2015年09月21日

Deleted Scenes from the Cutting Room Floor/カロ・エメラルド

Deleted Scenes from the Cutting Room Floor
Deleted Scenes from the Cutting Room Floor

カロ・エメラルド(vo)

2011年




なんだろうこの不思議な味。レトロ? ノスタルジー? いや、たぶん違う。その時代のことを若いこの人が知るわけはないし、喜んで聞いている方だって、ほとんどはその頃の音楽なんか知らないのだ。妖しく、怪しく、グラマーで、ノリがよくて、やばくて、かっこいい。そういう音楽がぴったりくるスタイルがあって、それがたまたまかつて、世界を席巻したことがあった、ということなんだろう。

PVはモノクロだったり、昔のギャング映画みたいなノリだったり、明らかに狙った作りをしているけれど、音楽には不思議と「レトロをモダンに蘇らせた」とというしゃらくさい感じがしない。音楽の芯は、何時の時代でもそんなには変わらないということなんだろう。
1920年代の観客と現代のオーディエンスが同じ会場に隣りあわせて、なんの違和感もなくカロ・エメラルドの音楽にノリまくる。そんな楽しい夢を見た。
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2014年12月17日

マイ・オンリー・スリル/メロディ・ガルドー

My One & Only Thrill
My One and Only Thrill

メロディ・ガルドー(vo)

2009年録音

サラ・ヴォーンやエラおばさんは「みんな」に向かって歌っているが、この人は「誰か」に向かって歌っている気がする。より秘めやかで、親密で、個人的なメッセージ。受話器の向こうから聞こえてくるような歌。
その一方で、こういう歌はあまりしょっちゅう歌ってはいけない、という気もする。ありがたみが薄れる。ああ、あの声をもう一度聞きたいな、というくらいがいいんじゃないかと個人的には思う。


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2013年07月07日

1969/由紀さおり

19691969

由紀さおり(vo)
ピンク・マルティーニ

2011年

 ぼくにとっての由紀さおりは、「歌の上手なひょうきんなおばさん」。テレビではしょっちゅう見ていたけれど、歌をちゃんと聴いたことはなかったんだな、とこのアルバムを聴きながら思った。そういう歌い手はほかにもいっぱいいるんだろう。テレビってのはもったいないメディアだなあ。まあ、ぼくが子供だったせいもあるけど。

 実は買うまでにずいぶん迷った。「では歌っていただきましょう!!!」みたいのだったらいやだなあ、と思っていたのだが、その点ではまずは大丈夫だった。ただ、ジャズかと言われると微妙。やっぱり歌謡曲。でもそれは好みとアルバムの向きの問題であって、実力の問題じゃない。この組み合わせでちゃんとジャズ聴きたい。Puff The Magic Dragonみたいな感じのジャズを、たっぷり聴きたい(英語で)。かゆいところの脇をぽりぽり搔かれるみたいな焦燥感で、そういう意味ではしんどかった。

 で、八代亜紀の「夜のアルバム」でまた延々と迷っているんだけれど。
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2012年12月16日

シングス・ルーティン・ソングス/ブロッサム・ディアリー

シングス・ルーティン・ソングス(紙ジャケット仕様)Sings Rootin' Songs

ブロッサム・ディアリー(vo,p)
ジョー・ハーネル(p)
ディック・ロモフ(b)
テッド・ソマー(ds)

1963年


用事があって一日会社を休んだのだけれど、その用事が早めに済んで、思いがけず平日の午後にぽっかり時間ができた。飯を食いながら何しよう、と思ったが、どこかに出かけるには時間が足りず、寒波が来ててやたら寒い日でもあったので、たまに行く近所の温泉に独りで行ってみた。

だらだら露天風呂に浸かり、飽きたら岩盤浴に行ってみて、そっちも飽きたらまた風呂に戻ってきて、サウナをひやかしてみたり、背中が半分だけ浸かる居眠り湯とかいうのに入ってみたり。いつもだと1時間もいると飽きちゃうのだけれど、今回は珍しく長居をした。

迷惑のかからないところでヘッドホンで音楽を聴いてみる。ブロッサム・ディアリーがポピュラーソングを弾き語りしたこのアルバム、こういう時と場所では正解だった。最近仕事が忙しく、なんとなく世界は仕事と会社でできているような気分になっていたけれど、Fly me to the moonがちょっと隙間に入ってきた。

こういう隙間は大事だと思う。明日からの仕事に備えて、とかじゃなくて。隙間は隙間として大事なのだ。よくわからない人は、ブロッサム・ディアリーを聴いてください。
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2012年09月28日

魅惑のワルツ/美空ひばり

魅惑のワルツFascination

美空ひばり(vo)

1955〜65年録音

天才、という言葉があまり好きじゃない。
ぼくが知らないだけで、世の中にはそうとしか呼べないひとがいるのかもしれない。だとしても、そういう人に対して「天才」と呼びかけるのは失礼ではないかとぼくは思う。それはあなたの能力はたまたまあなたに降ってきたもので、あなたが汗水たらして創りだしたものではない、というように聞こえるからだ。
上手にさえずる鳥のヒバリは、そういう意味では天才なのかもしれない。でも鳥でないほうのひばりは、天才ではないとぼくは思う。


ところで、よく日本語のジャズなんて、という人がいるけれど、ぼくはそういうのは単なるカッコつけだと思っていた。音楽に英語も日本語もない。いいか悪いかだけだ、と。
でも、このアルバムを聴いて、うーん、と思ってしまった。圧倒的に英語の歌のほうがいい。同じ曲を英語と日本語で歌い分けると目がチカチカするくらい差がある。日本語の歌詞は音節が少なくて、ぺたんとした感じになってしまうのだ。たとえば「ウン・ポコ・ロコ」を音数半分にして弾いて、と言われたらバド・パウエルだって困るだろう。
でもそれは日本語の欠点なのだろうか? 歌詞を歌詞として日本語に移し替えただけで、音のことを精緻に考えないからこうなってしまったのではないだろうか? もし桑田佳祐が訳詞やったらどうなっただろう、とふと考えたり。
タグ:美空ひばり
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2012年01月29日

エスペランサ

エスペランサEsperanza

エスペランサ・スポルディング(vo,b)
レオ・ジェノベーゼ(p)
ニーニョ・ホセーレ(g)
ホラシオ・エルナンデス(ds)
ジェイミー・ハダッド(perc)

2008年録音


ジャズを聴き始めてしばらくした頃。ジャズ以外の音楽が聴けなくなって、困ったことがある。

初めて聴く曲なのに、聴いている最中に飽きてしまうのだ。ちょっと前まで好きで聴いていた音楽も、なんだか遠くで聞こえる列車の通過音みたいにとりとめも迫力もなく、つまらない。いま考えると、いろいろインプットが豊富になって音楽に対する感覚が組み変わる最中のちょっとした混乱、音楽的な中二病みたいなものだったんだろうと思うが、中二病と若干違うとすれば当人に病識があって、当時はちょっと悩んだ。世の中にはジャズ以外にもいい音楽がいっぱいあるはずだ。好みはともかくとして、ジャズしか聴けなくなったら、楽しみの選択肢がそれだけ狭まってしまうのではないかと思ったのだ。たとえば、酒が飲めるのと飲めないのを比べたら、飲めるほうが楽しみは多いはずだ。ぼくは下戸なので本当にそうなのか証明はできないが。

とは言っても治療法に心当たりがあるわけではなく、医者に行ったり誰かに相談する話でもなく、しばらく困ったままの状態が続いていたが、ある日ふと「あーもうどうでもいいから可愛い女の子の歌声を聞きたい」と思った。名盤ガイド片手に、コルトレーンとかオーネット・コールマンとかを一生懸命聴いていたタイミングじゃなかったかと思う。で、何を聴いたのか覚えていないが、なんだやっぱり楽しいじゃないかと思って、それから少しづつ音楽的中二病は治っていった。
おかげで今はマイルス・デイビスの後に少女時代を聴いたり、巡音ルカのジャズ?風アレンジをヘヴィー・ローテーションしたり、パブロ・カザルスってすげえなあと思ったり、節操のない音楽生活を楽しんでいる。

あの頃、こういう音楽を聴いたらどう思っただろう?
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2011年11月13日

エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス/エラ・フィッツジェラルド

エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス+9
ELLA AT THE OPERA HOUSE

エラ・フィッツジェラルド(vo)
オスカー・ピーターソン(p)
ハーブ・エリス(g)
レイ・ブラウン(b)
ジョー・ジョーンズ(ds)


1957年録音

以前、妻に、「スイングってどんなの?」と聞かれて困ったことがあったけれど、今度このアルバムの"Stompin' at the Savoy"あたりを聴かせてみようかと思った。なんか変な勘違いをされそうな気もするけれど、それはそれでもいいのだ。こういうエネルギーをどういう名前で呼ぼうと、それは音楽の持つ根源的な力であることは変わらないし、またそれは人間の生きるちからそのものに直結している。こういう音楽に飛び上がって拍手しちゃう力と、春先に萌えでた若葉にうきうきする力と、綺麗な女の子に口笛を吹きたくなる力と、美味いラーメンの汁まで飲み干しちゃう力は、きっと同じものなんだろうと思う。
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2011年05月08日

ザ・マンハッタン・トランスファー

Manhattan Transfer
The Manhattan Transfer

ティム・ハウザー(vo)
アラン・ポール(vo)
ジャニス・シーゲル(vo)
ローレル・マッセー(vo)

1975年



 なんかいろいろな意味で面倒くさくなると、引っ張り出して聴くアルバムのひとつ。こういう輪郭の鮮明な、ストレートでシンプルな音楽にははっきりとした薬効があって、ときどき服用が必要なのだ。それは、音楽がひたすら楽しく、明るく脳天気なものであってよかった時代の、神話みたいなものなのかもしれないけれど、しかしそれは音楽の持つべき重要な機能のひとつであることは間違いない。

 今でも、この音楽が作られた35年前でも、70年前であっても、だ。
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2011年02月13日

ムーン・リバー/ニッキ・パロット

ムーン・リバー
Moon River

ニッキ・パロット(vo,b)
ハリー・アレン(ts)
ジョン・ディ・マルティーノ(p)
ポール・マイヤーズ(g)
ビリー・ドラモンド(d)

2007年録音

 ときどき遊びにいくpororompaさんのブログを読んでいたら、ニッキ・パロットはウッドベースを弾きながら歌うひとらしい。うーん、アメリカのエンタテインメント業界ってやっぱりすごいな、スラム・スチュワートの変な芸風がちゃんと受け継がれているんだ。しかも若い女性とは、やるなー、これは聴くしかないよな、と思って買ったのがこのアルバム。

 聴いてすぐに気づいて、自分で笑った。スラム・スチュワートはベースを弓弾きしながらオクターブ高い声でハミングするという技の持ち主で、それも確かに「ベースを弾きながら歌う」とは言えるだろうけど、でも普通は「ベースを弾きながら歌う」といえば、こういうふうに普通に「ベースを弾きながら歌う」ことに決まってるじゃないか。
 というわけで普通に歌うニッキ・パロット。若い美人、ベース弾き、という属性とは特に関係なく、普通によい。適度にソフトで適度にキュート。このひとでなくちゃ、というインパクトには欠けるけれど、その分どこにでも沁みてくる。
 ハリー・アレンはじめ、バックもなかなかいい。

 でもぼくとしては、やっぱりこのひとにスラム・スチュワートをやって欲しい。実は聴くほうには、歌とベースが同一人物だろうと別人だろうとあんまり関係ない。CDで聴いているんじゃ区別もつかない。でも、ああいう歌い方はやっぱり同一人物じゃなくてできないし、この声であれやったらなかなか楽しいんじゃないかと思うんだけど。だめ?
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2011年01月17日

ローマのナイト・クラブで/ヘレン・メリル

ローマのナイト・クラブで
Parole e Musica

ヘレン・メリル(vo)
ニニ・ロッソ(tp)
ジノ・マリナッツィ(fl)
ピエロ・ウミリアーニ(p)
エンツォ・グリリーニ(b)


1960年録音

 ニニ・ロッソのことを思い出したのでネットで調べていたら、wikipediaに「ジャズ及びイージーリスニングのジャンルで活動した」とあるのでびっくりした。ニニ・ロッソがジャズ? 
 で、さらに調べて二度びっくり。ヘレン・メリルの伴奏をしている。しかもこのアルバム、ぼくは前から知っていて、そのうち聴こうと思っていたのだ。慌てて注文した。

 で、聴いてみて三度びっくりした。「詩の朗読と演奏を組み合わせた」というので、イロモノかと思っていたのだけれどとんでもない。これは聴かなかったぼくが悪い。「ウィズ・クリフォード・ブラウン」から5年。30歳の、目が覚める直前に見る夢のような、手が届きそうで届かない、悶絶もののヘレン・メリルがここにいる。
 申し訳ないがニニ・ロッソはどっかに行ってしまった。

 こういうタイトルだが、ローマのナイト・クラブでのライブ録音、というわけではない。英語で歌う彼女の歌詞を、イタリアのファン向けにイタリア語で朗読する、というスタイルのテレビ番組が受けたので、そのままスタジオで録音した、といういきさつなのだそうだ。原題は「言葉と音楽」という意味で、そのまんま。
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2010年03月27日

ラヴァーズ・コンチェルト〜ポップス・オン・サラ・ヴォーン


ラヴァーズ・コンチェルト 〜ポップス・オン・サラ・ヴォーン
The best of SARAH VAUGHAN

サラ・ヴォーン(Vo)


 非接触充電という技術があるそうで、うちの電話機もそうらしく、子機を専用の台の上にたてかけておくとそれで充電されている。金属の接点らしきものはない。教科書的な理屈は理解しているつもりでも、何もない空間越しにエネルギーが伝達されるというのは直感として、やっぱり不思議だ。

 それでふと思ったのだが、音楽も非接触充電の一種なのかもしれない。サラ・ヴォーンを聴いていると、この人の音楽に含まれているエネルギーは、カロリーとして取り出せるんじゃないかと思ったりする。サラ・ヴォーンを聴いていたら飯食わなくても平気かも。聴きすぎると太ったりして。
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2009年10月18日

イヴニング・ウィズ・ジョージ・シアリング&メル・トーメ


Evening With George Shearing & Mel Torme
An Evening with George Shearing & Mel Torme'

メル・トーメ(vo)
ジョージ・シアリング(p)
ブライアン・トーフ(b)

1982年録音


 ぼくはメル・トーメに会ったことはない。電話で話したこともないしメールのやりとりもしていない。生で見たり聞いたりしたこともなく、それどころか、顔だってわかるかどうか怪しい。隣の家に越してきても、表札を見るまでは気がつかないだろう。
 にもかかわらず、メル・トーメってきっとこういう男だったんだろうな、という確信めいたものを持っている。粋で、しゃれていて、いたずらが好きで、物事にはあまり真剣になりすぎない、と公言しているくせに実はそうでもなく、でも途中で茶化すので人生相談には向いておらず、ひとの悪いところもあって、趣味のいい時計と服が好きで、金にはあまり興味がなく、朝寝坊で、酒はあまり強くなく、女たちには可愛がられ、ツッパリから優等生まで友達も多かったんだろう。
 もちろん、それはファンタジーだ。本当はメル・トーメは全然そんな人ではなかったのかもしれない。でもこのアルバムを聴いていると、そんなはずはない、メル・トーメがそういう人でなかったはずはない、と強烈に思う。
 そういうアルバムだ。

 ジョージ・シアリングは好きなピアニストだが、ポール・モーリア的に安全過ぎるところがあって、盛り上がりにはいまひとつ欠けるなあ、と思っていた。が、メル・トーメとのやりとりを聴いていて、ああ、このひとの音楽の持っているのりしろの部分が、ぼくには安全に聴こえたんだな、と気がついた。同じ仕事をするのでも、精一杯でしゃかりきになるひとと、余裕しゃくしゃくで片付けるひとがいる。余裕派に対して、もっとがんばって仕事しろよ、とイラつくようなものだったのかもしれない。
 驚いたのがベースのブライアン・トーフ。この人はどうしてもっと有名にならないのだろう? ぼくが知らないだけなのだろうか?
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2009年10月06日

スピリット・オブ・セントルイス/マンハッタン・トランスファー


スピリット・オブ・セントルイス(サッチモに捧ぐ)
The Spirit of St. Louis

ティム・ハウザー(vo)
アラン・ポール(vo)
シェリル・ベンティーン(vo)
ジャニス・シーゲル(vo)

2000年



 ぼくはCDばっかり聴いている引きこもり系のジャズ・ファンで、ライブにはほとんど行かないが、それでもマンハッタン・トランスファーは一度見てみたい。ライブがめっぽう楽しい、という噂はよく聞くけれど、CDを聴いているだけで不思議とステージの様子が目に浮かぶ気がするのだ。きっとここはこんな風にステップを踏んでいるんだろう、ここでくるっとターンをきめて、ここではこんな風に肩をすくめて、ウインクの一つもして見せるんじゃないだろうか。これは楽しくないはずがない。

 そんな風に思うのはたぶん、マンハッタン・トランスファーの音楽がある型にぴったりはまっているせいなんじゃないかと思う。単調という意味ではない。ここはこう盛り上がってもらいたい、ここはしっとり聴かせてほしい、ここはちょっとレトロな味付けが欲しい、そんな聴き手の勝手な期待をそのまま音の形にして取り出してくれるようなところがあって、だからこステップが目に浮かぶのではないだろうか。どう変化するか見当もつかない音楽では踊れない。

 マンハッタン・トランスファーもデビューから30年。でも円熟の境地という感じはしない。そこがいい。
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2009年08月03日

コーリング・ユー/ホリー・コール


コーリング・ユー (BLAME IT ON MY YOUTH)
Blame it on my youth

ホリー・コール(vo)
アーロン・デイビス(p)
デイビット・ピルチ(b)


1991年録音


 当時ホリー・コールという名前は知らなかったし、ヒットしたという「コーリング・ユー」も聴いたことがなかったが、レコード店の店頭でかかっていたのをたまたま耳にして、買った。もちろん、どこかにピンときたのだけれど、同時になんとなく後ろめたかったのを覚えている。よくある若い美人歌手の、気持ちよくジャジーで耳あたりがよく、でも1週間も聴いたら忘れてしまうような流行りのアルバムをジャケ買いしたつもりになっていたのだ。もちろん、それはそれで悪いことじゃないんだけれど。
 あとでゆっくり聴いて、ほっとした。そういうアルバムじゃなかったのだ。

 意外に硬質な、ざらっとした手触りのボーカルで、伴奏は基本、ピアノとベースのみ。バラードでは淡々と沈んでいくが、どこかに寒い夜の月光みたいにひとを突き放すところがあって、酔いすぎないところがいい。うんうんと聴いていると、急に人を蹴飛ばすようなアップテンポの曲があって、油断ができない。
 こういうタイプの歌い手は、ぼくはあまり知らない。iPodの「シャッフル」機能で突然登場するとはっとするインパクトがあって、そういう意味でも貴重な1枚だ。
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2009年02月15日

ワンス・アポン・ア・サマータイム/ブロッサム・ディアリー


Once Upon a Summertime
Once Upon a Summertime

ブロッサム・ディアリー(vo,p)
レイ・ブラウン(b)
マンデル・ロウ(g)
エド・シグペン(ds)

1958年録音


 ぼくは、ブロッサム・ディアリーがホールで大観衆を集めてコンサート、という場面がどうしても想像できない。このひとには、酒や食事を出す小さい店で、手の届くくらいの近さで弾き語り、というのが似合う。小さいスポットライトの中で歌いながら、たまにはピアノの前を離れてテーブルの間を歩きまわったり、なじみの客にウインクしたり、テーブルの上の飲み物を勝手にとってのどを潤したりしたんだろう。ふざけてスピーク・イージーの歌姫みたいに男の客のひざの上に座ったりすることもあったかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。
 ブロッサム・ディアリーは妄想を呼ぶタイプの歌い手である。妄想という言葉が悪ければ、ファンタジーと言い換えてもいい。

 ファンタジーは、音楽の大切な機能のひとつだ。ブロッサム・ディアリーの歌は、サラ・ヴォーンやエラおばさんのように大向こうをうならせるタイプのものではなかったかもしれないけれど、その音楽がファンタジーを生み出すという点ではひけはとらない。ブロッサム・ディアリーの名前を知っているひとは、たぶんそれを知っているのだ。

 ブロッサム・ディアリーは亡くなったけれど、彼女の紡いだファンタジーは地上に残っている。それは幸せなことだと、ぼくは思う。
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2009年02月01日

ハイ・デ・ホー・マン/キャブ・キャロウェイ


ハイ・デ・ホー・マン
HI DE HO MAN

キャブ・キャロウェイ(Vo)


1935〜47年録音


 映画「ブルース・ブラザーズ」には有名どころのミュージシャンが大勢出演している。ジェームス・ブラウンやアレサ・フランクリン、レイ・チャールズなんかが思わぬところで出てきて大変楽しいのだけれど、一番肝をつぶしたのは、孤児院で働いている黒人のじいさんが、ブルース兄弟のコンサートの前座で一曲歌う、というシーンだった。ちょっとしょぼくれた感じだったじいさんが、サングラスを外し、颯爽とした真っ白い燕尾服に身を包んでステージを歩きながら歌うのが「ミニー・ザ・ムーチャー」。この一曲にぼくはのけぞったのだった。何、これ。誰、このひと?
 それがキャブ・キャロウェイだった。

 へんちくりんなズート・スーツに身を包み、歌のほうもケレン味いっぱい。こういう人をイロモノ、と決めつけるのは簡単だが、それで片付けたら損をするとぼくは思う。ここからは想像でものを言うけれど、アメリカのショー・ビジネスの真髄は、こういうひとが担っているのではないだろうか。どこかで名前を聞いたことがあるような、程度の認識だったぼくは勉強不足に違いないが、このひと、実力ほどには日本で名前を知られていない気がする。アルバムも手に入りにくい。キャブ・キャロウェイという名前がアメリカでどんなインパクトを持っているのか、知っている人がいたら聞いてみたい。

 まあ、細かいことは置いておいても、楽しいのは確かだ。それで充分という気もする。
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2008年11月16日

ノラ・ジョーンズ/ノラ・ジョーンズ


Come Away With Me
Come Away With Me

ノラ・ジョーンズ(vo)



2002年


 むかしテレビ小僧だったころ、テレビアニメのエンディングテーマが好きだった。はじめ人間ギャートルズの「なんにもない、なんにもない・・・」、ゲゲゲの鬼太郎の「からーん、ころん・・・」、ルパン三世の「あしもとにからみつく・・・」とか。ストレートで元気なオープニングテーマより、ちょっと寂しげでひと味違うこっちのほうがピンと来たのだ。子供のころからひねくれていたらしい。
 もちろん、多少ひねくれたってアニメのテーマ曲なんだからちゃんと額縁におさまっているわけだけれど。

 ノラ・ジョーンズを初めて聴いたとき、ああ、エンディングテーマにぴったりだ、と思った。はずし加減とおさまり具合が絶妙で、賑やかすぎないし、沈みすぎない。適度に色っぽく、適当に可愛らしい。リラックスしているが、だらけない。ぼくがテレビのアニメとかドラマの監督だったら、自信作のエンディングテーマには「ノラ・ジョーンズみたいな雰囲気で」という指定をしたかもしれない。

 ぼくらの一日は、放送回数の決まってしない連続ドラマみたいなところがある。面白いか退屈かは別にしても、一応オープニングとしての朝があり、エンディングとしての夜がある。ノラ・ジョーンズを夜に聴くと落ち着く、という人が多いのは、つまりノラ・ジョーンズの音楽がエンディングテーマとしての機能を備えている、ということなんだろう。
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2008年11月06日

エラ・フィッツジェラルド・ライブ・アット・カーネギーホール


ライヴ・アット・カーネギー・ホール+7
ELLA FITZGERALD NEWPORT JAZZ FESTIVAL LIVE AT CARNEGIE HALL

エラ・フィッツジェラルド(vo)
アル・グレイ(tp)
エディ・ロックジョウ・デイビス(ts)
ロイ・エルドリッジ(tp)
トミー・フラナガン(p)
ジョー・パス(g)
キーター・ベッツ(b)
フレディ・ウェイツ(ds)
エリス・ラーキン(p)


1973年録音


 ライブアルバムがめっぽういい、というミュージシャンがときどきいる。音楽がコミュニケーション手段のひとつである以上、とりわけアドリブという名の「その場の勢い」が珍重されるジャズの世界で、スタジオ録音のレコードばっかりよくてライブはからっきし、というほうが珍しいとは思うけれど、それでもライブとなると、何か取り憑いているんじゃないか、と思うほど突き抜けるひとがいる。
 エラ・フィッツジェラルドはそのタイプなんじゃないかと、ぼくは思う。
 
 もちろん、ステージの上と下が互いに互いを煽りあい、自分のしっぽを追いかける犬みたいにぐるぐると止まらなくなる、しかもどんどんスピードが上がる一方、というのがライブの面白さの一番大きな部分ではある。だけれど、このアルバムなんか聴いていると、それだけではないような気がするのだ。
 ジャズファンとしてのぼくはもちろん、観客としてこの夜のカーネギーホールにいたかったなあ、と思う。きっとそれはちびっちゃうくらい楽しことだったろう。だがもし、そういうことが可能なのなら、ぼくは観客としてではなく、エラ・フィッツジェラルドになってこの夜、この舞台に立てたらなあ、と思う。
 それは彼女になりかわって、満場の観客の喝采を浴びたい、という意味ではない。彼女のように自由自在に歌いたい、という意味でもない。
 たぶん、この夜、彼女に必要なものはみんな彼女の周りに、手の届く範囲にあったのだ。仲間と、観客と、そしてもちろん、音楽と。それは控えめにいっても、羨ましいことじゃないだろうか。

 スターであろうとなかろうと、そういう瞬間をもてるひとは幸せだ。エラも仲間たちもそれが嬉しくて、張り切っているんじゃないだろうか。
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2008年09月08日

奇妙な果実/ビリー・ホリディ


奇妙な果実
Billie Holiday

ビリー・ホリディ(vo)


1939〜44年録音


 ジャズを聴き始めたころ、水道橋でジャズレコードばかりを扱っているレンタルレコード屋を見つけたことがあった。ビルの2階か3階に入っていて、がらんとした広めのフロアにレコード棚だけが並んでいる素っ気のない店だった。
 何度か通ううちに、無口なひげ面のマスターとひとことふたこと話をするようになった。ジャズがいっぱいあってうれしい、と話したら、マスターは「ジャズは腐りにくいからね」と少し笑った。
 いま考えれば品揃えはマスターの趣味だったのだろう。ジャズ喫茶の店主がするように、おすすめのアルバムを丹念に選んだのだと思う。ぼくが借りていくアルバムの1枚1枚をチェックしながら、ひげの奥でにやけていたのかもしれない、とあとになって気がついた。


 「奇妙な果実」もこの店においてあった。ビリー・ホリディがジャズ・ボーカリストの中でも別格扱いされていることは知っていて、それにはそれなりのわけがあるのだろう、とも思っていたが、妙なアルバムタイトルと楽しそうには見えないジャケットになんとなく重苦しい雰囲気を感じて、つい後回しにしていた。
 さて、今日は何を、とレコード棚を繰るたびにこのジャケットに行き当たる。そのたびに、これを聴いてみなくちゃ、と思うのだが、一度そうなるときっかけがつかめない。そのうち、手をつけていない宿題みたいに重荷になってきた。今度、今度、と思いながら時は過ぎた。


 結局ぼくは、あの店で「奇妙な果実」を借りなかった。聴くことになるのはずいぶん後のことである。あのとき、店で感じた予感のようなものは結局正しかった。ぼくは今でもビリー・ホリディの音楽を心のそこからは楽しめない。音楽という文脈の中で、彼女のメッセージをどのように消化すべきなのか、ぼくにはよくわからないのだ。
 わからないからときどき取り出して聴く。そんなおりに、特に別のことをしながらぼんやり聴いているときに限って、ふと鳥肌がたつことがある。理由は、よくわからない。


 水道橋のあのレンタルレコード屋は、ある日訪ねていくとなくなっていた。無口なマスターと、腐りにくいたくさんのレコードがどこに行ったのか、ぼくは知らない。
 「奇妙な果実」を聴くと、ぼくはあの店のことを思い出す。それは誰の人生にもある、あまり意味のないブイみたいなものに過ぎないのかもしれないけれど、もしもう一度あの店にいけるのなら、今度こそ「奇妙な果実」を借りよう。あのマスターがひげの奥でどんな顔をするか、確かめてみたいのだ。
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2008年07月13日

雨の日のジャズ/スー・レイニー


雨の日のジャズ
Songs for a raney day

スー・レイニー(vo)
ビリー・メイ楽団

1959年録音


 雨の日というのは多かれ少なかれ憂鬱なものだけれど、録音当時19歳だった、才能と美貌に恵まれたカンサス州生まれのヤンキー娘、スー・レイニーにとってはそうではなかったらしい。
 突然のにわか雨に右往左往する行き交う人々、雨宿りに飛び込んだ軒先で偶然隣り合ったところから始まるロマンス、といった感じの、どこかで観たようなMGMミュージカルのサウンド・トラックだと言われても何の違和感もない。
 ひたすら明るくのどかな「雨の日のジャズ」だ。

 もちろん、このアルバムに足りないものはいっぱいある。たとえば翳り、深み、「ペンキ塗りたて」みたいな、危険な魅力。が、それがどうだというのだろう。深みのあるMGMミュージカルはきっと愉しくないし、スー・レイニーに異議を申し立てたところで、「どうしろっていうのよ。これがあたしの音楽なのよ」とこましゃくれた鼻をツンと立てて文句を言われるだけだろう。しかも彼女は正しいのだ。

 ここはおとなしくひたるに限る。
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2008年06月01日

ブラウニー〜クリフォード・ブラウンに捧げる/ヘレン・メリル


ブラウニー~クリフォード・ブラウンに捧げる
Brownie: Homage to Clifford Brown

ヘレン・メリル(vo)
ケニー・バロン(p)
ルー・ソロフ(tp)
ロイ・ハーブローグ(tp)
トム・ハレル(tp)
ウォレス・ルーニー(tp)
ルーファス・リード(b)
ビクター・ルイス(ds)
トリー・ジトー(kb)

1994年録音

 
 人生には時々、魔法のような瞬間が訪れる。あとで考えると、あのときどうしてあんなことが可能だったのか、自分でもよくわからない。そのときに生み出されたエネルギーと創造性がどこからきたのかよくわからない、そういった瞬間だ。

 
 ヘレン・メリルは芸歴の長いひとだけれど、彼女の魔法の瞬間は1954年に訪れた。当時20代前半だった彼女はこの年、「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」というアルバムを録音した。ぼくはジャズを聴き始めた直後にこのアルバムと出会ったのだけれど、そのとき受けたショックは今でも尾を引く微熱のようにぼくの中に残っている。クリフォード・ブラウンとクインシー・ジョーンズが力を貸しているのは間違いないとしても、この古いアルバムに封じ込まれた音楽は、確かに魔法のたぐいだった。
 そして、それが魔法だったからこそ、ヘレン・メリルはその後、このアルバムを越えることができなかったんじゃないだろうか。


 実はぼくはあの魔法を期待して、ヘレン・メリルのアルバムを結構買ったのだが、残念ながら二枚目には出会わなかった。ヘレンはいつでも自由に魔法を使える、魔法使いではなかったのだ。
 だが、それはそれとして、ぼくは今でもヘレン・メリルが好きだし、「ウィズ・クリフォード・ブラウン」以外のアルバムも頻繁に聴く。それはある種のタイミング、ある種の気分のときにはぴったりはまり、他の音楽では代わりができないのだ。これは音楽にとって大切なことじゃないだろうか? ヘレン・メリルは魔法使いではないかも知れないが、一人の生身のアーティストとして、ぼくの中では結局大切なひとなのである。


 このアルバムはクリフォード・ブラウンに捧げられている。それはもちろんその通りなのだろうけれど、こんなふうに考えることもできるんじゃないだろうか。これは生身のヘレンが、40年前の魔法のヘレンに贈った、トリビュート・アルバムでもあるのだ。
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2008年05月18日

枯葉/サラ・ヴォーン


Crazy and Mixed Up
Crazy and Mixed Up

サラ・ヴォーン(vo)
ジョー・パス(g)
ローランド・ハナ(p)
アンディ・シンプキンス(b)
ハロルド・ジョーンズ(ds)

1982年録音


 同じ速度で走っていても、排気量の大きい車と小さい車では、スピード感がずいぶん違う。軽トラックで高速道路を走るとスリル満点だが、大型の乗用車で走ると同じ時速80kmでもなんだかずいぶんゆっくり走っているな、という感じがする。ぼくは車には詳しくないので、ほかにも理由があるのかもしれないが、エンジンのパワーは大きな要因の一つなのだろう。ぎりぎり一杯でしゃかりきに回っているのか、それともまだまだ余裕たっぷりで鼻歌交じりなのか、でずいぶん感じが違うのだ。
 

 サラ・ヴォーンを聴くとぼくはいつも、この話を思い出す。サラ・ヴォーンの悠々とスケールの大きい音楽は、底知れぬ高出力、大排気量の音楽エンジンが、限界値よりかなり下でゆったりと回っているために生み出されるのではないだろうか。もちろんそれは、サラ・ヴォーンが手抜きをしている、という意味ではない。どんなエンジン、どんな車にも、一番心地の良いスピードというものがあって、きっとサラ・ヴォーンはそれをよく知っているのだ。しかも他のエンジンがレッドゾーンまで振り切ってようやく生み出せるスピードを、余裕で実現してしまう。人生は不公平だ。


 高出力の大型車は小回りが効かないことがよくあるけれど、サラ・ヴォーンはそれもない。というより、旋回半径の小ささや小技も天下一品で、これはもう、本当に手がつけられない。しかもこのアルバムではジョー・パスやローランド・ハナといったサポートメンバーがまた絶品で、サラに負けてない。


 このアルバムが1500円か。そりゃ安いのは嬉しいけれど、文句を言う筋合いなんかどこにもありゃしないけれど、・・・バチ当たらないだろうな。
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2008年03月04日

アニタ・シングス・ザ・モスト/アニタ・オデイ


Anita Sings the Most
ANITA SINGS THE MOST

アニタ・オデイ(vo)
オスカー・ピーターソン(p)
ハーブ・エリス(g)
レイ・ブラウン(b)


1956年録音



 アネゴ肌である。ぼくはこの人の歌を聴くたびに、立て膝の姐さんが火鉢にしどけなく寄りかかりって、へまをした手下の頭を手を伸ばして長キセルでひっぱたく、という妙なイメージが浮かんで消えない。サラ・ヴォーンやエラおばさんみたいな大出力、高排気量でぐいぐい迫ってくるタイプではなく、ヘレン・ミレルやブロッサム・ディアリーみたいな色気や可愛げもあまり見当たらない。

 そこがアニタ・オデイの魅力なんだろうと思う。その歌には媚も思わせぶりも謎めいたところもない。白昼の中に生の「歌」を放り出して、気に入ったら持って行きな、これがアタシだよ、みたいな思い切りの良さ。

 粋だねえ、姐さん。
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2008年01月17日

ソングバード/エヴァ・キャシディ


Songbird
Songbird

エヴァ・キャシディ(vo,g)


1992〜96年録音



 エヴァ・キャシディはアメリカの女性ボーカリストで、1996年に33歳で亡くなっている。生前にリリースしたアルバムはわずかに2枚。日本では無名に近く、ぼくも知らなかった。
 どこかでたまたまレコード評を読んで、それが妙に入れ込んでいたので気になってはいた。が、(冷たい言い方だが)悲劇のアーティストが実力以上に評価されるのはよくあることだから、それほど期待していたわけではなく、他のアルバムのついでに買ってみたのだった。


 そしたらこれが、本物だった。
 生ギター一本で、局地的に世界の色合いを変えてしまうような力を持った歌声だ。夜中に聴きだしたら、止まらなくなって困った。


 純粋だが、無垢という感じはしない。天性だが、磨き抜かれている。美しく、哀しい。ときどき天才肌の歌い手にあるような、息がそのまま歌になる、といったような気楽さはない。ソングバードとはよく言ったもので、生きることと歌うことがそのまま一致してしまうような、もっと宿命的で致命的な、避けがたい深みみたいなものが、このひとの歌には含まれている。
 ジャズ、ではないのかもしれないが、それはとりあえずどうでもいい。


 それにしても、これだけの歌い手が無名だなんて、とぼくはちょっと怖くなった。いくつかの偶然がなかったら、世界がエヴァ・キャシディを知ることはなかっただろう。それは率直にいって、不公平かつ間違ったことのようにぼくには思える。
 そしてより切実に怖いのは、いまこの瞬間にも、二人目、三人目の「生きているエヴァ・キャシディ」が、世界のどこかの片隅で歌っているのかもしれない、ということだ。
 どうしたら、彼女に出会うことができるのだろう?
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2008年01月14日

エラ&ルイ


エラ・アンド・ルイ
ELLA AND LOUIS

エラ・フィッツジェラルド(vo)
ルイ・アームストロング(vo,tp)
オスカー・ピーターソン(p)
ハーブ・エリス(g)
レイ・ブラウン(b)
バディ・リッチ(ds)

1956年録音



 エラ・フィッツジェラルドが大好き。ルイ・アームストロングはもう養子に入ってもいい。しかもオスカー・ピーターソンを初めとするバックがまた豪勢。どこを切っても好きな材料しか使っていないはずのこのアルバムが、ぼくは最初、苦手だった。


 エラと愉しそうにデュエットしているサッチモを聴いて、「あ、このひと、歌すげえ上手いんだ」と気づいてしまったのである。そんなことはあたりまえで、いまさら何をと言われるかもしれないが、ぼくはサッチモが歌うまい、という認識がなかったのだ。


 たとえば「ローマの休日」を観ていて、「オードリー・ヘプバーンって芝居うまいなあ」という感想を持つ観客がいるだろうか? 皆無とは言わないが、そういうひとはきっとあの映画は面白くなかっただろう。ローマの休日に出ていたのはオードリー・ヘプバーンという別の名前を持ったアン王女であって、そこに演技とか演出とかそういった無粋な技術論が介在する隙間はない。少なくとも観客の共同幻想の中ではそうでなければならなかったし、ヘプバーンを初めとした映画の作り手がそれを知っていたから、あの映画は伝説となったのだ。


 ぼくにとってルイ・アームストロングは同じレベルの伝説で、あの音楽は技術とか理論とかそういうものとは無縁のところから、まるで呼吸をするように自然にわき上がってくるものと思い込んでいたのだ。もちろんそんなわけはないし、そうではないことに気が付いてぼくが勝手にショックを受けただけで、このアルバムにはなんの責任もないのだが、それでもショックはショックだった。


 が、何回か聴いているうちに、これまたあたりまえだが、そんなことはどうでもよくなった。上手とか上手ではないとかいうのは、音楽の本質の前ではあまりたいしたことではないのかもしれない。
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2007年10月31日

ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ/ダイアナ・クラール


When I Look in Your Eyes
When I Look in Your Eyes

ダイアナ・クラール(vo,p)
ラッセル・マローン(g)
アラン・ブロードベンド(p)
ジョン・クレイトン(b)


1999年録音


 リラックスしたいとき、たとえば夜寝る前に本を読むなら、ばりばりの新刊より、何度か読み返したお気に入りの本の一節をつまみつまみ読むのが楽しい。が、あまり何度も読み返しているとさすがにくたびれてくるし、かといって新しい本をつまみ読みの境地まで読み込むには時間がかかる。というわけで、ナイトキャップ本選びはなかなか難しいのだが、そんなとき、手に入れたばかりの新刊なのに、まるで何年も読み込んだみたいな、テーブルライトの脇にずっと前から置いてあったような気分になる一冊があったら、重宝するんじゃないだろうか?


 そんなアルバムだ。


 初めて聴くのに、ああ、この曲好きだったなあ、と思い出す。デジャヴュのかたまりのような一枚だ。スタンダードを唄っているから、ばかりではきっとない。記憶の1枚奥にそっと入り込む、それがダイアナ・クラールという歌手の資質の一部なんじゃないだろうか。サラ・ヴォーンやエラは何かしながら聴いていると、ふと手が止まってしまうことがあるけれど、ダイアナ・クラールは逆に音楽が流れているのを忘れることがある。静かな楽しさだけが残っている。



 どちらが上等とか、どちらがよいとかいう話ではない。それはどちらも音楽の機能なのだ。
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2007年09月06日

ダイナ・ワシントン・ウィズ・クリフォード・ブラウン


ダイナ・ワシントン・ウィズ・クリフォード・ブラウン
Dinah Jams

ダイナ・ワシントン(vo)
クリフォード・ブラウン(tp)
クラーク・テリー(tp)
メイナード・ファーガソン(tp)
ハーブ・ゲラー(as)
ハロルド・ランド(ts)
リッチー・パウエル(p)
ジュニア・マンス(p)
ジョージ・モロウ(b)
マックス・ローチ(ds)

1954年録音


 台風接近中。こんな夜には何を聴こうか。
 アート・ブレイキーで迎撃、とも思ったのだが、水平に飛んでくる雨粒がわが家のぼろい外壁で砕ける音と、ブレイキーのナイアガラ・ロールの区別がつかなくなりそうな気がする。で、選んだのがこれ。筋肉もりもりのダイナ・ワシントンのボーカルと、メイナード・ファーガソンの超高音トランペットなら嵐にも負けない。

 クリフォード・ブラウンが54年に女性ボーカルと競演した3枚の1枚だ。ほかの2人はヘレン・ミレルサラ・ヴォーン。3枚とも傑作揃い、しかも全然雰囲気が違うので、3枚並べて聴いてもおなかいっぱいにならない。
 ただし、このアルバムはトランペットだけで3人もいる豪華ジャム・セッションで、クリフォード・ブラウンをじっくり聴きたいならほかにいいアルバムがいっぱいある。こういうあざといアルバム・タイトルの付け方はよくない。


 彼らを向こうに回して一歩も引かないダイナ・ワシントンがすんごい。声に質量を感じる、女性ボーカル界のパワー・ファイターだ。じっくりバラッドを歌い上げてもパワーは隠しようがない。最高時速300kmのスポーツカーが50kmくらいで巡航しつつ、すっと後ろについた感じがして、ちょっと身の危険を感じる。


 窓の外もなんだかみなぎってきた。
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2007年09月02日

サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン


サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン+1
Sarah Vaughan with Clifford Brown

サラ・ヴォーン(vo)
クリフォード・ブラウン(tp)
ハービー・マン(fl)
ポール・クィニシェット(ts)
ジミー・ジョーンズ(p)
ジョー・ベンジャミン(b)
ロイ・ヘインズ(ds)

1954年録音


 
 ジャズって、安いなあ、とつくづく思う。
 
 大歌手、サラ・ヴォーンの代表作のひとつで、しかもサポートするのがクリフォード・ブラウンというこのアルバムがAmazonで1670円だった。こういうアルバムは噛めば噛むほど味が出るので、数十年にわたって何百回と繰り返し聴くことになるのである。1回あたりの金額に換算したらホント、申し訳ないくらいだ。


 せめて斎戒沐浴して身を清め、白装束に身を固め、スピーカーの前に正座して、全身全霊をもって聴かせていただこうと思う。
 が、何事にも予習復習は必要なので、通勤電車の行き帰りや、車の運転中にも聴かせていただこうと思う。
 夜、寝床の中で聴いたり、本を読みながら聴いたり、ブログを書きながら聴いたりもさせていただこうと思う。
 たまにそのまま寝こけたりもするが、寝こけて聴きのがした分はまた翌日聴かせていただこうと思う。


 ところで、「ウィズ・クリフォード・ブラウン」というアルバム名はちょっと不公平だと思う。クリフォード・ブラウンが悪いのではもちろんなくて、ほかのメンバーも頑張っているからだ。特にテナーのポール・クィニシェットというひとと、ピアノのジミー・ジョーンズがとってもよい。
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2007年09月01日

エクステンションズ/マンハッタン・トランスファー


Extensions
Extensions

マンハッタン・トランスファー

アラン・ポール(vo)
ティム・ハウザー(vo)
ジャニス・シーゲル(vo)
シェリル・ペンティン(vo)

1979年録音


 マンハッタン・トランスファーの豪勢、かつ、かっこいいコーラスは、聴くたびに、なんだ、ジャズってのはこれで必要十分なんじゃないか、と、思わせる部分があって、それはある意味とっても危険だ。燦々たる陽光の下では、逆に何もかも白々と色あせるという一面もあるからである。

 とはいっても、でっかい氷のかたまりが木っ端みじんに砕け散るみたいな、あるいは年代物の水虫を力まかせにかきむしるような、このゴージャズな爽快感は、くせになる。くせにならずにはいられない。
 やむを得ずに聴くときには、できるだけでっかい音で(深夜はヘッドホンでも使って)力任せに聴きたい。毒を食らわば皿まで、と言うではないか。
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2007年08月26日

エラ・イン・ベルリン/エラ・フィッツジェラルド


エラ・イン・ベルリン完全版(+4)
Ella in Belin

エラ・フィッツジェラルド(vo)
ポール・スミス(p)
ジム・ホール(g)
ウィルフレッド・ミドルブルックス(b)
ガス・ジョンソン(ds)

1960年録音

 
 ジュリー・ロンドンが隣のきれいなお姉さん系のジャズ・シンガーだとすれば、エラ・フィッツジェラルドは隣の普通のおばさん系のジャズ・シンガーとでもいえばいいのだろうか。


 だが、この隣のおばさんは危険だ。
 ある意味、隣のきれいなお姉さんより危険かもしれない。
 防音が完璧ならともかく、壁の薄いアパートで隣り合わせだったりしたらどうしよう。
 エラおばさんが掃除しながら鼻歌でも歌い始めたら、こっちは鼻からみそ汁を飲みかねない。
 周囲30m以内に在住するジャズ・ファンは、聞こえてくる歌声に気をとられて茶碗を食ったり、飼い猫を洗濯したり、シャンプーで歯を磨いたりしないよう、鉄壁の精神力を身につける必要がある。


 このレコードは、エラおばさんがベルリンに遊びに行ったときの記録である。
 人が集まって来ちゃって、たいへんなことになったらしい。
 本当だ。大変だ。
 エラおばさんが調子に乗っちゃって、七色の声を使い分けたり、ルイ・アームストロングのマネをしたり、超高速スキャットを披露したりするもんだから、さらに収拾のつかない状況になっている。


 見てみたかったな。
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2007年08月25日

アラウンド・ミッドナイト/ジュリー・ロンドン


アラウンド・ミッドナイト(紙ジャケット仕様)
Around Midnight

ジュリー・ロンドン(vo)
ディック・レイノルズ・オーケストラ

1960年録音


 クール・ビューティ、ジュリー・ロンドン。隣のきれいなお姉さん系のジャズ・シンガー。
 こういうお姉さんに「おいたはダメよ」と言われてみたい。
 ・・・自分で言ってて気色悪い。

 
 ちょっとダルい感じの、色っぽい声だ。
 だが、危ない感じはしない。60年代アメリカの、陽光燦々、広い芝生に白い平屋という明るい世界にそのままつながった「アラウンド・ミッドナイト」だ。本質的な意味での翳りはここにはない。
 もちろん、それはそれでいい。


 いつか見た懐かしいあの光景が心の奥底からふらりと立ち上がってくる。その不思議な感覚を味わうのが、この時代の女性ジャズ・ボーカルのひとつの楽しみ方だと、ぼくは思っている。
 もちろん、「いつか見た懐かしいあの光景」はひとそれぞれ違うわけだ。言うまでもないことだけれど。
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2007年08月16日

ブロッサム・ディアリー・フォー・カフェ・アプレミディ


ブロッサム・ディアリー・フォー・カフェ・アプレミディ
BLOSSOM DEARIE
 for cafe Apres-midi

ブロッサム・ディアリー(vo)


 アニメ声のジャズ・シンガー、しかもちょっと舌足らず。ブロンドのショートカットで、おまけにメガネっ娘。なんか妙なファンがつきそうだ。
 その名も甘い、ブロッサム・ディアリー。本名らしい。


 甘い、媚びている、と、こういう歌を嫌う人もいるらしい。が、そういう人は大人しく、マイルスのラッパの中にでも頭をつっこんでいればいいと思う。・・・それはそれで楽しそうだな。


 それでも、たとえば“Doop-Doo-De-Doop”がつまらん、という人とは、ぼくはたぶんお友達になれない。たましいの言語が違うんじゃないか、と思うからだ。
 
 でも“Doop-Doo-De-Doop”なんかつまらん、やっぱり“Tea For Two”だろ! と言い張るひととは、別の意味でお友達になれそうな気はする。
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2007年07月24日

ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン


ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン
Hellen Merrill

ヘレン・メリル(vo)
クリフォード・ブラウン(tp)
ジミー・ジョーンズ(p)
バリー・ガルブレイス(g)
ミルト・ヒントン(b)
オシー・ジョンソン(ds)
クインシー・ジョーンズ(アレンジ)

1954年録音


 世界の色が変わって見える音楽、というのがたまにある。ぼくにとってはこのアルバムがそうだった。初めて聴いたときにはかなりショックを受けて、膝を抱えて部屋の中をごろごろ転がり回ったものだ。
 きっと熱でもあったんだろう。
 いまでも聴くと、あのときの「熱」を思い出す。


 ちょっと落ち着いてから、いったいこのトランペット、なんていう人が吹いているんだろう、とライナー・ノーツを調べたら、名前だけは知っていたクリフォード・ブラウンだった。タイトルに名前が入っているのは気づかなかった。

 
 なんか、ジャズって凄い人がいるなあ、と思ったぼくは、当時好きなものだけを眺めていれば済む気楽な身分だった。このアルバムを聴くと、なんかそんなことも思い出す。
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