうちょっとここをなんとかすればどうこう、というがんばりがあり、ついに確かに静かになったぞウオー、というブレイクスルーがあり、製品化にこぎ着けるためにもう一周分の挫折と努力と妥協とひらめきがあったに違いない。想像に過ぎないが、けっこう自信がある。一筋縄ではいかなかったからこそ、原理が単純なわりにいままで実現できなかったのだ。
 そしてもうひとつ、この製品に携わった研究者や技術者はきっと楽しかっただろうな、という点についても自信がある。世界に隠された理屈や道理を、目に見える結果として実現することほど楽しいことはそうはない。それはきっと研究者や技術者に限ったことではないと思うのだ。

 マイルス・デイビスがどんな風に音楽を創るのか、ぼくは知らない。でも帽子の中からウサギを取り出すみたいに、何もないところからいきなり、ひょいひょいと新しい音楽を生み出すわけじゃない、とぼくは思う。ここをこうして、あっちをこうすればかっこいいはず、という理屈がまずあって、それに基づいた設計図のようなものが提示されるのではないかと思う。プレイヤーたちは最初は半信半疑で、やがて驚きをともなった熱情を持って、それぞれの才能を音楽の中につぎ込み、その結果がぼくらの手元に届いて、世界を仰天させるのだ。それはある種の発明が具体的なモノとなって、世界をいくたりか変える過程と変わらない。

 だとすれば、これも同じだ。マイルス・デイビスとそのクルーは、きっと楽しかっただろうな。
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2009年04月12日

ビッチェズ・ブリュー/マイルス・デイビス


ビッチェズ・ブリュー+1
Bitches Brew

マイルス・デイビス (tp)
ウェイン・ショーター(ss)
チック・コリア(p)
ジョー・ザヴィヌル(p)
ベニー・モウピン(bc)
ジョン・マクラフリン(g)
ジャック・ディジョネット(ds)


1969〜1970年録音


 会社の近所にタンメンが旨い中華料理屋がある。ニンニクがきっちり効いていて、あ、これあそこのタンメン、とはっきりわかる味だ。評判になっているらしく、客のほとんどがタンメン目当てである。十数人の客が全員タンメンを食っていることも珍しくない。
 ぼくらは毎日タンメンというわけじゃないが、店の親父はそうはいかない。注文がある限りタンメンを作る。客が喜べばタンメンを作る。一日に何食作るのかは知らないが、昨日も、今日も、明日も、親父はタンメンを作り続ける。それが職人であり、プロである。ぼくらはその店に行きさえすればいつでも旨いタンメンにありつけることを知っている。

 でも、世の中にはそういう店ばかりではない。
 ある店では、次に何が出てくるかわからない。メニューがそもそもないし、「こないだのこれが旨かったから、また」という注文の仕方が通用しない。「ああ、そいつは、やめたんだ」と平気で言われればまだましで、親父にじろりとひとにらみされるのが関の山。「ぼく、ピーマンだめなんで」「ネギ抜いて」みたいなリクエストをするのは危険この上ない。
 結局のところ、無言で金をばん! とカウンターにたたきつけて、あとはカウンターをにらみつけたまま、ひそかに冷や汗を流しつつ、せめて食い物でありますようにと祈りながら、何かが出てくるのを待つしかない。当たるも八卦、当たらぬも八卦。当たっても当たらなくても七転八倒するのである。店も店だが客も客だ。

 店の親父の名前は、マイルス・デイビスという。
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2009年03月15日

スタンダード・ライブ/ウィントン・マルサリス


スタンダード・ライヴ
Live at the House of Tribes

ウィントン・マルサリス(tp)
ウェス・アンダーソン(as)
エリック・ルイス(p)
ジョー・ファーンズワース(ds)


2005年録音


 iPodには録音されている音楽をランダムに再生する「シャッフル」という機能があって、ぼくは車の運転中とか、通勤電車で本を読んでいるときとか、BGM的に音楽を聴きたいときにはだいたいこのモードを使っている。ほっとけばいつまでも流れているし、選曲に気を遣わなくていいから楽だ。バリエーションに富んでいるので飽きないし、たまに狙ったような順番で再生されることがあるのも面白い。バードランドの名物司会者ピー・ウィー・マーケットの名調子に続いて、「ウクレレ・ウルトラマン」がポロンポロンと始まったときにはさすがに笑った。

 シャッフルモードで音楽を聴いていて、あれ、これ誰だっけ?と思うことがときどきある。どこかで何かがひっかかるのでBGMとしては聞き流せないのだけれど、そのくせ誰のどのアルバムだったかピンとくるほど聴きこんでいるわけではない、つまりそれほどひいきにしているわけではない。そういう音楽だ。
 そんなとき、iPodのディスプレイをちらっと確認するのだけれど、ウィントン・マルサリスがひっかかることが多いのに最近気づいた。

 もしかしたら、好きなのだろうか?
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2009年02月22日

ソウル・スターリン/ベニー・グリーン


ソウル・スターリン
Soul Stirrin'

ベニー・グリーン(tb)
ジーン・アモンズ(ts)
ビリー・ルート(ts)
ソニー・クラーク(p)
アイク・アイザックス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
バブス・ゴンザレス(vo)

1958年録音


 というわけで、泥臭いほうのトロンボーンの代表選手。イントロからして「きたきたきたー!」という感じで、古漬けのタクアンをぬか床から取り出すときみたいな、あるいは夕焼けの浜辺バックのシーンから始まる青春映画を観るときみたいな、どこか背徳的なトキメキを禁じ得ない。予定調和と言わば言え。水戸黄門の印籠を突きつけられれば三下は「へ、へへー」とただただ畏まるしかなく、それはそれで、音楽の愉しみのひとつでもある。

 相棒に御大ジーン・アモンズを迎えながら、さらにここにもう一本テナーを加えようというあたりが、古漬けのタクアンは臭ければ臭いほど旨いんだ、みたいな開き直りを感じさせていっそすがすがしい。ピアノにソニー・クラーク、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズ。やりたい放題だなあ、とジャケットを眺めていて、「blue note 1599」の文字にいまさら気がついた。ブルーノートの主、アルフレッド・ライオンが趣味に走りまくった、ブルーノート1500番台の一枚だったのだ。
 
 楽しかっただろうなあ。アルフレッド・ライオン。
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2009年02月21日

ダイヤルJ.J.5/J.J.ジョンソン


ダイアルJ.J.5
DIAL J.J.5

J.J.ジョンソン(tb)
ボビー・ジャスパー(sax,fl)
トミー・フラナガン(p)
ウィルバー・リトル(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

1957年録音


 言われてみれば、トロンボーンを演奏するのは大変そうだ。でかいし、重いし、トランペットなら指三本でどうにでもなるところを、腕より長いスライドをふりまわさなければ音程も変えられない。夢中になっていて前で演奏しているやつを突き飛ばしたり、勢いあまってスライドがすっぽ抜ける、といった危険とも隣り合わせだ。
 そういうやっかいな楽器を完璧にコントロールして、トランペットなみの高速パッセージもやすやすとこなしてみせるのが、テクニシャンとして名高いJ.J.ジョンソンである。


 ところがこの人、「上手すぎて面白みがない」とか、「もっと泥臭いほうがトロンボーンらしい」とか、微妙な悪口を言われることがときどきある。そういう言い方はないだろ、とぼくは思う。よく、悪さをした子どもをかばって、「男の子は少しやんちゃなほうがいい」みたいな言い方をする大人がいるけれど、それは小さいなりに紳士であろうとがんばっているほかの子どもに失礼というものだ。子どもだろうと大人だろうと品行方正なほうがいい。トランペットだってトロンボーンだって、上手なほうがいいに決まっている。人を惹きつける力が、正しいことや上手なことで損なわれるなんてことがあるはずはない。


 もしこのアルバムでJ.J.ジョンソンに足りないものがあるとすれば、「目立とう精神」である。ここ、いいなあ、と思って聴いていると、ボビー・ジャスパーだったりする。トミー・フラナガンにも気をとられる。エルヴィン・ジョーンズの刻むリズムも思わずひっぱられる。相対的に、J.J.ジョンソンの存在感は薄い。
 他のメンバーを押しのけて、目立とうと思えばできだだろう。だがそれをやればこの絶妙なバランスは崩れて、このアルバムはこれほどの名盤にはならなかったかもしれない。


 紳士はつらいよ。
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2008年12月21日

サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム/マイルス・デイビス


サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム+2
Someday My Prince Will Come

マイルス・デイビス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ハンク・モブレー(ts)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1961年録音


 小川隆夫の「マイルス・デイヴィスの真実」に、お使いに出てにわか雨に降り込められ、雨宿りしていたら、マイルス・デイビス本人が傘を持って迎えに来た、という逸話が出てくる。マイルスといえば傲岸不遜、唯我独尊、ひとをひととも思わない、というイメージがあるけれど、親しいひとにとっては必ずしもそうではなかったらしい。帝王マイルス・デイビスは、ツンデレだったのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、このアルバムを聴いていたらふと、ミュート・プレイはひょっとしたらマイルスの照れ隠しだったんじゃないだろうかと思った。ひとに優しくしたあとについ憎まれ口をたたいてしまうように、ちょっと音を歪めてみたかったんじゃないだろうか。さすがのマイルスも照れるくらい、この演奏は美しすぎるから。

 そんな妄想をたくましくしながら聴くのも楽しい。
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2008年10月26日

ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン/マイルス・デイビス


ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン
The Man With The Horn

マイルス・デイビス(tp)
ビル・エバンス(ss)
ロバート・アービング(p)
ランディ・ホール(vo,g)
マーカス・ミラー(b)
アル・フォスター(ds)
ほか
1980〜81年録音


 ぼくがジャズを聴き始めたころ、マイルス・デイビスは健在だったが何年もアルバムを出しておらず、ほとんど過去のひと扱いされていた。マイルスの経歴も凄さもよくわかっていなかった当時のぼくにとって、それはよく知らないアイドルのスキャンダルみたいなものであまり切迫感はなかったのだけれど、気にはなっていた。このひとはこのままいなくなってしまうのだろうか、それとも・・・という矢先に、このアルバムがリリースされたのだった。
 いきつけのレンタルレコード屋で見つけて新譜であることを確認し、そそくさと(なんか後ろめたかったのだ)借りて帰ったことをよく覚えている。

 当時のぼくにはこのアルバムはエキゾチックというより、なんだかよくわかんねえなあ、というのが正直なところだったけれど、タイトル曲の「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」は妙に食い込んだ。いま聴いてもムード歌謡みたいだし、このアルバムの中でも異質で、鴨の群れに紛れ込んだ白鳥みたいに場違いだ(なにしろボーカル入りだ)。ひょっとしたら、マイルスだかプロデューサーだか知らないが、わかりやすいこいつを入れておけば売れるぞ、みたいな下心があったのかもしれない。
 しかしそれでもこの演奏は、ぼくを揺り動かした。帝王と呼ばれたひとの、人間めいた弱さを見たような気がしたのだ。理由はよくわからないのだけれど。

 マイルス・デイビスの数多いアルバムの中からお奨めは?と問われて、このアルバムをあげる人はまずいない。傑作とはいえないのだろう。しかしぼくにとって、マイルス・デイビスと言われて最初に思い浮かべる旋律は、格調高い「枯葉」でも、魔術的な「ソー・ホワット」でもない。「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」の、あの俗っぽいリフレインだ。音楽というのはそういうものである。しょうがない。

 そして、それでよい気もするのだ。
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2008年10月26日

マイ・ファニー・バレンタイン/マイルス・デイビス


マイ・ファニー・ヴァレンタイン
My Funny Valentine

マイルス・デイビス(tp)
ジョージ・コールマン(ts)
ハービー・ハンコック(p)
ロン・カーター(b)
トニー・ウィリアムス(ds)

1964年録音


 何十年かぶりに図書館に行った。


 同じ川でも流れの速いところとそうでないところがあるように、世界にも流れの速いところとそうでないところがある。図書館には、図書館時間とでも呼ぶべき奇妙な時間が流れていて、気持ちをしっかり持たないと、自分の位置を見失なうことがある。数十年前とあまり様子の変わらない館内の、しんと静かな空気の中でひとりきり、背の丈より高い書庫の間に挟まって古い本の背表紙をチェックしていて、ふと、外に出たら何十年も経っているんじゃないだろうかと思った。見慣れた町、見慣れた風景だが、ぼくのことを知っている人は誰もいないのだ。
 表に出たら、元通り時間が動き出し、音が戻ってきた。ほっともしたが、ちょっと残念でもあった。


 図書館は静かなところで、もちろんBGMなんか流れていないが、あそこで聴くとしたら何がいいだろう。で、ふとこのアルバムを聴きなおしてみたのだが、あ、これはヤバい、と思った。こんなアルバムを図書館のあの不思議な時間の中で聴いたら、本当に何か妙なことが起きかねない。
 世界の秩序はいつもはきちっと保たれているが、まれにどこかの隅っこ(たとえば平日の昼間の図書館とか)ではうっかり気を抜いているかもしれない。そこにさらに魔法的な要素を加えたら、臨界を超えてしまう可能性だってゼロとはいえないではないか。それはそれで面白いかもしれないけれど。
 ある日ぼくが急に消息を絶ったら、もよりの図書館を調べてみてほしい。机の上に残ったiPodが、繰り返しマイルスの「マイ・ファニー・バレンタイン」を再生していたら、まあ、そういうことだ。


 なお、久しぶりに図書館に行ったのは、少し本代を節約しようと思ってのことなのだが、そこでジャズ名盤の紹介本を借りてきて読んだら欲しくなり、ついCDをいっぱい買ってしまった。あほかい。
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2008年07月13日

おもいでの夏/アート・ファーマー


おもいでの夏
The Summer Knows

アート・ファーマー(flh)
シダー・ウォルトン(p)
サム・ジョーンズ(b)
ビリー・ヒギンズ(ds)

1976年録音


 「おもいでの夏」は映画音楽で、この映画をぼくはどこかで観ている。美しい人妻に憧れる少年が主人公の映画だったが、いつ、どこで観たのかはもちろん、ストーリーもおぼろげにしか思い出せない。ただ、いくつかの印象的なシーンを断片的に覚えているだけで(たとえば人妻の住む海岸の家が、妙に寂れて小さく見えたこととか)、それすら自信はない。何か別の記憶とごっちゃになっているのかもしれない。

 そんなだから、テーマ曲も覚えてはいなかったのだが、このCDを聴いて、映画を見終えたときの、なんだかノスタルジックな淋しげな感じをふと思い出した。ひょっとしたら思い出したわけではなくて、記憶の錯覚、デジャヴなのかもしれないけれど。

 アート・ファーマーのフリューゲルホルンは、ひとの記憶の柔らかいところを静かにかき回すようなところがある。大人しく沈殿していたものがひとときもやもやと立ち上り、我知らずうろたえるような、そんな感じ。
 郷愁、に近いのかもしれない。
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2008年06月22日

ウォーキン&トーキン/ベニー・グリーン


ウォーキン・アンド・トーキン
Walkin' & Talkin'

ベニー・グリーン(tb)
エディ・ウィリアムス(ts)
ギルド・マホネス(p)
ジョージ・タッカー(p)
アル・ドリアーズ(ds)

1959年録音


 最近頻繁に聴いている1枚。これはみんな笑いながら演奏しているに違いない。しかもニコニコとかうふふとかそういう品のよい感じではない。ニヤニヤ、ニタニタである。

 ベニー・グリーンという人は、ステージ上をのそのそ歩き回ってぶつぶつしゃべったりするのでウォーキン・トーキンというあだ名がついたという話だから、このアルバムのニヤニヤ感はきっと彼の人柄から出てくるものなのだ。そんなんでいいんかいな、という意見もあろうかと思うが、いいじゃないか。楽しそうで。
 音「楽」なんだから。
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2008年06月08日

サッチモ・シングス・ディズニー/ルイ・アームストロング


サッチモ・シングス・ディズニー(デジタル・リマスター盤)
Disney Songs The Satchimo Way

ルイ・アームストロング(vo,tp)


1968年録音


 ルイ・アームストロングの音楽には、ひとの好意とか世界のすばらしさを無条件に肯定してしまうような説得力と、大人も子どもも関係のない共通の言葉が含まれていて、それはどこかでディズニーのおとぎ話の世界と似ている。
 それにしても、ルイ・アームストロングの音楽がディズニーにこんなにぴったりはまるとは、当人たちも想像していなかったのではないだろうか。ぼくはここで取り上げられたディズニー映画のかなりを観ているけれど、いまその一場面を思い出そうとすると、そこにはオリジナルのサウンド・トラックではなくて、このアルバムのルイ・アームストロングの音楽が流れている。映画を見直したときに違和感があるんじゃないかと心配になるくらいだ。
 

 もちろん、20世紀初めのアメリカに黒人として生まれたルイ・アームストロングの見た世界がおとぎ話のようにきれいなものばかりであったはずはない。その中から最上のものを汲み上げて、世界に向かって景気よくばらまいたルイの音楽こそが、現代のおとぎ話、魔法なのだ。
 このアルバムではルイがディズニーの音楽を演奏しているが、ぼくはいつかディズニーがルイを映画にすべきだと思っている。ディズニーのテーマが変わらず「夢と魔法」であるのなら、この血も肉もある魔法を取り上げない手はないだろう。

 アニメ向きの顔だし。
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2008年06月03日

ボーン&バリ/カーティス・フラー


ボーン&バリ
Bone & Bari

カーティス・フラー(tb)
テイト・ヒューストン(bs)
ソニー・クラーク(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

1957年録音



 おおざっぱな音楽を聴きたくなることがある。


 昼の生活で、おおぜい狭いところに押し込まれて、押し合いへし合いしながら互いにぎちぎち削りあうような思いをしたあとなんか、特にそうだ。そういうときに精緻で緊張感のある音楽なんて、とても聴く気にならない。


 ではおおざっぱな音楽というのはどんなのだろう?
 ぼくはこういうときにトロンボーンを思い出す。もくもくした低音は丸みがあって、スキマにきりきりと入り込むような鋭さとは無縁だ。あの伸びたり縮んだりするへんな棒がいい。あれで音階を決めているなんて、目盛のない定規でものを計るようなものだ。鍵盤を叩けばいつも正確に同じ音が出るピアノなんかと比べるとずいぶんおおざっぱ、かつ、おおらかではないか。だいたいトロンボーンという名前がいい。とろんとぼーんだ。ぜんぜんとんがっていない。


 トロンボーンがみなおおらかかどうかはともかく、カーティス・フラーのトロンボーンはどこかすっとぼけていて、人肌に温かい。「ブルースエット」もそうだったが、沈んだマイナー調の曲をやっていても、しわくちゃ顔のブルドックが考え込んでいるみたいにどこかこっけいで、息が漏れているようなところがある。逆にテンポの速いファンキーな演奏をしていても、やっぱりどこかに(いい意味での)隙がある。
 ひとがうーん、とのびをするタイミングみたいなものを、カーティス・フラーのトロンボーンは与えてくれるのだ。
 

 こんな具合に行きたいね。
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2008年05月22日

スケッチ・オブ・スペイン/マイルス・デイビス


スケッチ・オブ・スペイン
Sketches of Spain

マイルス・デイビス(tp,flh)
ギル・エバンス(アレンジ)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)


1959年録音



 ぼくには絵画を鑑賞する能力がない。きれいな絵だな、とか、不気味だな、といった印象は受けるけれど、それは夕暮れの湖がきれいだとか、廃墟になった夜の病院跡が気色悪いとかいったレベルの話でしかなく、それ以上、絵画というものをどう愉しんだらよいのかよくわからないのだ。ダリやエッシャーの変な絵は好きだが、変なものが好きなだけであってたぶん鑑賞とはほど遠い。美術館などで同じ絵をずいぶん長く飽きもせず眺めているひとがいるが、ああいう人はどこを見ているのだろう、と思う。絵の好きな妻に説明させようとしても、うまく説明できないようで、だからぼくもよくわからない。
 ああいうのはたぶん、一種の才能なのだろう。


 だが、このアルバムを聴いたときに、ふと思った。
 あ。絵画を鑑賞する、というのはひょっとしたらこんな気分なのだろうか?


 ふと思っただけで、根拠はない。
 が、つきつめれば音の並びと長さと強弱でしかない、ごく限られた表現手段である音楽を媒体に、風景と香りと温度と動きのある、小さいながら一つの世界を描き出してみせるというプロセスと、それが目の前で展開される驚きは、ひょっとしたら絵画でも同じなのかもしれないと思いついたのだ。
 つまり、スピーカーの前で口をあけてあきれているぼくと、名画を前にして呆然としている観客は、同じ驚きを味わっているのかも知れない。


 そういえば、マイルス・デイビスは絵を描くひとらしい。自伝か何かで読んだことがある。たぶんこのアルバムは彼にとってひとつの絵画で、その構図を決めたのはギル・エバンスなのだ。
 ジャズを聴くようになって、一番驚いたのはこのアルバムかもしれない。
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2008年04月09日

ベイカーズ・ホリディ/チェット・ベイカー


Baker's Holiday: Chet Baker Plays & Sings Billie Holiday
BAKER'S HOLIDAY

チェット・ベイカー(vo,flh)
エヴェレット・バークスデイル(g)
ハンク・ジョーンズ(p)
リチャード・デイビス(b)
コニー・ケイ(ds)


1965年録音


 チェット・ベイカーとビリー・ホリディにはちょっと似たところがある。ふたりともそれぞれの分野で頂点を極めながら、麻薬まみれの破滅型の人生を送り、逮捕され、ブランクと復帰を繰り返し、幸せとはいえない死に方をした。いずれも哀愁に満ちた陰のある音楽が持ち味で、二人のそんな暗い部分に惹かれるファンが少なくはないらしい。

 そんなチェット・ベイカーが、そんなビリー・ホリディの持ち歌を演奏するのがこの「ベイカーズ・ホリディ」で、どんだけ暗いんだろうとちょっと引きぎみで聴いてみたら、これがまあ、なんともお気楽で呑気でポカポカなのだった。油断しているとあちこちゆるんで、ハナミズと涙とヨダレが垂れ流しになりそうだ。

 ぼくは時々思うのだけれど、ひとの人生をつかまえて破滅型だ、悲劇的だと断ずるのはきっと正しくない。人間、辛いばっかりでは生きていけない。どんなに張りつめて生きているようにみえるひとにだって、のんびりのんきな休日だってあるだろうと思うのだ。
 それがタイトルの「ホリディ」の、もう一つの意味なのだろう。
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2007年12月15日

リー・モーガン Vol.3


リー・モーガン VOL.3
LEE MORGAN VOLUME 3

リー・モーガン(tp)
ジジ・クライス(as,fl)
ベニー・ゴルソン(ts)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
チャーリー・パーシップ(ds)

1957年録音


 二十歳やそこいらで、「○○の再来」と呼ばれる気分ってどんなだろう? 
 幸か不幸かぼくはそう呼ばれたことはないし、今後も呼ばれることはないだろうが、もしぼくだったらけっこう複雑な気持ちになりそうだ。表向きには「光栄です」「足下にも及びません」と謙遜しつつ、心の中では「オレはオレだ」とぶつぶつ言いそうな気がする。その一方で、○○の再来、と呼ばれているうちは○○を超えてはいない、という意味でもあり、再来、と呼ばれるからには○○から少なからず影響を受けているということでもあり、つまり心情的には師匠でもあり、うーん、複雑だ。


 と思いつつ、「クリフォード・ブラウンの再来」と呼ばれたリー・モーガンの「クリフォードの想い出(I Remember Clifford) 」を聞くとなんだか笑ってしまう。とっても簡単だ。
 リー・モーガンのトランペットはつるつるしたイルカみたいに伸びやかで、昼寝をしている猫の寝返りみたいに自然で、簡単だ。本人がどう思っているかはともかく、その音楽はまっすぐだ。屈折も複雑もない。
 それはリー・モーガンがなんの留保もなくブラウンを慕っている、ということなのかもしれないし、単に美しくかっこいい音楽をやってやろう、細かいことはそれからだ、と考えているせいなのかもしれない。単に、それがリー・モーガンの芸風なのだ、というところが正解に近いのかもしれない。


 まあ、そんなことはどうでもいい。大切なのは、ここに美しく、かっこいい音楽がある、ということだ。「まあ、細かいことはいいから、オレのラッパ聴いてけや、なぁ?」。ニヤニヤしながら、リー・モーガンならそういうことを言いそうな気がする。なんとなく
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2007年12月13日

カインド・オブ・ブルー/マイルス・デイビス


カインド・オブ・ブルー+1
Kind of Blue

マイルス・デイビス(tp)
キャノンボール・アダレイ(as)
ジョン・コルトレーン(ts)
ビル・エバンス(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)
ウィントン・ケリー(p)

1959年録音



 ひとにちょっと会いすぎたな、と思う日が、たまにある。
 ひとはそれぞれ、1日に会える人数とか、口にする言葉の数とか、耳にする声の量とかに、制限があるのではないだろうか。キャパシティの多い少ないの差こそあれ。


 ぼくの場合、その制限を超えると、体の芯になま温かい熱源みたいなものを抱え込んでしまう。オーバーヒートというほどではないにしろ、痛み始める前の虫歯みたいに、どことなく不穏で、抱えたままで眠ったらあまり居心地のよくない夢を見そうだ。こいつをなんとかしなくちゃならない。


 で、いろいろ試してみて、このアルバムがよく効くことに気づいた。部屋を暗くして、中くらいの音でこの音楽を聴いていると、陽気で、騒がしくて、スノッブで、忙しくて、愉快で、愛らしい、ぼくらがよく知っている昼の世界とは位相の異なる、ちょいと別の世界がどこかにあることを思い出す。で、その世界に思いを致しているうちに、体の芯の微熱をもったかたまりは知らないうちにどこかに行ってしまう。


 ぼくにとっては水枕みたいな一枚だ。
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2007年11月04日

ラウンド・アバウト・ミッドナイト/マイルス・デイビス


ラウンド・アバウト・ミッドナイト+4
'Round About Midnight

マイルス・デイビス(tp)
ジョン・コルトレーン (ts)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1955〜56年録音


 マイルス・デイビスは、フグに似ている。
 どちらも天上的にうまいが、毒がある。
 油断すると、当たる。


 本当かどうか知らないけれど、フグの毒が残っていると、唇がチリチリピリピリするのだそうだ。そうでなくちゃフグは旨くねえ、と言い張る豪傑の話を読んだことがある。
 ぼくはそうまでしてフグの本質に迫りたいとは思わないが、マイルス・デイビスを聴いていると、耳もとがチリチリピリピリすることがある。こっちも同じくらい危険だ。

 マイルス・デイビスは、フグと似ていない部分もある。

 マイルス・デイビスの毒は、その音楽の本質的な部分と一体化していて、引きはがすことはできない。もし分離できたとしても、残った部分はもはやマイルス・デイビスの音楽と呼ぶことはできないだろう。有資格者が注意深く料理すれば、毒の部分を上手に分離できるフグとはその点が異なる。
 マイルス・デイビスを美味くいただくには、その毒に慣れる必要がある。いや、その毒をこそ粋だねえ、と喜ばなければならない。やっかいな話だ。

 ちなみに、毒を喜ぶことを一般的には中毒と呼ぶ。
 1曲目「'Round About Midnight」。かなり危険だ。
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2007年10月20日

クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ


クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ+2
Clifford Brown & Max Roach

クリフォード・ブラウン(tp)
マックス・ローチ(ds)
ハロルド・ランド(ts)
リッチー・パウエル(p)
ジョージ・モロウ(b)

1954〜55年録音



このままいけばやつに抜かれてしまう。もう抜かれてしまったかもしれない。(中略)それでしばらくして故郷に戻り、自力で麻薬と縁を切ることにした。(珠玉のJAZZ名盤100〜小川隆夫より)

 帝王、マイルス・デイビスがこんな言葉をのこしている。結果からいえば、マイルス・デイビスが立ち直るきっかけになったのは、「やつ」、つまりクリフォード・ブラウンの演奏を聴いたショックだったということだ。
 もしクリフォード・ブラウンがいなかったら、ジャズという音楽はどうなっていただろう。いや、それ以上に、ほんの数年だけ明けの明星みたいに煌々と輝き、25歳で交通事故で亡くなったクリフォード・ブラウンが長生きをしていたら、どうなっていただろう? たとえばルイ・アームストロングや、デューク・エリントンや、マイルス・デイビスのように、クリフォード・ブラウンもまた世界の構造をいくたりかは変えることになったのだろうか?


 そんなことはどうでもいいのかもしれない。どうこう言ってもクリフォード・ブラウンはただのラッパ吹きで、伝説の男とはいってもジャズというかなりマイナーな世界でのことで、ほとんどの人はその名前も知らないだろう。世の中にはもっと大切なことだっていくらもあるのだ。



 だが、まあ、このアルバムを聴いている小一時間くらい、半世紀も前に死んじゃったクリフォード・ブラウンという若い黒人のラッパ吹きが世界で一番の重要人物である、という妄想に浸るのも、そう悪いことではないのではないかと思う。
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2007年10月18日

スターダスト/ウィントン・マルサリス


スターダスト
Hot House Flowers

ウィントン・マルサリス(tp)
ブランフォード・マルサリス(ts,ss)
ケニー・カークランド(p)
ロン・カーター(b)


1984年録音



 ウィントン・マルサリスを聴くたびに、

 普通に吹けばいいのに。

 と思う。


 ちょっと記憶にないくらいきれいな音色のラッパを吹くひとで、しかも音の粒の端っこまで完全にコントロールしていることがぼくにもわかるほどの超絶技巧の主。にもかかわらず、どうもぼくはいまひとつ萌えない。
 

 ウィントン・マルサリスを1枚聴くと、なんだか収まりがつかなくなって、つい続けてリー・モーガンとかクリフォード・ブラウンあたりを聴いてしまう。つまりジャズききてー、ラッパききてー、という衝動を完全には満たしてくれないのだ。
 かといって、大外れでもない。
 痒いところから数センチずれたところを掻いてもらうような焦燥感、じらされ感が、ウィントン・マルサリスの持ち味、なのかもしれない。たぶんこの「ずれ」は、計算のうち、狙いなのだ。このずれの中に、ウィントン・マルサリスという演奏家が、いる。「どうだい? おれを見つけられるかい?」とウィントンは思っているのかもしれない。

 
 が、それはそれとして、ぼくはやっぱりすっぴんのマルサリスを聴きたい。真っ正面からなんの細工もなく、たとえば「アイ・リメンバー・クリフォード」あたりを吹いてくれたら、それはけっこう鳥肌ものなのではないだろうか、と思わずにはいられないのだ。


 だれかそういうアルバム、知りませんか?
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2007年08月28日

サイドワインダー/リー・モーガン


ザ・サイドワインダー+1
THE SIDEWINDER

リー・モーガン(tp)
ジョー・ヘンダーソン(ts)
バリー・ハリス(p)
ボブ・クランショウ(b)
ビリー・ヒギンズ(ds)

1963年録音



 こんな優しい音を出すひとだとは思わなかった。


 10代でクリフォード・ブラウンの再来と呼ばれ、ジャズ・ロックの分野で名をあげた人だし、演奏の合間に愛人に撃たれるという壮絶な死に方だし、なんとなくもっとぎらぎらした、才走ったラッパを吹く人だと思っていたのだ。
 どっちかというと、相棒のジョー・ヘンダーソンのテナーがそんな感じだ。


 もちろん、若くて元気でばりばり吹いているのだけれど、不思議とひとを押しのける感じがしないのだ。猫がのびをするように易々と自然に美しい音が出てくる。なるほど、ブラウンの再来というのは、そういう意味か。
 ぼくはリー・モーガンはこのアルバムと、ジャズ・メッセンジャーズのやつしか聴いたことがないのだが、このひとバラードで本領を発揮するんじゃないだろうか。



 別のやつも聴いてみよう。
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2007年08月18日

ピクチャー・オブ・ヒース/チェット・ベイカー&アート・ペッパー


ピクチャー・オブ・ヒース
Picture of Heath

チェット・ベイカー(tp)
アート・ペッパー(as)
フィル・アーソ(ts)
カール・パーキンス(ts)
カーティス・カウンス(b)
ローレンス・マラブル(ds)

1956年録音


 ぼくがジャズを聴き始めた頃に、チェット・ベイカーとアート・ペッパーが組んだ「プレイボーイズ」というアルバムがあった。
 レンタルレコードで見つけてきたのだけれど、中音域でのトランペットとアルトサックスの色っぽいデュエットがなかなか気色よくて、気に入っていた。
 ジャケットも気に入っていた。


 
その後、多少CDを買っても昼飯を抜かないで済むようになったので、早速注文しようと思ったのだが。



 ない。


 Amazonで探すとうさぎちゃんのほうのプレイボーイばっかり出てくる。
 廃盤になっていたのである。




 えー。





 手に入らないと思うと、欲しい。
 あちこち探し回っていて、ふと、同じ内容のCDがある、という噂を耳にした。同じ内容って、どういう意味だろう、と思いつつ、取り寄せてみた「ピクチャー・オブ・ヒース」。おお、あのデュエットだ。オリジナル盤は版権かなんかの関係で、同じタイトル、ジャケットでは出せなくなっちゃったんだなきっと。
 まあ、内容が同じだからいいけど。
 


 その後、オリジナル盤のほうも中古CD屋で偶然みつけたが、他のCDが3〜4枚買える値段だったので、潔く諦めた。
 何しろ、同じ内容だしな。
















 今、後悔している。
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2007年08月15日

サッチモ・ベスト〜この素晴らしい世界/ルイ・アームストロング


サッチモ・ベスト/この素晴らしき世界
ルイ・アームストロング (vo,tp)
エラ・フィッツジェラルド(vo)
ヴェルマ・ミドルトン (vo)


 ルイ・アームストロングから最初にこのアルバムを選んだのには、あまり意味がない。
 ジャケットの笑顔が、ルイ・アームストロングらしいなあ、と思ったからだ。


 ちなみに、わが家ではルイ・アームストロングとは呼ばない。
 サッチモとも呼ばない。
 おっさんと呼ばれている。


 おっさんかけて。

 おっさんのCD知らない?



 キング・オブ・ジャズをつかまえて、おっさんとは何事か。


 だが、考えてみて欲しい。世界に何人のおっさんがいるかを。
 その中でただひとり、ルイ・アームストロングだけが、わが家でおっさんと呼ばれるのである。


 おっさんの中のおっさん。


 ザ・おっさん。


 ひとと現実に働きかけ、秘められしもの、埋もれたるものを星屑のようにまきちらし、いっときにせよ世界を変える、そういった技術を魔法と呼ぶなら、ルイ・アームストロングの音楽は魔法の一種だ。魔法を言葉で説明するのは難しいが、この魔法は記録ができるので、ぼくらはいつでもその片鱗に触れることができる。
 ぼくはルイ・アームストロングが「ハロー・ドーリー」を歌う短いシーンをipodに入れて持ち歩いているのだけれど、ある朝、通勤ラッシュの始まる前の通勤電車の中で、それを妻に聴かせてやったことがある。妻はヘッドホンの一方を片耳に押し込んで、おっさんがギョロ目をむいて歌うのに見入っていたが、それからよほど経って、わざわざぼくの耳からヘッドホンを抜いてこうささやいた。



 「サッチモって、元気が出るよね」



 つまりは、そういうことなのだ。




 この魔法はいまから100年近くも前、アメリカのどこかの少年院で、13歳のルイ・アームストロングが、魔法の杖ならぬ金色のコルネットに出会ったときに始まった。ルイ少年が何をして少年院に放り込まれたのかよくは知らないが(ネットで調べるとお祭りの日に調子に乗ってピストルをぶっ放したらしい)、その後に起きたことを考えれば、ぼくらはこの偶然に感謝しなくてはならないだろう。
 だが一番感謝していたのは、ルイ・アームストロング本人だったに違いない。楽しそうに、心底うれしそうに演奏する彼を観るたび、ぼくはそう思うのだ。
 それもまた、魔法の一部なのだろう。



 ルイ・アームストロング。1971年没。
 以来、天国もちっとは楽しいところになったと、風の噂に聞く。

(「キウイの楽園」から再掲)
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2007年08月13日

静かなるケニー/ケニー・ドーハム


静かなるケニー
Quiet Kenny

ケニー・ドーハム (tp)
トミー・フラナガン(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

1959年録音


 トランペッターが「静か」じゃあ商売にならないだろうと思うのだが、なるほど、なんだか引っ込み思案で、ケレンがなく、大人しいラッパだ。音もちょっと違う。トランペットというより、フリューゲルホルンのようだ。
 だが、これはこれでいいなあ、とぼくは思う。うまい水のように沁みてくるのだ。「Alone together」なんか、泣けてくるではないか。


 ケニー・ドーハムはアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズにいた人だし、もう1枚の人気盤「アフロ-キューバン」では快調にとばしているから、いつでも「静か」なわけじゃなかったんだろうと思う。でも、このアルバムを聴いていると、この人は本質で「静か」なひとだったんじゃないかなあ、という気がしてならない。こういう顔だし。


 実は素顔はむちゃくちゃふぁんきいだったりしたら、それはそれは面白いけど。
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2007年08月11日

チェット・ベイカー・シングス


チェット・ベイカー・シングス
CHET BAKER SINGS

チェット・ベイカー(tp,vo)
ラス・フリーマン(p)
カーソン・スミス(b)


1954,56年録音


 ジャズ・トランペッターには、歌が上手なひとがたまにいる。
 ルイ・アームストロングを筆頭に、ディジー・ガレスピーも上手いんだか下手なんだかよくわからないけど楽しい歌を歌う。で、チェット・ベイカーもへんな味のある、ダルい歌を歌う。
 一方、サックスやトロンボーン吹きで歌もいける、という人はあまりいない。不思議といえば不思議だ。
 

 チェット・ベイカーの歌は、こっちが元気なときには、もうちょっと元気を出しましょう、と思うが、落ち込んでいるときには結構染みる。でも、よし、がんばろう、という気にはならないところがミソだ。まあたまにはこんな日もあるさでれーん、で、終わってしまうのだ。まあ、気合いを入れる必要があるときには、ブレイキーおじさんあたりに尻を蹴飛ばしてもらえばよい。チェット・ベイカーはあまり動きたい気分じゃないときに、ゆっくり聴くべき音楽だ。


 そういう音楽だって、必要なときがある。
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2007年08月04日

クールの誕生/マイルス・デイビス


クールの誕生
BIRTH OF THE COOL

マイルス・デイビス(tp)
J.J.ジョンソン(tb)
カイ・ウィンディング(tb)
リー・コニッツ(as)
ジュリー・マリガン(bs)
ジョン・ルイス(p)
アル・ヘイグ(p)
マックス・ローチ(ds)
ケニー・クラーク(ds)
ギル・エバンス(アレンジ)

1950年録音音


 ぼくが初めて聴いたマイルス・デイビスがこれ。いきなり「ビッチェズ・ブリュー」よりは、だいぶ幸せな出会い方をしたほうじゃないだろうか。もっともこれ以降、「もしかしてマイルス・デイビスという人は何人もいるんじゃないだろうか」という思いを繰り返しして、未だにマイルスを買うのは怖いんだけれど。

 端正な、ビックバンド・ジャズのような、クラシックのような、そのどれでもないような、不思議な雰囲気のある一枚だ。
 なんだか後年の「スケッチ・オブ・スペイン」に似ているなあ、と思ったら、ギル・エバンス(アレンジ)が1枚噛んでいるらしい。音楽の個性は指紋みたいに痕跡を残す。

 
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2007年07月29日

ブルースエット/カーティス・フラー


ブルースエット
BLUES ette

カーティス・フラー(tb)
べニー・ゴルソン(ts)
トミー・フラナガン(p)
ジミー・ギャリソン(b)
アル・ヘアウッド(ds)


1959年録音



 レコードとCDを1枚ずつ聴きつぶし、現在は3枚目。20年にわたって聴いているすげえアルバム。何度も聞いているうちに、一曲くらい増えないかなぁと思うが、いまのところ増える様子はない。


 もくもくした低音のトロンボーンとテナーサックスのデュエットで、音の輪郭がはっきりした普通の音楽(?)を聞き慣れた人はなんじゃこれと思うだろう。じつはぼくも最初はそう思った。おっさんの犬が二頭並んで「おうおう」「わうわう」とデュエットしているイメージを思い浮かべて、このアルバムはどっちかというと「ひょうきん」のカテゴリーに入っていたのだが、そのイメージのまま(!)定番となって現在に至る。


 そういう意味で、この粒ぞろいのアルバムから1曲だけ選べと言われたら、名曲の誉れ高い1曲目“Five Spot After Dark”でもなく、有名なタイトル曲“Blues-Ette”でもなく、5曲目のなんだかしょぼくれた“Love Your Spell Is Everywhere”が大好きだ。ぼくはこの曲を聴くとなんだか泣けるような笑えるような変な気分になるのだ。
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2007年07月25日

ジャンボ・カリベ/ディジー・ガレスピー


Jambo Caribe
Jambo Caribe

ディジー・ガレスピー(tp)
ジェイムス・ムーディ(ts)
ケニー・バロン(p)
チャーリー・ホワイト(g)
ルディ・コリンズ(ds)


1964年録音 


 ジャズを聴き始めたころ、ぼくはビンボー学生だったのでレコードはあんまり買えず、レンタル・レコードに通い詰めた。近所の店ではジャズの棚から毎週7枚ずつ借りるようなことをしていたし、水道橋にジャズレコード専門店をつけたときは小躍りしたものだ。


 で、その頃に聴いたアルバムで気に入ったものもたくさんあるのだが、メモを取るような知恵が当時はなくて、あとでずいぶん困った。探しようがないのだ。


 このアルバムもその一つ。 
 当時はずいぶん気に入って繰り返し聴いたくせに、アルバムタイトルは忘れてしまい、記憶に残っているのは、

 ディジー・ガレスピーが夫婦ゲンカをするアルバム

 という(わけのわからない)印象のみ。
 探しようがなかった。


 それが先日、レコード屋で棚をあさっているときにこのジャケットをちらりと見て、電撃のように記憶がよみがえった。これだー!


 正解だった。
 ぼくはコーフンして妻にムリヤリ聴かせて、変な踊りをいっしょに踊ったのだった。


 とにかく脳天気で無類に楽しいアルバムだ。ディジー・ガレスピーには会ったことはないけれど、きっと陽気でにぎやかなオヤジだったんだろう。ちなみに「夫婦ゲンカ」は最後から2番目に入っている”Don't Try To Keep Up With The Joneses“という曲。雰囲気から、「悪友ジョーンズと遊んでばっかいて、大柄な奥さんに怒られるガレスピー亭主」という構図を想像しているのだが、当たってる?
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2007年07月16日

クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス


クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス
Clifford Brown With Strings

クリフォード・ブラウン(tp)
リッチー・パウエル(p)
バリー・ガルブレイス(g)
ジョージ・モロウ(b)
マックス・ローチ(ds)

1955年録音


 引退中のソニー・ロリンズがブラウンに会って「この世界にはまだこんなに心の美しい人間がいるんだ」と感動し、引退を翻した、という話はぼくには本当かどうかわからないし、人の良さと音楽の良さはおそらくは無関係だ。だいたいそんなことにこだわっていたらジャズなんか聴けないんだけど、それでもだ。

 きっとブラウンってよい男だったんだろうな、と思わずにはいられない。

 しみるぜ。


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