2014年08月31日

8:30/ウェザー・リポート

8:30
8:30

ジョー・ザヴィヌル(kb)
ウェイン・ショーター(ts)
ジャコ・パストリアス(b)
ピーター・アースキン(ds)

1978年録音


聴き出すと、途中で止まらなくなる不思議アルバム。ぼくは車の中で聴いていて、終わる前に目的地についてしまったので、そのまま停めた車の中で最後まで聴いていたことがある。そのくせ4人のメンバーがやりたい放題だし、誰かがどこか行っちゃったら誰が連れて帰ってくるのか聴いている方が不安だし、誰がセンターなのか見当がつかないし、ライブとスタジオ録音を脈絡なく組み合わせた変なアルバムだし、どう考えたらいいのか未だによくわからない。ひょっとしたら誰も計算していないのに、たまたまハマったのだろうか? 
だとしたら、それもまた音楽の奇跡の一種なのだろう。

いまふと思ったのだが、ひょっとしたら「誰も計算していないのにたまたまハマっちゃった」のをジャズの用語で「アドリブ」って呼ぶんじゃないだろうか。


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2013年03月02日

ワンセルフ-ライクネス/クオシモード

oneself-LIKENESSoneself-LIKENESS

平戸祐介(p)
松岡高廣(perc)
奥津岳(ds)
須長和広(b)


2006年録音

妻は週に何日かジムに通って、ベルトコンベアの上をとっとこ走っている。ただ走るのは退屈なのでヘッドホンで音楽を聴いているらしいのだが、ぼくのところから持っていったジャズだと走りにくい、と文句を言われた。そんなこと言われても。
ちなみに妻が好きなのはデューク・ジョーダン、アル・ヘイグ、ヨーロピアン・ジャズ・トリオ、ステファン・グラッペリなど。まあ、「危険な関係のブルース」がジョギングのBGMとして適当かどうかと問われるとあまり自信はない。やっぱりセロニアス・モンクとか、チャールス・ミンガスとか、あ、そうだ、ビートが効いているという点ではマイルスの「オン・ザ・コーナー」はどうだろう。あれだったらコンセプトも近そうだし・・・と勧めてみようと思ったが、転んでケガをしても困るのでやめた。

ちょっと考えて思いついたのが「クオシモード」。踊れる音楽というのは基本的には走れそうだ。ぼくはどっちもやらないので断言はしないが。とすると、グレン・ミラーなんかのスイング・ジャズはいけるかもしれない。意外と合うかもと思ったのがジャズ・メッセンジャーズ。「モーニン」聞きながらというのは粋かも。

と思いながらCDの棚をひっくり返していたらYMOの「ソリッド・ステイト・サヴァイバー」が出てきた。「ライディーン」を聞きながら考える。ジャズにこだわる必要は別にないのだった。うん。
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2013年02月24日

ジャズ・クインテット -60

JAZZ QUINTET '60'JAZZ QUINTET -60'

アラン・ボッチンスキー(tp)
ニルス・ヒュースン(ts)
ベント・エクセン(p)
ニルス・ヘニング・オステッド・ペデルセン(b)
ビヤルン・ロストヴォルド(ds)

1962年録音

この演奏を初めて聴き、ジャケットを眺めたときに感じたのは、どういうわけか、郷愁だった。

かつてそういう時代とそういう場所があった。自分は確かにそこにいて、今とは違う姿で、今とは違うことを考えていた。懐かしい友達も一緒だった。その時代、その場所にはもう戻れない。そういう実感だ。
なぜだろう。このアルバムが録音されたときに、ぼくは生まれてもいないのに。ベースのペデルセン以外は名前も知らず、読み方だってよくわからないのに。

ジャズを聴いていると時々、そういうめまいのようなものを感じることがある。
かつての流行歌を聴いて、青春時代を思い出すのはよくあることだが、そういうものとはどこか違う。もっとひりひりとした、切ない感覚だ。そこにかつて自分が持っていて、今は失ってしまったものがあるような。名前を呼びかければ取り戻せるかもしれないのに、その名前がどうしても思い出せないのだ。

これはいったい何なのだろう?
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2012年09月30日

ブルース・オン・バッハ/MJQ

ブルース・オン・バッハBlues On Bach

ジョン・ルイス (p)
ミルト・ジャクソン (vib)
パーシー・ヒース (b)
コニー・ケイ (ds)

1973年録音

バッハというと、ぼくは「2001年宇宙の旅」を思い出す。
よく知られた映画のほうではなくて、A・C・クラークの小説版だ。

土星(映画では木星)へ向かう旅の途中、宇宙のただ中でひとりきりになってしまったデビット・ボーマン船長が、ディスカバリー号の音楽ライブラリを物色するエピソードがある。地球を遠く離れ、半径数億キロの虚空にただ一人。人類史上もっとも孤独な男がたどり着いた音楽がバッハだった。

はじめは人の声が聴きたくて、古典劇や詩の朗読を。やがて内容が煩わしくなってきてオペラ、それも外国語のものに切り替える。そして器楽曲だけを聞くようになり、「作曲家たちの感情のほとばしりに食傷することに、ひとりひとり切り捨てていった」。

そして最後はおおかたの例にもれず、バッハの抽象的な構築物に安らぎを見いだし、ときたま装飾的にモーツァルトを使うだけになった。
こうして、ハープシコードの冷え冷えとした音楽---二百年前に塵に返った頭脳の凍りついた思考--にうちふるえながら、ディスカバリー号は土星への道をひた走った。
(A・C・クラーク、伊藤典夫訳「2001年宇宙の旅」より)

音楽に含まれるひとの息づかいや熱情や意味が重苦しく感じられることがある。
ぼくの場合は精神的にへたばってくるとそうなるのだが、ボーマン船長もそうだったのだろうか? 
それとも、未知に向かって凍てついた星の海を独り行くときに、地上のパッションを連れて行くのは重いということなのだろうか?

もしボーマン船長がジャズファンだったら、何を聴いただろう?
ジャズ・メッセンジャーズやサラ・ヴォーンじゃないよな。デューク・エリントンでもないと思う。

音楽の使い方もセンスを見せつけた映画版。「ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しき青きドナウ」の「2001年宇宙の旅」もよかったけれど、MJQを流しながら星の海を行くディスカバリー号も見てみたい。
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2010年12月26日

ジャズ・フォー・モア/ハイ・ファイブ

JAZZ FOR MORE
Jazz for more

ファブリッツィオ・ボッソ(tp)
ダニエル・スカナピエコ(ts)
ジュリアン・オリバー・マザリエッロ(p)
ピエトロ・チャンカグリーニ(b)
ロレンツォ・ツゥッチ(ds)

2002年録音

 ハイ・ファイブの最初の録音と聞いて(当時はハイ・ファイブ・クインテット名義)欲しくなったのだが、amazonにはUS盤しかなく、1〜3週間待ちとなっていた。価格は2864円。このパターンは待たされた挙句にキャンセルという経験を何度かしているので、どうしようかな、と思ったら、MP3でも販売している。そういやamazonでも始めたんだったっけ。
 価格はなんと600円。念のためにiTunes storeで調べたら1050円だったので、amazonで購入。初めてだったので、ちゃんとiPodで聞けるようになるか不安だったが、ダウンロード後にiTunesへの登録までが自動で進んで、シンクロしたら即聴けるようになった。うーん、便利。

 音楽は基本的にダウンロードではなくて、CDで購入することにしている。レコード世代のおっさんとしてはモノがないとなんか落ち着かない、というのもあるけれど、バックアップとしても確実だし、DRMによる制限事項(たとえばハードディスクを持って行ってもリビングにあるプレステでは再生できないとか)も面倒だからだ。
 だがそれも、価格や入手のタイミングが同じならば。CDでは入手が難しかったり、数倍高いようだったら、ダウンロードでもいいや、となる。DRMについてはamazonはかけていないらしいし、iTunesでも一部DRMフリーが始まっているようだ。
 
 音楽のダウンロード販売はきっと、ぼくらのようなマイナーな音楽のファンがより恩恵を受けることになるだろう。買い手が少なくて流通や復刻が難しいアルバムでも、元手のあまりかからないダウンロード販売ならなんとかなるからだ。
 その一方で、若干寂しい、と思うこともないでもない。ジャケットは小さな画像データだし、ライナーノーツがついていないからクレジットがはっきりしなかったり、評論家のうんちく聞いて知ったかぶりするという楽しみもない。もっともこの辺は、アルバムのダンロード販売が当たり前になると、改善されるのかもしれない。
 「幻の名盤」というのは消えてしまうだろうな、と思う。データが登録されさえすれば、誰でもわけなく購入できるからだ。中古レコード屋の棚を漁っていて、あっ! という喜びも今後はあまり切実なものではなくなるのだろう。便利になる一方で、失われるものもある。
 
 まあ、聴けないよりはよっぽどいいんだけど。
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2010年04月06日

コラボレーション/MJQ With ローリンド・アルメイダ


WITH LAURINDO ALMEIDA COLLABORATION
Collaboration

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)
ローリンド・アルメイダ(g)

1964年録音



 ローリンド・アルメイダはとりわけ地味なギタリストで、LA4でもそうだけど、注意深く聴かないといるんだかいないんだかわからなくなることがある。このアルバムは特にいるんだかいないんだかわからないなあ、と思って聴いていたが、さすがにいくらなんでも変だと思って調べてみたら、本当にいなかった。後半がボーナストラック(というかボーナスアルバム)で、ローリンド・アルメイダ関係ない「ポギーとベス」が丸々入っているらしい。これはこれで名盤なんだけれど、ぼくは別にちゃんと「ポギーとベス」を持っているのだ。お得なんだか損なんだかよくわからない。というか、こういうのは本当に、「いっぱい入ってた〜」と喜んでいていいのだろうか? 


 地味なローリンド・アルメイダが地味に真っ当に弾く「アランフェス」もこの曲の見本的な良さがあるけれど、ぼくはむしろMJQのボサノヴァにびっくりした。ボサノヴァ弾くジョン・ルイスなんか、ジョン・ルイスじゃないやい! という意見もあろうかと思うが、どんな顔して演奏しているんだろうと思うと楽しい。で、こういうのもさらりとこなすミルト・ジャクソンの懐って、ドラえもんの四次元ポケットなみに広い。
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2010年04月03日

ナイト・パッセージ/ウェザー・リポート


ナイト・パッセージ
Night Passage

ジョー・ザヴィヌル(kb)
ウェイン・ショーター(ts,ss)
ジャコ・パストリアス(b)
ピーター・アースキン(ds)


1980年


 
 久しぶりに仕事で徹夜をしたら、何日も経つのに調子が戻らない。一日中、中途半端に眠くて、すごく損をした気分だ。
 もう無理は利かないなあ、と若干寂しくなったが、よく考えるとぼくは若い頃から無理は利かなかった。年のせいというよりは、基本的な体力と体質、根性の問題である。どっちにしてもあほらしいのでもうやめよう。

 体調が悪いときにはカツ丼だの豚骨ラーメンだのは食いたくないものだが、音楽も選んで聴かないと胸焼けがする。ぼくの場合、こういうときにはなぜかウェザー・リポートが聴きたくなる。どうしてなのかよくわからない。

 軽くて消化がいいもの、というのなら、ほかにもたくさん候補はある。この頃のウェザー・リポートは耳あたりは柔らかいが、どこにすっとんでいくかわからない部分があって優しいだけじゃない。癒しとか安心とか、そういうものがウェザー・リポートの音楽に含まれていないとまでは言わないが、それ目当てでウェザー・リポートを名指しするひとは少ないのではないか。

 結局ぼくは、この音楽の生活感のなさ、現実からの浮遊感みたいなものを求めているんじゃないだろうか。毎日の暮らしに若干食傷気味になると、ぼくはウェザー・リポートが聴きたくなる。一心にタップダンスを踏んでいるみたいなジャコパスのベースや、人ごとみたいなウェイン・ショーターのサックス、浮世離れしたジョー・ザヴィヌルのキーボードは、現実に日経新聞的な接点を持たない。
 人間の身体は特定の栄養素が足りなくなると、それを含む食い物が食いたくなるようにできているが、きっと音楽も同じだ。若干、役に立たないものが不足しているらしい。
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2009年08月15日

ポギーとベス/MJQ

Porgy & Bess
Plays George Gershwin's "Porgy and Bess"

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)

1964〜65年録音


 MJQの音楽にはいろいろといいところがあるけれど、そのひとつが「静けさ」じゃないかと思う。物理的に音の強度、密度が低い、というだけではなく、もっと積極的な意味で静謐で、クールで、止まっている。「寂しい」と「侘び」の差だ。
 それはジャズという音楽の特性のひとつであり、ジャズの存在理由のひとつでもあるけれど、MJQの音楽にはそれが強く出る。特にこのアルバムなんかそうだ。
 ボリュームを上げてもあまり意味がないので、できるだけ静かな夜に、耳と神経の感度を上げて聴くようにしている。

 静かで冷えた音楽は、それを聴くのに心的エネルギーをあまり消費しない。夏ばてして食欲のないときにもお茶漬けならさらさらと入るように、くたびれてちょっと音楽を聴く気にならないときでも「ポギーとベス」なら聴ける。まあ、無理に聴く必要はないけれど。
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2009年03月29日

ヴァンドーム/MJQ With スウィングル・シンガーズ


ヴァンドーム
Place Vendome

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)
スウィングル・シンガーズ(vo)

1966年録音


 スウィングル・シンガーズは8人編成のボーカル・グループで、結成以来クラシックとジャズの中間地点で活躍してきたらしい。そういう意味ではMJQとの相性はぴったりで、というより2つのチームの境界がはっきりしないくらい溶け合っている。そこから出てくる音楽も、クラシックと言われればその通りだがでもなんか違うし、じゃあジャズかいと言われると返答に困る。まあ、中華だろうとフレンチだろうと和食だろうと、旨くて安くて腹がふくれるのがよい料理なんだけれども。

 クラシックの中でもある種の音楽(たぶんバロックと呼ばれるタイプの音楽)を聴いていると、ぼくはガラスの城の中で、膝の上でじっとしている猫を撫でているような気分になってくる。そこには永続的な安定と安心があって、時間は凍り付いており、変化と流れはぼくと猫の世界には入り込んでこない。
 「ヴァンドーム」の世界も基本的にはそういう構造を持っているのだけれど、実は一筋縄ではいかない。ふと膝の上の猫に目を落とすと、そいつがヒゲの掃除をしながらチュシャ猫みたいににんまりと笑ったり、目をこすっているうちににやにや笑いだけ残して消えてしまったりする。あまり安心してはいられないのだ。

 そういう意味では、ジャズかもしれない。
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2009年01月04日

ブラック・マーケット/ウェザー・リポート


ブラック・マーケット
Black Market

ジョー・ザヴィヌル(p,kb他)
ウェイン・ショーター(ss,ts他)
ジャコ・パストリアス(b)
アルフォンソ・ジョンソン(b)
チェスター・トンプソン(ds)
ドン・アライアス(parc)


1975〜76年録音


 ジャズに限った話じゃないと思うが、幾度となく聴いている音楽がある日何かの拍子にぴたりとはまり、忘れがたい印象を残すことがある。ある日ふと思いついて窓を開けてみたら、空気の香りとか風の肌触りとか日当たりの温度とかに今更ながら気がついて、それまで窓越しに眺めるだけだった景色がまるで違うものに見えてくるような、そんな感覚だ。
 たぶん、そのときの心情とか体調とか状況とかあたりの雰囲気とかに、それまでにその音楽に接した経験が複雑に絡み合って、そういうことが起きるのだろう。そんなにしょっちゅう起きるわけじゃないので、後になってもけっこう覚えていたりする。
 このアルバムではそういうことが起きた。釣り旅に出かけた北海道の原野の中の一軒宿で、丸木で作られたコテージのベッドに潜り込んで、明日はどこの川に出かけようかと考えながら、iPodでこのアルバムを聴いていたときのことだった。
 おかげでぼくはいまでも、タイトル曲「ブラック・マーケット」を聴くと、北海道の川と原野と、綺麗で獰猛な魚たちのことを思い出す。ジョー・ザヴィヌルもびっくりだろう。


 ところでぼくは、「ブラック・マーケット」は賑やかで楽しい黒人の市場、という意味だと思っていた。ジャケットを見たってそうとしか思えない。ところがジョー・ザヴィヌルによると、彼が少年時代を過ごしたウィーンの闇市がこの曲のテーマなのだそうだ。どうもジャケットデザインの作業過程で誤解があったんじゃないかと思うが、それはともかく、音楽のイメージを代表するという意味では、このジャケットはいい線行っているんじゃないかと、ぼくは思う。

※「知っているようで知らないジャズ名盤」小川隆夫
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2008年12月15日

アルバム・オブ・ザ・イヤー/アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ


Album of the Year
Album of the Year

アート・ブレイキー(ds)
ウィントン・マルサリス(tp)
ジェームス・ウィリアムス(p)
ロバート・ワトソン(as)
ドナルド・ハリソン(as)
ビル・ピース(ts)
チャールズ・ファンブロー(bs)
テレンス・ブランチャード(tp)
ジョニー・オニール(p)

1981年録音


 背中の真ん中が猛烈に痒い。手が届かないので、誰かに掻いてもらう。ところがそれが微妙に当たらない。的外れではないけれど、痒いスポットからわずかに外れ、縁のところをカリカリカリ。生殺しだ。のたうちまわりながらもうちょっと右、もうちょっと下、と懇願するが、やっぱり皮1枚外れる。ちょっとした拷問である。
 ぼくにとってウィントン・マルサリスはそういう音楽家だ。で、ウィントンを擁する80年代のジャズ・メッセンジャーズとブレイキーおじさんも、やっぱりちょっとのたうってしまうのだった。

 ウィントン・マルサリスが悪いわけではない。もちろん、ぼくが悪いわけでもない。それは文字通り「ずれ」であって、ウィントン・マルサリスの音楽、あるいはウィントン・マルサリスに象徴される音楽と、ぼくの好みが微妙にずれている、ということでしかない。おそらく、ぼくの好みが若干古くさいのだろう。
 もっとも、ウィントン・マルサリスがもっときっぱりと新しくて、ぼくの音楽的地平線の向こう側にいたのなら、ぼくはこんなには困らなかっただろう。そうではないからこそ気になってしょうがないのだ。見えそうで見えないパンチラみたいに。

 ウィントン・マルサリスは最近、古いニューオリンズ・ジャズに回帰しているらしい。専門家筋の評判は芳しくないようだが、ぼくはそれが聴いてみたい。ひょっとしたら、と思うのだ。
 どのアルバムがそうなんだろう?
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2008年10月04日

サバンナ・ホットライン/ネイティブ・サン


サバンナ・ホットライン
savanna hotline

本田竹曠(p)
峰厚介(ss)
大出元信(g)
川端民生(b)
村上寛(ds)

1979年



 妻や同世代の友人と、昔の流行歌の話をすると、途中で話がかみ合わなくなる。アリス、ピンクレディまではついていけるのだけれど、その後くらいからうやむやになるのだ。松田聖子はまだわかるけれど、中森明菜は持ち歌もよくわからない。どうもこの辺に断絶があるようだ。
 で、何聴いてたんだっけ、と調べてみたら、このアルバムが1979年だった。渡辺貞夫の「モーニング・アイランド」、日野皓正「シティ・コネクション」も同じ年。
 このあたりから踏み外しはじめたらしい。


 それでも、その頃はフュージョンそのものが流行っていて、「ザ・ベストテン」派と比べれば圧倒的にマイノリティではあるものの一応の勢力は保っていたし、フュージョンを流す番組もあった。友達と、「ナベサダっていいよな」といった会話を交わした記憶だってある。一応まだ、音楽的な時代の流れの中には身をおいていたのだ。
 やっかいなことになってきたのは、古いジャズ・レコードを漁るようになってきてからだ。ジャズが一番威勢がよかった時代のアルバムを夢中になって聴いていて、傍らを「今」の音楽が流れていくのに気づかなかった。
 古いのばかりではなくて、現在進行形のジャズも聴いたけれど、それがぼくのまわりの世界で話題になることはなかった。


 ビートルズ世代、という言葉をよく聞くけれど、音楽は世代の共通記憶であり、時代のアイコンでもある。そういう音楽の聴き方をしてこなかったぼくは、音楽的には孤独だった。
 とはいっても、寂しいわけではない。ぼくの個人的な世代史は、みんなと同じように、それぞれの時期に夢中になった印象的な音楽に彩られている。ナベサダ時代、ビル・エバンス期、チック・コリア時代、アート・ブレイキー期、といったふうに。
 ある人は中森明菜の音楽をふと耳にして、ある時代の色と風景、香りや、なんか鼻の奥がムズムズするような不思議な感覚を思い出すだろう。それは峰厚介のソプラノ・サックスがぼくに及ぼす影響と、あまり変わりはないだろうと思うのだ。
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2008年09月13日

ウェザー・リポート/ウェザー・リポート


ウェザー・リポート
Weather Report

ジョー・ザヴィヌル(p)
ウェイン・ショーター(ts,as)
ミロスラフ・ヴィトウス(b)
アルフォンス・モウゾン(ds)
アイアート・モレイラ(perc)
バーバラ・バートン(perc)
ドン・アライアス(perc)

1971年


 あまり動かない生活を続けていると、日々の埃、沈殿物みたいなものが、水底に積もるように、身の回りに少しずつたまっていく。そのままさらにじっとしていると、つもりつもった沈殿物はいつか凝り固まる。それはちょっとした防護壁、鎧みたいな役割も果たすので、安全、快適ともいえるが、その一方で身動きはとれなくなるし、そとの世界は自分でほじくったのぞき穴からしか見えない。そうなってから「ほかの世界があったかもしれない」とため息をついても、まあ自業自得といえなくもない。


 ぼくは多少日常に倦んでくると、普段はあまり聴かない、このタイプの音楽への親和性が高まってくる。何回か繰り返し聴いているうちに、若干のぞき穴が広がって、世界の見晴らしがよくなるような気がしてくるのだ。後のウェザー・レポートにもそういう効果はあるけれど、より薬が強いのは初期、特にこのアルバムだ。


 旅にでも出てみようか。
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2008年08月19日

ファイブ・フォー・ファン/ハイ・ファイブ


ファイヴ・フォー・ファン(6ヵ月限定スペシャル・プライス)
FIVE FOR FUN

ファブリッツィオ・ボッソ(tp)
ダニエル・スカナピエコ(ts)
ルカ・ヌマッツァ(p)
ピエトロ・チャンカグリーニ(b)
ロレンツォ・ツゥッチ(dr)

2008年録音


 ぼくの音楽のコレクションにはひとつ問題がある。アーティストの死亡率がやたらに高いのだ。数えたわけじゃないが、7割かた死んでいるんじゃないだろうか。
 別に死んだひとが好きなわけではない。古いアルバムが多い上に、ジャズという音楽はどうも健康によくないらしく早死にするひとが多いので、結果としてそういうことになってしまうのである。


 聴きたい古いアルバムはいくらでもあるけれど、死んだひとばっかりというのも淋しい。いまこの瞬間に活きのいいのが活躍しているのに、それに気づいたときには当人が死んだあとだった、ということになったらつまらないではないか。
 というわけで、新しいひとも聴きたいのだが、土地勘がないので誰をきいていいかよくわからない。ジャズを聴き始めたときみたいにレンタルで知らない名前を片端から借りてみる、ということもしてみたが、どうもあまりうまく当たらない。で、もういいやとほとんどジャケットだけで買ってみたのがこれ。涼しくて、愉しそうだし。
 そうしたら、当たりだった。


 ボサノヴァかな(ボッソというひとが参加しているし)と思ったが、違った。なんだかスマートなジャズ・メッセンジャーズのようだ。ああいう無茶でやみくもで黒っぽいエネルギーの質量みたいなものは感じないけれど、代わりに洗練とまとまりとしゃれっ気を身につけて、でもそのメソッドはぼくのような音楽の聴き方をしてきたものには馴染みが深い。なにより、愉しい。

 名前を覚えておこう。ファブリッツィオ・ボッソ、スカナピエコ、ヌマッツァ・・・覚えにくい。
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2008年07月21日

ジャンゴ/MJQ


ジャンゴ
DJANGO

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
ケニー・クラーク(ds)

1953〜55年録音


 変なタイトルだ、と思ったことを覚えている。ぼくにとって「ジャンゴ」はB級マカロニウェスタン「続・荒野の用心棒」のフランコ・ネロ演じるガンマンの名前であり、「ウルトラマン」に出てくる怪獣の名前(これは単なる勘違いで、正しくは“ギャンゴ”)だったからだ。もちろん「ジャンゴ」はマカロニウェスタンでも怪獣でもない。フランスのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのことで、ジョン・ルイスが早世した彼を悼んで作ったタイトル曲の名前でもある。ぼくはそのあと、MJQ含めいろいろなひとが演奏するこの曲を何度も聴くことになるが(ぼくのiPodには12種類の「DJANGO」が入っている)、最初の印象はやはり強い。脳内で再生する「DJANGO」は、このアルバムの演奏だ。
 静かな哀しみに彩られた名曲である。音の残照が空気に沁みていくような余韻が忘れがたい。


 が、ぼくはずいぶん後でジャンゴ・ラインハルト本人の演奏を聴いて、?と思った。「DJANGO」の印象に加え、ジプシー出身のギタリストであるという経歴や、40ちょっとで早世したこともあって、ぼくの妄想の中のジャンゴは孤高、哀愁のギタリストだったのだ。ところが演奏は基本的に粋で陽性で愉しい。写真を見ると鼻の下にちょびひげを生やした端正な顔立ちで、品のいい結婚詐欺師という風情だ。「DJANGO」の雰囲気とは結びつかない。
 あの曲はジャンゴのテーマ曲というわけではなく、彼を失ったジョン・ルイスの(あるいはジャズ界の)哀しみを詠ったものだったのだ。

 ぼくはこのアルバムでジャンゴ・ラインハルトの名前を覚え、その後ジャンゴの相棒だったというバイオリン弾きがいるときいて興味をもち、ステファン・グラッペリに巡り会った。そういう意味でも思い出深い。
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2008年04月20日

フォンテッサ/モダン・ジャズ・カルテット


フォンテッサ
FONTESSA

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)

1956年録音


 MJQを聴くたびに(特に古いのを聴くたびに)、このひとたち、本当に上手いのかなあ、と思う。ジョン・ルイスのぽつぽつしたピアノなんか、少し練習したらぼくにも弾けるんじゃないだろうか。名手ミルト・ジャクソンも、MJQでやっているときはあんまりそういう感じがしない。ベースも、ドラムスも、別の意味でスリリングと思うことがある。

 が、これが妙に癖になる。手作り感、とでもいったらいいのだろうか。音に奏者の息づかいが残っているようなところがあって、妙に生き生きしているのだ。音楽もあまりきっちり端正に組みあげると、マネキンみたいに血の通っていないつまらないものになってしまうことがあるけれど、MJQの音楽はその対極にある。使い込まれた木製の道具に、手油がしみこんで色が丸く、深くなるように。少し歪んだ手ひねりの焼き物に、なんともいえない味わいがあるように。

 わびさびジャズ。
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2008年03月30日

アイ・シング・ザ・ボディ・エレクトリック/ウェザー・リポート


I Sing the Body Electric
I SING THE BODY ELECTRIC

ジョー・ザヴィヌル(kb)
ウェイン・ショーター(ts,ss)
ミロスラフ・ヴィトウス(b)
エリック・グラヴァット(ds)


1971〜72年録音


 なんでクリスタル・ボーイ(寺沢武一「コブラ」に出てくる悪役)がジャケットに出ているのだろう。ジョー・ザヴィヌルあたりがファンなのだろうか? と思ったのは今は昔の話だが(ちなみに「コブラ」の連載開始よりこのアルバムのほうが早い)、その宇宙的な、それでいてどこか泥臭くて暑苦しい不思議サウンドは今聴いても変だ。後半の数曲が日本でのライブ録音になっていて、「素晴らしい演奏に拍手を。」みたいなNHK的なアナウンスが入っていたりしてなんだかそれも妙だ。70年代初頭、聴いているみんなはチューリップハットやパンタロンなんだろうか思うとなおさら不思議だ。


 ちょっと後のジャコ・パストリアスを擁する時代を、ウェザー・リポートの全盛期と呼ぶ人が多いけれど(ぼくも実はそう思うけれど)、なんだか無茶なエネルギーに満ちたこのアルバムも、ぼくはけっこう好きだったりする。
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2007年12月22日

風のささやき/ヨーロピアン・ジャズ・トリオ+アート・ファーマー


風のささやき
The Windmills of Your Mind

アート・ファーマー(フランペット)
マーク・ヴァン・ローン(p)
フランス・ホーヴェン(b)
ロイ・ダッカス(ds)

1997年録音


 BGMのつもりで何かしながら聴いていると、お、なかなかいいじゃないか、と思うのだが、手を休めてちゃんと聴くとそんなでもない。で、また上の空で聴いていてふと耳に残り、もう一度ジャケットを見返したりする。そんなつかみどころのないアルバムだ。

 アート・ファーマーもヨーロピアン・ジャズ・トリオも柔らかくロマンチックな演奏が身上で、彼らが組めばどんな音楽が生まれてくるかは、言っちゃあなんだが想像するのは難しくない。で、想像通りの音楽が流れてくるのがこのアルバムの売り物でもあり、弱点でもある。音楽は一曲一曲きれいに起承転結を踏み、与えられたストーリーを演じて、舞台の上で優雅に腰をかかめて挨拶し、時間通りに幕を閉じる。もちろん、それで何が悪いか、という話ではある。アート・ファーマーの年期の入った至芸も聴けるし、若いメンバーもそれぞれ頑張っている。録音だっていい。

 要するに、予定調和を是とするか否とするか、という話なんだと思う。そりゃまあ、スリルには欠ける。が、スリルを扱っているのは別のお店なんじゃないだろうか。
 スリルがなくちゃ音楽としてダメ、というのもまた偏狭な意見だ。音楽にはいくつか役割があって、機能はその役割に合わせて選ばれるべきだ。たとえば高いカクテルを飲んでいるときは、そいつを鼻から吹き出したりしない音楽が必要だ。

 ところで、アート・ファーマーが吹いているフランペットというのは、フリューゲルホルンとトランペットのハーフみたいな楽器なんだそうだ。
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2007年12月02日

なき王女のためのパヴァーヌ/L.A.4


なき王女のためのパヴァーヌ(紙)
Pavane Pour Une Infante Defunte

ローリンド・アルメイダ(g)
バド・シャンク(fl,as)
レイ・ブラウン(b)
シェリー・マン(ds)

1976年録音


 L.A.4はピアノレスのうえ、ローリンド・アルメイダがガット・ギターにこだわるせいか、音空間にすきまを感じるちょっと風変わりなコンポだ。が、ぼくはすきまが好きなので、すきまにはまりたいときは取り出して聴く。あと、このすきまを利用(?)して、シェリー・マンが小細工をしまくるので、シェリー・マンがたっぷり聴きたいときにも有効だ。シェリー・マンの爽快感って、プチプチをつぶすときの感覚と似ているなあ。後期のL.A.4はシェリー・マンが抜けているから注意が必要。
 L.A.はロサンジェルスだと思っていたが、ローリンド・アルメイダという説もあって、どちらが正しいかは知らない。いずれにしてもウエスト・コースト・ジャズらしく、澱みのないカラッと乾いた演奏だ。好みは分かれるだろう。


 このアルバムもジャズを聴き始めた頃のお気に入りだったが、再入手しようとして苦労した。L.A.4はそれほどメジャーなグループじゃないし、古いしするから仕方はないとは思うが、Amazonでは切れているし、中古ショップを探しても見あたらない。で、ふと思いついてiTunesのショップを探したらもう1枚の代表作「家路」といっしょに見つけたのだった。サービスが始まったばかりのときには使えなかったが、最近だいぶ品揃えが充実してきたようだ。できればブツが欲しいが、全然手に入らないよりは100倍良い。ジャズなんてマイナーな音楽は商売にはなりにくいと思うが、流通コストが節約できれば多少はマシだろう。頑張れ。
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2007年09月09日

ヘヴィ・ウェザー/ウェザー・リポート


ヘヴィー・ウェザー
Heavy Weather

ウェザー・リポート

ジョー・ザヴィヌル(syn)
ウェイン・ショーター(ts,ss)
ジャコ・パストリアス(b)
アレックス・アクーニャ(ds)
マノロ・バドレナ(perc)

1976年録音


 台風一過の秋晴れの下で、「ヘヴィ・ウェザー」というタイトルのアルバムを聴くのもまた一興、と思って引っ張り出してみたら、これがけっこう、雰囲気にあうのでちょっとびっくりした。青空を流れる雲や、まだ強いが雰囲気の変わり始めた日差しや、夏と秋のブレンド状態になっている台風の名残風に、ウェザー・リポートの中でも特に元気で、マジカルで、カラフルで、さわやかなこの1枚がなかなかにぴったりくる。こういうのはうれしい。

 虹がぎっしりつまっているビール缶があったとしよう。
 キンキンに冷えたそいつをがしゃがしゃと振り回して、天に向けて一気にプルトップを引っぺがすと何が起きるか。

 その光景をレコードに収めると、このアルバムになる。
posted by kiwi at 16:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | コンボ・グループ

2007年08月07日

モーニン/アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ


モーニン+2
Moanin'

アート・ブレイキー(ds)
リー・モーガン(tp)
ベニー・ゴルソン(ts)
ボビー・ティモンズ(p)
ジミー・メリット(b)

1958年録音


 ジャズを聴き始めたころ、友達に誘われて、大きな野外ジャズ・コンサートに出かけたことがある。観客が会場でバーベキューはじめて警備員に怒られたり、突然降り出した雨の中で列を作って踊ったり、ジャズファンってのはパーだとそのとき思ったものである。


 そのとき舞台に出ていたのが、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズだった。


 何度聴いても思うのだが、ジャズ・メッセンジャーズのメンバーって気の毒だ。
 ジャズ・ミュージシャンだって人間だから、「今日二日酔いで・・・あああ大きな声出すな」とか、「今日オレちょっとアンニュイな気分なんだよね」って日だってあると思うのだ。


 そんなとき、アート・ブレイキーが後ろで「さーて、今日もいっちょう行くか」と“ドラム・サンダー組曲”なんか叩き始めたら、一体どうすればいいんだ。
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2007年07月22日

ラスト・コンサート/モダン・ジャズ・カルテット


ラスト・コンサート(完全盤)
The Last Concert

モダン・ジャズ・カルテット

ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
コニー・ケイ(ds)

1974年録音


 20年以上にわたって活動したモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の解散コンサートのライブ録音。演奏もさすがに力が入っているし(といっても力が入っているように聴こえないのがMJQのいいところだが)、曲目も揃っていて、ベスト版みたいなところがある。

 だから、初めてMJQを聴こうという人は、まずこれから聴いてみてお好みかどうか確かめるといいかもしれない。
 別にMJQを追っかけるつもりはない、いいとこ取りをしたい、という人にもお勧めできる。
 もちろんMJQが大好きで、ほかのアルバムも一杯持っている、という人もこの1枚を外すわけにはいかないだろう。


 ・・・ええと、何がいいたいかというと。


 聴け。


posted by kiwi at 19:23 | Comment(0) | TrackBack(4) | コンボ・グループ