2014年08月30日

虹伝説/高中正義

虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS
THE RAINBOW GOBLINS

高中正義(g)
Masahiro MIYAZAKI(ds)
Akihiko Tanaka(b)
kiyosumi ISHIKAWA(kb)
Koji SATSUMA(sax)

1981年

80年代というのは、こういう時代だったなあ、と「虹伝説」を聴きながら思う。それはもちろん、ぼくにとって、という意味だし、たぶんにノスタルジーや、いい加減な記憶で色付けされていることもわかっている。実際にはそれなりに面倒なこともあったんだろうけれど、細かいことは覚えていないし、追求する理由も特にない。逆に言えば、音楽としてというより、アイコンとしての「虹伝説」に代表される時代だから、まあ、そういう牧歌的な時代だったんだろうな、と変に納得しているだけなのかもしれない。それはぼくがモダン・ジャズに出会うもう少し前のことである。

当時、レコードで精一杯で、元ネタの絵本までは手がまわらなかった。久しぶりにこのアルバムを聴いて、ためしにAmazonを検索したら見つかったので、思わずポチ。数日後にイタリアのひとが描いたという絵本が届き、眺めながら聴く。30年ぶりに謎解きをした気分。当時よりは若干小遣いは多い。おっさんになるのも悪いことばかりではないのである。

当時わからなかった英語のナレーションが、いまもよくわからないのは若干情けないが、その一方で日本人の演奏を日本で日本人が聴くのになんで英語なんだ、とも思う。演奏者の名前も正確にわからないんですけど。

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2014年05月24日

シロッコ/パコ・デ・ルシア

Siroco
Siroco

パコ・デ・ルシア(g)
ルーベン・ダンテス(g)
ペペ・デ・ルシア(palmas)

1987年



男の人生には、「うっ、やばい。鼻血出そう」という状況がたまに発生する。腹の底で色々なものの圧力が高まって、出口を探して盛り上がってくる不穏な気配。メーターが振りきって安全弁が飛んだら、若干みっともないことになるんじゃないか、という予感。いくつか想定できるその危険なシチュエーションの中に、パコ・デ・ルシアを大音量で浴びるように聴く、というパターンを入れていい、とぼくは思う。
フラメンコというのはつまり、その無方向な鼻血エネルギーを制御しきって、ひとつの音楽として昇華する、見事な方法論なのだ。

そういう音楽なんだから、当然、パコ・デ・ルシアは青筋立ててしゃかりきに演奏していると思っていたのに、Youtubeで見たのは、涼しい顔でギターを奏でる、ハンサムな死神博士だった。そのギャップにびっくりして、これは一度この目で見ないと、と考えたものだ。

その機会に恵まれないまま、パコ・デ・ルシアは旅行先のメキシコで急に亡くなった。
ギター・レジェンド、逝く。66歳。

せめて、彼の音楽を聴いて、思う存分鼻血を出そうと思う。

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2013年12月23日

アローン・トゥゲザー/ジム・ホール&ロン・カーター

Alone TogetherAlone Together

ジム・ホール(g)
ロン・カーター(b)

1972年録音

「アランフェス協奏曲」にしても、「アンダーカレント」「アローン・トゥゲザー」にしても、「ジム・ホールのアルバム」という感じがしない。演奏者の多いアランフェスはともかく、じゃあ「アンダーカレント」はビル・エバンスの、「アローン・トゥゲザー」はロン・カーターのアルバムなのか、と言われると、そういうわけでもない。ビル・エバンス&ジム・ホールの、ジム・ホール&ロン・カーターのアルバムだとして言いようがない。
演奏も名前も地味な、根っからの伴奏者。ジム・ホール。

囲炉裏のまわりで訥々と昔話を語っているみたいなこのアルバムを久しぶりに聴いて、ふと、ジム・ホールがみんなに聴かせたかったのは「ジム・ホール」ではなくて、「ミュージック」だったのではないか、と思った。昔話を語る人の名前は残らず、語られた昔話が何年も、何十年も人々の間に残っていく。ジム・ホールの音楽はそういうものだったのではないか。
ねえ、そうだったんですよね? ジム。
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2012年03月23日

ゴーイン・アウト・オブ・マイ・ヘッド/ウェス・モンゴメリー

Goin Out of My Head (Reis) (Rstr) (Dig)GOIN' OUT OF MY HEAD

ウェス・モンゴメリー(g)
ドナルド・バード(tp)
フィル・ウッズ(as)
ハービー・ハンコック(p)
ほか大勢

1965年録音

ビートルズのオリジナルアルバムは12枚しかないのだそうだ。一方ジャズではリーダーアルバムだけでも勘定しきれないというひとがざらにいるし、参加したアルバムまで含めるとそれこそ当人にもよくわからないんじゃないかと思う。まあ、どっちがえらいという話でもないのだけれど。
ただ、ジャズを聴くものとしては、作品の数がむやみに多いのはありがたいことなんだろうと思う。ふらりとCD屋に行って、「あ、ウェス・モンゴメリーの新譜(?)だ!」という楽しみを味わえるからだ。亡くなって40年以上になるのにね。

ウェス・モンゴメリーは小編成のじみーな演奏がこの人らしい味わいがあってぼくは好きだが、こういう賑やかなのも悪くないと思う。音に厚みがあるのに、どこまで行ってもきらびやかにならないのは、くすみのある、まるい音のせいだけじゃないと思う。偉い人なのに他を圧倒する迫力みたいなものと無縁なひとがたまにいるけれど、このひとはそういうタイプだったんじゃないだろうか。
ハンドのフレームに収まりながら、ときどき涼しい顔をしてアドリブを弾き上げる。結構ボリュームがあって楽しい。
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2012年02月06日

ウェス・モンゴメリー・トリオ

Wes Montgomery TrioTHE WES MONTGOMERY TRIO

ウェス・モンゴメリー(g)
メルヴィン・ライン(org)
ポール・パーカー(ds)

1959年録音

ぼくは小さいころ、わけもなく押入れに潜り込んで、ふとんの間でじっとしている、という妙な趣味があった。何をするわけでもなく、指一本ほど開いたふすまから差し込むあかりを眺めながら、遠くに聞こえる世界の物音を聞くともなく聞いていると、なんとなく落ちつくのだ。ぼくがここにいることを誰も知らない、と考えると、悲しいような、それでいて妙にうきうきするような、変な気持ちになった。ここにずっと隠れていたらどうなるだろう、出ていったら誰もいなかったらどうしよう。そんなことをぼんやり考えていた。

大人になって押入れには入りにくくなったが、どうもぼくの中には未だにそういう気分が残っているらしい。時々ふと、世界からちょっと距離を置きたい、と思うのだ。これといった理由もなく。

そんなときに、ウェス・モンゴメリーの音楽を聞くと、あの押し入れに潜っているような気分になることがある。世間のあかりや物音が小さく、遠くなる。やさしくて、暗く、あたたかくて、さびしい。ラウンド・ミッドナイト。そうか、ミッドナイトと押入れって、似ているんだな。
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2011年12月04日

アコースティック・ライブ/ヨショ・ステファン

Acoustic Live
acoustic live

ヨショ・ステファン(g)
ギュンター・ステファン(g)
マックス・シャーフ(b)
セバスチャン・レイマン(vln)
ほか

2005年録音

隣家のご隠居にもらって植えた庭のみかんの木が、去年から実を付けるようになった。木の高さもまだ背の丈くらいで、みかんの数だって知れたものだけれど、ちゃんとみかんの形で、みかんの味がする。あたりまえじゃねえかと言われればあたりまえなんだが、八百屋で買うのと同じ味のみかんが、自分の庭で木になっているというのはなんだか不思議だ。
八百屋のみかんは金を出して買う「商品」であり、自分の庭のみかんの木は自然のいきものだ。商品は甘くてあたりまえの気がするけれど、木に自然になった実が同じように甘いのは、ちょっとした奇跡みたいな気がするのだ。

音楽を聴いていても、同じように感じることがある。
おとの向こうにひとの呼吸や指のスピードを感じるとき、ああ、そうだ、これはひとががんばって作っている音楽なんだ、ということを思い出して、妙に感動したりする。音楽の本質とはあまり関係ない気分の問題に過ぎないのだけれど、ぼくにとってはけっこう大事だ。

ジャズが好きなのはそのせいなのかもしれない。
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2011年07月10日

ニルヴァーナ/バッキー・ピザレリ


NIRVANA

バッキー・ピザレリ(g)
ジョン・ピザレリ(g)
リン・シートン(b)
バーナード・パーディ(ds)

1995年録音


 これは演奏しているほうも楽しいだろうな。70近いはずだが、息子のジョンとの2本ギターで年甲斐なくばんばん行く。sing,sing,singなんか雄叫びが聞こえて来そう。がおー。
 
 バッキー・ピザレリの音楽は、牧歌的といえば言えるだろうけれど、男が年月を経て、いろいろなものを見てきて、いくつかの別れも経験して、それでもなお牧歌的でいられるとすれば、それはその男の強さの証明だ。ぼくはそう男たちを尊敬している。
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2010年02月27日

ギター・オン・ザ・ゴー/ウェス・モンゴメリー


Guitar on the Go
Guitar On The Go

ウェス・モンゴメリー(g)
メル・ライン(org)
ジョージ・ブラウン(ds)


1963年録音



 もし別のひとになれるとしたら誰がいいか・・・というのはありがちな妄想遊びだが、ジャズ・ミュージシャンになれるとしたら誰がいいか、と言われたら、ウェス・モンゴメリーなんかどうだろう、とぼくは思う。
 われながら地味目の選択だ。男だったらマイルス・デイビスになってブイブイ言わせるべきだとも思うし、サッチモやオスカー・ピーターソンになったら楽しそうだとも思う。ビル・エバンスになって女性ファンにもてもて、というのも悪くない。でも、さあどうする、といわれたら迷った挙句、土壇場でウェス・モンゴメリー、と言いそうな気がする。


 詳しくは知らないが、売れる前はずいぶん苦労をしたようだし、売れ出したあともあっさり早死にしてしまうのだから、まあ楽チンでゴージャズな人生というわけではなかったのだろう。ジャズに大きなインパクトを与えた人であることは間違いないが、大物らしい派手さや煌びやかさには無縁で、どこまでいっても泥臭い。
 にもかかわらず、このひとが静かに椅子に腰掛けて、あいまいに微笑みながら音楽をつむぎ出すところを見ていると、やっぱりウェス・モンゴメリーがいいかな、と思う。なんだかそこには、とても大切なものがある気がするのだ。


 もしぼくがウェス・モンゴメリーになったら、誰も知らない世界の片隅の街角でひとりでギターを弾いてみたい。オクターブ奏法のことなんか何も知らないそこらのにいちゃんがしばらく演奏を聴いていて、それで言うのだ。「おっさん、上手いじゃん」。

 なんかそれで十分だという気がする。
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2009年11月22日

ライブ・アット・ザ・ライトハウス/グラント・グリーン


Live at the Lighthouse
Live at The Lighthouse

グラント・グリーン(g)
クラウディ・バーティ(ss,ts)
シェルトン・レスター(org)
ゲリー・コールマン(vib)
ウィルトン・フェルダー(b)
グレッグ・ウィリアムス(ds)


1972年録音



 最初はひでえジャケットだなあ、と思ったけれど、聴いているうちに、ああ、これでいいんだ、これしかないんだ、という気分になってきた。高いイタリア製のスーツを着れば、猫でも杓子でも立派に見えるというわけではない。似合う、というのは物事の本質と見かけが分かちがたく結びつくことをいうのであって、そういうことが起きたときに、そのものの見かけは強い印象をぼくらに残す。このアルバムみたいに。

 それはたぶん、音楽そのものにも言えることなんだろうと思う。グラント・グリーンというひとが「中身」で、音楽がその「見かけ」だ。だとすれば、グラント・グリーンに似合った音楽というものがあるはずで、このアルバムにパッケージされているのはたぶん、そういうタイプの音楽なのだ。
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2009年10月04日

ノクターン/チャーリー・ヘイデン


ノクターン
Nocturne

チャーリー・ヘイデン(b)
ゴンサロ・ルバルカバ(p)
ジョー・ロヴァーノ(ts)
フェデリコ・ブリト・ルイス(vio)
パット・メセニー(g)
イグナシオ・ベロア(ds)



 なだらかで優しげな、イルカ同士みたいに似た曲想の演奏が続くので、アルバム1枚通して1曲みたいな感じがする。静かにして聴いているとだいたい途中で寝てしまう。ぼくにとっては「夜想曲」というより「子守歌」だ。

 といっても退屈という意味ではない。ゴンサロ・ルバルカバが早弾きを封印して、輪郭のはっきりした端正な音の粒で綴っていくバラードは、格調高い文芸恋愛小説みたいな風格がある。チャーリー・ヘイデンも、むかしはもっとヒネた音楽をやっていたような気がするけれど、こころを入れ替えたらしい。

 こういう音楽こそ、気力体力の充実しているときに正座して聴くべきかもしれない。
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2009年08月09日

フリヴァラス・サル/サル・サルヴァドール


フリヴァラス・サル(K2HD紙/ジャケット仕様)
FRIVOLOUS SAL 

サル・サルヴァドール(g)
エディ・コスタ(p,vib)
ジョージ・ルーマニス(b)
ジミー・キャンベル(ds)

1956年録音


 変わった名前のギタリストは名前だけは知っていたけれど、お目当ては脇役のエディ・コスタのほう。相変わらずのドンドコいう太鼓みたいなピアノはもちろん、ちょっととぼけた味わいのあるヴァイブも快調で嬉しい。欲をいえばもっと目立って欲しいけれど、リーダーアルバムではないしそれはわがままというものだろう。でも「All the Things You Are」みたいな演奏がたっぷり聴ける、ヴァイブのほうのリーダー作も作って欲しかったなあとやっぱり思う。
 

 で、肝心のリーダーのほうだけれど、FRIVOLOUSというのはつまらない、取るに足らない、という意味なんだそうだ。「つまらないサル」というタイトルを自分のアルバムにつけるとは、よっぽど自信過剰の目立ちたがりか、それともそのままM気質か、どちらにしても若干警戒気味で聴いていたのだが、普通だった。シングルトーンでメロディを綴っていく、グラント・グリーンをもうちょっと器用にして、塩もみして水にさらしてアクを抜いた感じ。英語のニュアンスはわからないけど、「つまらない」というよりは、今時の女子高生あたりがよく使う「フツー」という語感に近いんじゃないだろうか。取り立てて好みというわけじゃないが、別に遠ざける理由があるわけでもない、というポジションである。

 実は女子高生に「フツー」と言わせるのは、結構難しいんじゃないかとぼくは思っている。
 
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2009年07月04日

チョップス/ジョー・パス&ニールス・ペデルセン


Chops
CHOPS

ジョー・パス(g)
ニールス・ペデルセン(b)

1978年録音



 ひとつ楽器ができるようになるとしたら何がいいだろう、と妄想することがある。アルト・サックスだな、何しろ楽器がきれいだし、と思うこともあれば、やっぱ花形はトランペットだろトランペット、と思うこともある。トロンボーンの豪快さに憧れることもあれば、ピアノをこんな風に弾けたらどんなに楽しかろう、と思うこともある。ギターのひょうひょうとした余裕が何よりもかっこいいと感じることもある。
 で、ニールス・ヘニング・エルステッド・ペデルセンのベースを聴いていると、やっぱり男は黙ってウッドベースだ、と思う。

 もちろんニールス・ペデルセンのベースは、男は黙って、という感じじゃない。ベースのソロはなんとなく上ずって線が細くなることがよくあるけれど、この人の場合はバックで野太く朗々と歌っているベースがそのままごんごんと前に出てくる。どうやって弾いているんだろうと思うような超絶テクニックで、ぼくみたいな素人でも誰だこれとジャケットを裏返すくらい目立つ。これも名手、ジョー・パスと、逃げも隠れもしない一対一の打ち合いをやらかすこのアルバムなんかを聴いていると、その凄さがよくわかる。

 にもかかわらず、ペデルセンのベースが本当に輝くのは、やはり誰かのバックについて、野太く浪々と歌っているときだ。そればペデルセンどうこうではなくて、ベースという楽器の宿命なのかもしれない。ペデルセンがどう思っていたかもぼくは知らない。
 それでもぼくはペデルセンを聴くたびに、ウッドベースに憧れる。誰かのバックスペースで、でも野太く、朗々と自分の歌を歌うのは、かっこよく得難いことのように思うのだ。
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2009年06月20日

テキーラ/ウェス・モンゴメリー


テキーラ(紙ジャケット仕様)
Tequila

ウェス・モンゴメリー(g)
ジョージ・ディヴェンス(vib)
ロン・カーター(b)
グラディ・テイト(ds)
レイ・バレット(conga)


1966年録音


 年のせいかもしれないけれど、最近、後期のイージー・リスニング路線と言われた頃のウェス・モンゴメリーが妙に浸みてくる。熱気が引っ込んだぶん、使い込まれた家具みたいな艶と侘びさびが出てきて、いい感じなのだ。押しつけがましいところがなく、こういう気分の時に何を聴いたらいいんだ、みたいな状況で引っ張り出してきても、外れない。

 コンガが入ったり、ストリングスが入ったり、彩りは賑やかだけど、編曲のセンスなんだろう、使いどころをわきまえていて、目がチカチカするようなところはない。同じ年の録音でヒット作となった(らしい)「夢のカリフォルニア」はオーケストラの中のウェス・モンゴメリーという感じが強いけれど、こちらはもっとこじんまりと、トリオから小編成のコンボという感じで聴ける。
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2009年05月03日

グルーヴ・ヤード/ウェス・モンゴメリー


Groove Yard
GROOVE YARD

ウェス・モンゴメリー(g)
バディ・モンゴメリー(p)
モンク・モンゴメリー(b)
ボビー・トーマス(ds)

1961年録音


 ウェス・モンゴメリーはやっぱり、こういう地味な演奏が味があるなあ、と思う。わざわざそれ目当てで出かけていくひとはいないけれど、そのくせかじり始めると止まらない、スルメのあぶったやつみたいな音楽だ。
 スルメのあぶったやつには、商業的な野心も、高踏的な芸術性も、強烈な自己アピールもない。ただ誠実にスルメのあぶったやつであろうとする、それ自体がスルメのあぶったやつの存在理由だ。平穏で安定した世界の象徴。

 ウェス・モンゴメリーがずっとこういう音楽ばっかりやってたとしたら、人気が出たかどうかはわからない。でもこういう、世界の細かいひび割れにじんわりとしみこんで知らずに修繕してしまうようなタイプの音楽は必要なのだ。それはかなり大切なことなのではないかと思う。
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2008年11月05日

ポートレイト・オブ・ウェス/ウェス・モンゴメリー


Portrait of Wes
Portrait of Wes

ウェス・モンゴメリー(g)
メル・ライン(org)
ジョージ・ブラウン(ds)

1963年録音


 連休に日本の隅っこのほうで釣りをしていた。あちこちから集まってきたいい大人たちが、でかいのが釣れただの、いや小さいだの、こないだ俺の釣ったのはすごかっただの、あっちのほうが釣れそうだだの、それはともかく腹減っただの、およそ誰の役にもたちそうもないことで大騒ぎをしているのを見ていたら、ふとこういうところで暮らすのも悪くないなと思った。そのせいか都会に戻ってきても調子が出ない。居眠りしたわけでもないのに電車を乗り過ごして、隣の駅まで行ったりしている。


 こういうときにはウェス・モンゴメリーがいい。あの丸い音の、どこか泥臭く哀しげで、マイナーな感じが、病み上がりの重湯みたいに染みるのだ。それもできれば小さいユニットがいい。オルガンのメル・ラインと組んだトリオがあれば何よりだ。秋の夜長にひとり聴いていると、なんだか背中を丸めてこたつに当たりながら、こぶ茶を飲んでいるような気分になってくる。
 
 元気が出るかどうかはまた別問題だけれど、そういう音楽が必要な夜だってあるのだ。
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2008年10月02日

ディア・ミスター・コール/ジョン・ピザレリ


ディア・ミスター・コール
Dear Mr.Cole

ジョン・ピザレリ(vo,g)
ベニー・グリーン(p)
クリスティン・マクブライド(b) 

1994年


 ぼくが一番気に入ったのは5曲目の「Sweet Georgia Brown」。パワフルで、疾走感があり、それでいてさわやかで、春先の嵐みたいなギターだ。が、歌のほうで有名なジョン・ピザレリが、しかもせっかくナット・キング・コールに捧げたアルバムなのに、このトラックは数少ないボーカル抜きだ。うまいと評判のラーメン屋に行ったのに、一緒に頼んだ餃子のほうが気に入っちゃったみたいなもので、若干後ろめたい。

 ちょっと鼻にかかった感じの、甘くて軽いマカロンみたいな感じのボーカルが苦手というわけではない。ちょっと危なげなさ過ぎる感じはするけれど、それは味のうちなのだろう。高速のユニゾン・スキャットを聴いていると、このひとの歌が片手間ではないことはよくわかる。
 だが、それ以上に、このひとの渾身のギターが面白そうだ。カクテルグラス片手に壁に寄りかかって、まあ、ちょっと寄っていきなよ、と言い出しそうな余裕は確かにモテそうだけれど、ぼくとしてはむしろ、スイングしてはじけちゃった伊達男、という図を見てみたい。そっちのほうがきっと友達になれる。
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2008年09月05日

ベース・オン・トップ/ポール・チェンバース


ベース・オン・トップ+1
BASS ON TOP

ポール・チェンバース(b)
ケニー・バレル(g)
ハンク・ジョーンズ(p)
アート・テイラー(ds)

1957年


 仕事の合間に、最近できたジャズ喫茶に行ってみた。明るい色のつるつるとしたテーブルに肘をついて、アニタ・オディを数曲、知らないボーカルものを少し、ロマンスグレイのおじさんがリクエストした「カインド・オブ・ブルー」のA面を途中まで。それで時間切れ。サラリーマンはせわしいのである。
 考えてみると、ジャズ喫茶に行くのはずいぶん久しぶりだ。それで、思い出した。
 ジャズ喫茶で飯を食うもんじゃない。


 最近、音楽はヘッドホンでばかりだが、ベース、特にウッドベースは、大きいスピーカーで、大音量で聴きたい。どんなに高額なヘッドホンでも、ウッドベースの骨身に染みる空気の揺らぎや音圧は再現できないからだ。といっても我が家の音響システムは、高校生のときにアルバイトして買ったスピーカーが現役だし、ターンテーブルの代わりにiPodだし(もっともぼくにはアナログレコードとiPodの音の違いがわからない気もするが)、だいたい夜中にそんな大きな音を出したら近所迷惑だ。
 というわけで、ジャズ喫茶の大きなスピーカーで、ポール・チェンバースあたりを心ゆくまでを聴いてみたい、というのが最近のささやかな願いだ。セロ弾きのゴーシュじゃないが、血の巡りがよくなって抜け毛が減ったり、頭がよくなったりするかもしれない。


 そのためには、せめて自分のリクエストがかかるまでは店に腰を落ち着けていられる、物理的かつ心情的な隙間が必要だな。
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2008年09月04日

シャット・ユア・マウス!/スラム・スチュアート


Shut Yo Mouth
SHUT YO' MOUTH!

スラム・スチュアート(b)
メイジャー・ホリー(b)
ディック・ハイマン
オリバー・ジャクソン

1981年録音

 築30年になる我が家はあっちこっちに隙間があるらしく、居間の壁にセミが止まって鳴いていたり、電話機の上でカマキリが仁王立ちしていたり、何かが寝室をばさばさ飛んでいるので捕まえてみたらコウモリだったりする。軒下にはスズメの巣もあるらしい。まっくろくろすけも、どこかに住んでいるだろう。
 こういうのは居住性能や資産価値の向上にはあまり役立たないし、ほかの点でも特にメリットがあるとは思えないが、住んでみるとこれはこれでおもしろい。いまどき雨漏りするとか、風が強いと雨戸ががたがたうるさくて寝ていられないとか、何度数えてもスイッチのほうが照明の数より多いとか、そういうのもこの家の味のうちである。
 ものごとが気に入るというのは、要はそういうことではないだろうか。新築建売3LDK日当良好駅徒歩5分買物至便、といった文脈でのみ善し悪しが語られる世の中は、きっとずいぶん退屈だろう。

 世の中にはベースを弓弾きしながら鼻歌を歌うという妙な芸風の人がいて、ぼくはそんなのはスラム・スチュアートくらいだろうと思っていたのだが、そうではなかった。このアルバムの相方のメイジャー・ホリーも、ベース奏者の鼻歌ニストである。
 (ベース+鼻歌)×2。

 こういう変な音楽がこの世界に必要なのか、えっどうなんだ?と詰め寄られたら、気の弱いぼくは唇を噛んで下を向いてしまいそうだが、少なくともこういうものごとを収容する世界の隙間、あるいは余裕のようなものは必要なのだとぼくは思う。隙間がないとセミやコウモリは入ってこない。いや、そんなの入ってこなくていいよ、というひとも多かろうが、まあそういわず、一度体験してみてはいかがだろう。
 家の中で網を振り回してセミやコウモリを追いかけるのも、たまには楽しい。
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2008年08月02日

ボウイン・シンギン・スラム/スラム・スチュアート


Blowin Singin Slam
BOWIN' SINGIN' SLAM

スラム・スチュアート(b)
ジョニー・ガニエリ(p)
エロール・ガーナー(p)
サミー・ウェイス(ds)

1944〜45年録音


 ライオネル・パンプトン楽団の伝説の名演「スターダスト」で4番目にソロをとるのがスラム・スチュアート。ハナがたれそうなソロがアルト、トランペット、テナーと続いた後にベースソロだから、これはちょっと休憩かな、と思うとそうではない。ベースを弓弾きしながら鼻歌を歌う、という妙なスタイルが、リラックスした曲想にまるでジグソーパズルの一片みたいにぴたりとはまる。ぼくはこの1曲で、スラム・スチュアートの名前を覚えた。


 こういう音楽を聴いていると、音楽ってこれで十分なんじゃないだろうか、と思うことがある。ぼくたちはいろいろと考えて新しいものを作りだし、絶え間なくずんずんと前に進んできたわけだけれど、実は必要なものはずいぶん前に生み出され、そこで止まってもとくに問題なかったんじゃないだろうか。音楽に限った話ではないけれど。


 もちろんそれは幻想、気の迷いみたいなものではある。どんなものも古びていき、作られたときそのままの香気を永遠に保っておくことは難しい。新しいものが生み出されなければ、この世界はずいぶん退屈で味気ないものになっていただろう。

 とはいえ、夏の休日の昼飯前に、半世紀以上前に吹き込まれた世界の鼻歌に耳を傾けるのもそう悪いことではないと思う。
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2008年07月05日

ミッドナイト・ブルー/ケニー・バレル


ミッドナイト・ブルー+2
Midnight Blue

ケニー・バレル(g)
スタンリー・タレンタイン(ts)
メジャー・ホリーJr(b)
ビリー・イングリッシュ(ds)
レイ・バレット(conga)

1963年録音


 真夜中、というのは特別な時間だ。誰にでもやってくるわけではない。多くの人は眠っていて、「真夜中」は枕元を通り過ぎてしまう。一部の宵っ張りだけが、この時間を知っている。
 昼がモノや価値を生み出すために働く時間で、夜が身体を休める時間だとすれば、真夜中はそのどちらでもない。あってもなくてもよく、意味を生み出す必要はない時間。真っ当な人間の一日からは切り離された盲腸みたいな時間。そういう必要のない時間が、必要だと思うことがときどきある。

 そういう時間帯には、「元気が出て、明日も一日がんばろうと思えるようなポジティブ音楽」なんか聴きたくない。なんかもっと後ろ向きで、ダルくて、ヤバい音楽が聴きたい。つまり、真夜中みたいな音楽が聴きたいのだ。
 このアルバムなんてどうだろう?

 かつては宵っ張りの朝寝坊だったぼくも、最近はすっかり朝方の生活が身に付いて、11時を過ぎると眠くなる。健康的ではあるが、必要のないものが不足している気がしてならない。
 人はパンのみでは生きられないのだ。
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2008年07月05日

マッチブック/ラルフ・ターナー&ゲイリー・バートン


Matchbook
Matchbook

ラルフ・ターナー(g)
ゲイリー・バートン(vib)

1974年録音


 マッチブックってなんだろう、と思って調べたら、ジャケット写真にある、紙マッチのことをそう呼ぶらしい。

 煙草を吸っていたころ、ぼくはマッチ派だった。ライターはしょっちゅうどこかに置き忘れて不経済、というものあったけれど、マッチを摺って煙草に火をつけ、ふとふりして火を消して、という古くさい一連の手続きが、なんとなく好きだったのだ。それもできれば紙マッチ。1本を二つに折り曲げて横薬に滑らせて点火し、指先で弾いて火を消す、という一連の動作を、片手で素早くこなせるように練習したこともある。もちろんそんなものを習得したところで何のメリットもないのだけれど、それを言うなら煙草を吸うこと自体、何のメリットもない。


 このアルバムにマッチブックという名前がついている理由はよくわからないけれど、ぼくはこの音楽を聴いていて、マッチを消した後に香る、きな臭いような、懐かしいような、変な匂いを思い出した。
 そういえば、煙草をやめてずいぶんになる。マッチの匂いも最近は嗅ぐこともない。煙草はもう吸いたいとは思わないが、消したマッチの一筋の煙とあの匂いがふと懐かしくなることはたまにある。
 それはぼくにとって、「煙草を吸っていた時代」のシンボルみたいなものなのだ。きっと。
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2008年04月12日

フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ/スーパー・ギター・トリオ


フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ〜スーパー・ギター・トリオ・ライヴ!
Friday Night in San Francisco

パコ・デ・ルシア(g)
アル・ディ・メオラ(g)
ジョン・マクラフリン(g)

1980年録音


 てめえら人間じゃねえ。

 
 いずれ劣らぬ当代の名手3人の生ギター。すさまじい音の嵐が目の前で、みるみるうちに加速する。限界は見えない。音速の壁を易々とぶち抜き、ソニックブームが観客席をなぎ払う。たまらなくなったオーディエンスが「ぎょえー」「うきゃー」と悲鳴する。無理もない。
 音楽は軽業ではないけれど、心の早さや熱さに指がついてこなければ、伝えるべきものの何割かは奏者の外には出て行かない。テクニックとはつまり、そういうものなのだ。

 好きな音楽のジャンルにかかわらず、このアルバムは一度聴いておいて損はない。人間の能力というものについて認識を新たにするとともに、きっとあなたも叫ぶだろう。

 ぎょえー。
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2008年03月05日

ア・デイ・イン・ザ・ライフ/ウェス・モンゴメリー


ア・デイ・イン・ザ・ライフ
A DAY IN THE LIFE

ウェス・モンゴメリー(g)
ハービー・ハンコック(p)
ロン・カーター(b)
グラディ・テイト(ds)


1967年録音



 ウェス・モンゴメリーはもともとよく歌う聴きやすいギターを弾く人だが、その音楽キャリアの後半戦ではイージー・リスニング路線のアルバムをたくさん出すようになり、それでジャズの枠をはみ出して人気に火がついたらしい。このアルバムはそのころのもので、ストリングスやハープも入った贅沢な編成だ。曲目にはビートルズも入っていたりする。

 こういうパターンでは何を言われるか聴く前からだいたい決まっている。ダラクだ、商業路線だ、もうジャズじゃない、ギラギラしたアドリブをやっていた若い頃が、云々。
 実はぼくもそう思っていた。ちょっと前のアルバムに比べると、額縁にちんまりと収まりきってつまらない。迫力という点では、スキューバダイビングで珊瑚礁の魚を見に行くのと、熱帯魚水槽を眺めているのくらいの差がある、そう思っていた。

 ところが何度も聴いているうちに、ちょっと感じが変わってきた。

 確かに以前に比べると音数も少ないし、熱や風圧はあまり感じない。自由奔放ともいえない。が、その代わりに、一音一音の密度はむしろ高まっているような気がする。整理され、方向を整えられた結晶みたいに。抑えたストリングスもギターを邪魔していない。甘い感じはもちろんするけれど、噛みごたえはしっかりしているのである。この感じ、どこかで・・・と思っていたら、MJQと雰囲気が似ているのだった。

 今ではすっかり愛聴盤だったりする。

 意外だったのは、ピアノがハービー・ハンコック。ちょっとびっくり。
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2008年02月26日

ポール・ウィナーズ/バーニー・ケッセル


Poll Winners
THE POLL WINNERS

バーニー・ケッセル(g)
レイ・ブラウン(b)
シェリー・マン(ds)

1957年録音


  ギターのバーニー・ケッセル、ベースのレイ・ブラウン、ドラムスがシェリー・マン。1956年のアメリカジャズ界の楽器別人気投票のトップがこの3人らしい。投票を英語でpoll、その勝者だからTHE POLL WINNERSなのだが、ジャケット写真で3人が棒=poleをかかえてはしゃいでいるのは、要はだじゃれ。そういえば昨日紹介したOverseasも、ジャケットにCの字が一杯あって、overC'sというオヤジギャグらしい。誰だこういうこと考えるの。


 ギャグのセンスはともかく、中身はとてもいい。ピアノレスのため音空間に十分な余裕があって、空気に消えていく弦の名残まで聴こえるようだ。三人三様の至芸をゆっくり、しっかり、たっぷり楽しめる。
 それにしても、ジャズにおけるピアノというのは偉大な楽器だ。ピアノだけでも何杯でもおかわりができ、ピアノさえしっかりしていれば、他がヘボでもそれなりには音楽になる。逆にピアノのフレームを外してしまえばもはやごまかしは効かず、素材一本の勝負になる。たとえば悪いがすっぴんのミス・ユニバース大会みたいなものだ。そこで勝つ美女が、本当の美女である。
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2008年02月03日

ジャズ・ギター/ウェス・モンゴメリー


Jazz Guitar
jazz guitar

ウェス・モンゴメリー(g)
ハロルド・メイバーン(p)
アーサー・ハーパー(b)
ジミー・ラブレース(ds)

1965年録音


 聞いたことのないアルバムタイトルで(インクレディブル・ジャズ・ギター、は別のアルバム)、ざっと調べた限りでは、ウェス・モンゴメリーのディスコグラフィーにこの名前のアルバムが見あたらない。しかもAmazonでは新品で879円だった。ひょっとしてウェス・モンゴメリーのニセモノが演奏しているのではないかと思いつつ、半信半疑で購入したら、これがスゴいのだった。


 おとなしめで木訥な印象のあったウェス・モンゴメリーがアクセル全開で弾きまくる。録音はあまりよくないが、熱風が吹き出してくるようなアルバムで、その意味ではインクレディブル・・・より凄いかもしれない。肝をつぶして呆然と聴いているとあっという間に終わってしまう。なんなんだこれは。


 いろいろ調べたところでは、どうも1965年のパリでのライブ録音から、さらに何曲か取り出したベスト版らしい。このコンサートの国内版は「ソリチュード」というタイトルで2枚組で出ていたようだが廃盤になっており、あきらめきれずにさらに調べていたら録音日から見て「Complete Live in Paris 1965」というのがどうも同じ録音らしいのだが、どういうわけか「ソリチュード」とは微妙に曲目や曲数が異なっている。ああややこしい。聴いてみればわかるだろう。たぶん。
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2007年12月09日

道/パコ・デ・ルシア


Solo Quiero Caminar
SOLO QUIERO CAMINAR

パコ・デ・ルシア(g)
ペペ・デ・ルシア(vo)
ジョージ・パーデ(fl、as)
ラモン・デ・アルゲシラス(g)
カルロス・ベナベンテ(b)
ルベン・ダンタス(parc)


1980〜81年録音


 世界にはギターの神様と呼ばれるひとが何人かいるらしいが、ぼくはスペインにもひとりいると思う。


 パコ・デ・ルシアはジャズやクラシックなど幅広い分野で活躍するギタリストだが、根っこはフラメンコだ。ぼくは伝統的なフラメンコのことは何も知らないが、パコ・デ・ルシアを聴いていると「揺らめく炎に照らされた舞台で、バラをくわえた黒い瞳、黒髪の美女が片手を頭の上にあげて、ヒールで床を踏みならす」というマンガみたいなフラメンコのシーンで頭の中がいっぱいになって、いくらぶるぶるしても消えなくなる。で、白昼夢の中の美女がそのまま踊り狂うので、ぼくも思わず自分の部屋で手拍子足拍子で調子をとったりして、あとで妻に「何どたばたしてたの?」と問いつめられたりするのだ。

 ジョン・マクラフリン、アル・ディ・メオラと組んだ「スーパーギタートリオ」の演奏が有名で、もちろんそれもチビるくらい良いのだが、パコに興味を持ったなら、このアルバムも一聴の価値はある。ぼくは20年近く聴いているが、未だにじっと聴いていられない。

 ギターという楽器で何ができるか、というより、何ができないのかを、パコ・デ・ルシアに聞いてみたい。
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2007年12月02日

タル/タル・ファーロウ


タル
TAL

タル・ファーロウ(g)
エディ・コスタ(p)
ヴィニー・バーク(b)

1956年録音



 変な名前だ。タル・ファーロウ。タル。Amazonで検索したら一番上に出たのは 「まじかる☆タルるートくん コンプリートDVD VOL.1【初回生産限定】」だった。
 ガイドブックで見て、変な名前は覚えていた。で、ある日、このアルバムの相棒がお気に入りのエディ・コスタであることを知って、買うことにした。
 その日からヘヴィ・ローテーション入りをした1枚。


 太めで固めで腰の強い、素っ気なく聞こえるけれどかみしめるとじんわりとダシの香る、さりげなく超一流の素材とテクニックに裏打ちされた、まるで讃岐うどんの名品みたいなギターだ。しかも食べやすくて腹にたまる。飽きない。
 こういううどん、じゃなくてギターは、あまりごちゃごちゃ薬味を入れず、上質の生醤油と畑から抜いたばかりのネギでシンプルに、野太く食いたい。そういう意味ではこのトリオは正解だ。エディ・コスタのじょんがら三味線みたいなこれまた太くて低い、どんどこするピアノも絶品で、「ハウス・オブ・ブルーライツ」が気に入った人にも勧めたい。
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2007年11月20日

ジョーズ・ブルース/ジョー・パス+ハーブ・エリス


Joe's Blues
JOE'S BLUES

ジョー・パス(g)
ハーブ・エリス(g)
モンティ・バドウィグ(b)
コリン・ベイリー(ds)

1968年録音



 たまに、こんな風に楽器を演奏できたら楽しいだろうなあ、と思わせる音楽に出会うことがある。もちろん音楽は多かれ少なかれそういう部分を持っているわけだが、それがとりわけ強く感じられるのだ。聴いているのも愉快だが、演奏しているほうはもっと面白いに違いない。
 このアルバムなんかはその好例と言えるんじゃないだろうか。名手ふたり、ジョー・パスとハーブ・エリス。丁々発止の掛け合いという感じはしない。笑い声と雑談が聞こえないのが不思議なくらいくつろいで、しかし聞こえてくるのは名人芸。超絶技巧の口笛という風情だ。

 こういう音楽が生み出せるということは、当人にとってはそれだけで福音だと思う。プロであろうと、なかろうと。
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2007年10月28日

アイドル・モーメンツ/グラント・グリーン


アイドル・モーメンツ+2
IDLE MOMENTS


グラント・グリーン(g)
ジョー・ヘンダーソン(ts)
ボビー・ハッチャーソン(vib)
デューク・ピアソン(p)
ボブ・クランショウ(b)
アル・ヘアウッド(ds)

1963年録音



 一曲目のタイトル曲。初めて聴くはずなのに、どこかで聴いた気がしてしょうがない。で、ふと気づいた。
 ジャズを聴き始める前、あまり根拠もなく、ぼくはジャズというのはこういう音楽だと思っていたのだ。それをいま聴いているのだ。

 ブルーで、レイジーで、雨と蒸気と夜の匂いがする音楽。夢ではあるが悪夢に近く、美しいけれど危険で、近寄らないで済むならそれにこしたことはない。が、音楽でも人間でもこういうタイプの魅力の持ち主はいるし、一方「ペンキ塗りたて」をつついてみずにはいられないタイプの聴衆もいつの時代も絶えることはない。まあ、こればっかりはしょうがない。なにがしょうがないのかよくわからないけれど。



 こういう音楽は、できれば冬の夜に、それも可能なら雨の夜に、一人きりで部屋にこもって、トレンチコードを着て襟を立て、ついでにソフト帽を目深に引き下ろして、ショットグラスのウィスキーを舐めながら(こういうときにはキスチョコとかアタリメとかをつまみにしてはいけない)聴くとよろしい。なにがよろしいのかよくわからないけれど。
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2007年09月26日

直立猿人/チャールズ・ミンガス


Pithecanthropus Erectus (Dig)
Pithecanthropus Erectus

チャールズ・ミンガス(b)
ジャッキー・マクリーン(as)
J.R.モンテローズ(ts)
マル・ウォルドロン(p)
ウィリー・ジョーンズ(ds)

1956年録音


 ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリが組んだ「アンダルシアの犬」という短編映画がある。素っ頓狂なイメージが連続するへんな映画だ。たとえば。

 背の高い男が道の真ん中につったって、じっと自分の手のひらを見ている。傍らからのぞき込んでみると、手の平に穴が開いていて、そこから大きな黒い蟻が出たり入ったりしている。
 それから男はいきなり車に轢かれてしまう。


 ぼくはこの映画をケケケと笑いながら観ていたのだが(オールナイトの疲れでハイになっていたのかもしれない)、ふと気づくと回りは誰も笑っていなくて、ちょっとぞっとした記憶がある。


 このアルバムを聴いて、ふとそんなことを思い出した。
 本来は眉間にしかるべきシワなど寄せつつ、哲学的な思考をめぐらしつつ、腕組みして聴くべき名盤なのかもしれない。が、ぼくにとってはなんだか笑っちゃう、愉快なアルバムなのだ。何やってんだろなあ、という感じで。
 

 チャールズ・ミンガスのベースってのは、音に質量があっていいな。宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」にヤマネ(だっけ?)の子どもをセロに入れてゴウゴウ弾くと、その振動で身体が温まって元気になる、という話が出てくるけれど、ゴーシュが忙しいときはヤマネの子どもはミンガスのベースに入れてもらうといいと思う。
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2007年09月23日

ニューヨーク・コンチェルト/増尾好秋


ニューヨーク・コンチェルト(紙ジャケット仕様)
NEWYORK CONCERTO

増尾好秋(g)
ジョー・チェンバース(ds,vib)
ソニー・フォーチュン(as,fl)
ケニー・バロン(p)
エディ・ゴメス(b)
レイ・マンティラ(perc)

1981年録音


 勉強もスポーツもそこそこできて、ルックスも70点くらい、ひとあたりがよく誰からも好意を持たれ、友達が多くてそれも優等生タイプからちょい悪系(?)まで幅広い、というタイプがクラスにひとりくらいいなかっただろうか?
 たぶん、増尾好秋はそういうタイプだ。


 もちろんそれは悪いことじゃないし、クラスでは人気者になるに違いないが、残念ながらジャズの世界ではいまひとつ目立たない。スイカに塩が必要なように、ジャズという音楽にはどこかしら、苦みのようなもの、陰の区画、間の抜けた部分が必要なのではないかと思うことがある。


 増尾好秋のギターからは、普段はそうした要素はあまり感じないのだけれど、このアルバムは例外だ。一曲一曲はそれなりにキャッチーで、リラックスしていて、いつものようにチャーミングなのだが、その一方でどことなくアンバランスで、ちょっと危ない感じがする。そのとんがった部分がひっかかって、繰り返し聴いても飽きないのだ。ひょっとしたら、けがの功名なのかも知れないけれど。


 15分を超える「アランフェス協奏曲」ではいつも涼しい顔の優等生、増尾好秋が、ギター弾きの意地を見せる。それはもちろん、増尾好秋的ではあるけれど、ひとつのほむらの形であることは確かだ。
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2007年08月23日

アランフェス協奏曲/ジム・ホール


アランフェス協奏曲
CONCIERTO

ジム・ホール(g)
チェット・ベイカー(tp)
ポール・デスモンド(as)
ローランド・ハナ(p)
ロン・カーター(b)
スティーブ・ガッド(ds)

1975年録音



 このアルバム、何回聴いたかわからないなあ、と思っていたら、いまはわかるのだった。iPodを買ってから74回。ということはいま聴いているのが75回目か。すると、LP時代、CD時代を通して400〜500回というところだろうか。
 ・・・こういうことがわかるのって、なんだかつまらん。世の中にはもう少し謎があってもいい。



 どの曲もいいのだが、やはり最後の「アランフェス協奏曲」が絶品だ。ジム・ホール、チェット・ベイカー、ポール・デスモンドという、いずれ劣らぬバラードの名手が集まっちゃったもんだから、しかも題材がそれでなくても哀愁たっぷりの「アランフェス」と来ているもんだから、本当にやりたい放題だ。
 これだけやってくれればカネを払って惜しくない。


 何回聴いたかはともかく、これだけ聴いて飽きないのだから、きっと死ぬまで飽きないだろう。死ぬ間際に結局何回聴いたかチェックしてみようと思う。
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2007年08月08日

ウィチタ・フォールズ/パット・メセニー


As Falls Wichita So Falls Wichita Falls
As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls

パット・メセニー(g)
ライル・メイズ(p)
ナナ・ヴァスコンセロス(ds)

1980年録音



 アルバム名:

  アズ・フォールズ・ウィチタ、ソー・フォールズ・ウィチタ・フォールズ




 覚えられるか!


 おかげでぼくはこのアルバムを20年探したのだ。マジで。




 最初に出会ったのはレンタルレコードで、手当たり次第に借りてきた何枚かの中に紛れ込んでいたのだと思う。ぼくはこのアルバムがいたく気に入ったのだが、パット・メセニーという名前と、ビル・エバンスに捧げた「9.15」というきれいな曲が入っていることしか覚えられなかった。
 で、たぶん同じ頃に聴いた、メセニーの別のアルバムとこんがらがったのだろう。ずっと「アメリカン・ガレージ」だと思い込んでいた。


 後になって「アメリカン・ガレージ」を聴いて、ショックを受けた。こ、これじゃない!
 アメリカン・ガレージだっていいアルバムだが、こっちはカントリーっぽいとっても陽気な1枚だ。原節子だと思って声をかけたら中川翔子だったという感じのショックだった。いいたいことが伝わるかよくわからない例えだけど。


 こうなるとパット・メセニーだったことも怪しくなってくる。
 結局、見つからないまま時は過ぎて、探し当てたのはAmazonであれこれ検索できるようになってからだった。「ジャンボ・カリベ」同様、ジャケットが決め手だった。


 で、ぼくは20年ぶりに9.15(September Fifteenth)を聴きながら、今度からちゃんとメモを取ろう、メモを取るのならついでだからブログに残しておこう、と思ったのだった。
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2007年07月26日

ボス・ギター/ウェス・モンゴメリー


ボス・ギター(+2)
BOSS GUITAR

ウェス・モンゴメリー (g)
メル・ライン (org)
ジミー・コブ (ds)

1963年録音


 大変な名手なのに、しゃれた感じがしないのは人徳(?)なのだろうか。ぼくはこの人のギターを聴くといつも「古漬けの茄子の漬け物」を思い出す。どうしてなのか自分でよくわからないんだけど。
 木訥で、静かで、よく歌うギターだ。


 バックがオルガンという変なトリオで、でもうるさくなく、かっこよく、ギターをじっくり聴けてうれしい。
 オルガンをゆっくり聴きたいときにもこのアルバムを取り出すことがよくある。ジミー・スミスはにぎやか過ぎてちょっと、という気分のときにはちょうどいい。
 
 
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2007年07月20日

プレイズ・バッハ/ロン・カーター


プレイズ・バッハ
RON CARTER PLAYS BACH

ロン・カーター(b)

1985年録音


 学生の頃、同じクラスにジャズを聴き始めたという男がいた。
 特に親しいというわけでもなかったが、当時クラスでジャズの話題を振ったら花の咲いたサボテンを見るような目で見られるだけだったから、たまに話をするようになった。コソコソと。


 で、彼があるとき、あたりをちょっと窺うようにしてから、こんなことを言った。



 なあ、ベースのソロって、おもしろいか?



 ぼくはそのとき「なかったらないで淋しいよな」みたいな返事をしたはずだが、小鼻がぴくぴくするのは抑えられなかったと思う。
 気持ちはとってもよくわかったので。


 あれからずいぶん経った。
 卒業してから彼には会っていない。連絡先も知らないから、よほどの偶然がなければ、二度と会うこともないだろう。
 だが、もしどこかで会うことがあったら、訊いてみたい。


 ベースのソロって、おもしろくなったか?


 で、MJQのファンだった彼に、このアルバムを貸してやってもいいかな、と思う。

 
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